「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと君のための冒険(児童文学・特別長編・完結)
エドさんと君のための冒険 2-9
第二章 街の冒険 9
朝の光の中、宿の部屋でエドさんは身支度を整えました。仮にも大学に行く以上、身なりだけでもきちんとしておきたかったからです。
テリー青年に沸かしてもらったお湯と、渡してもらったかみそりとを使ってひげをそり、鏡を見たエドさんは、肩をすくめてぼろきれであごをぬぐいました。
「こんなものだろうな。この世界のかみそりは、扱いが難しい」
階下の食堂に下りて、ほの甘いお粥を食べたエドさんは、大学へ向かって歩き始めました。「生き字引」と呼ばれるほどの知恵者に会うことができれば、自分がなにをするべきかがわかるかもしれません。
大学の門にたどりついたエドさんは、門番の人に紹介状を見せました。門番はうなずくと、紹介状を返していいました。
「エドさんですね。『生き字引』の先生は、図書館の奥の小部屋にいらっしゃいますよ」
門番は、図書館への道順を教えてくれました。その通りに歩いていくと、大きな古びた建物が見えてきました。図書館に違いありません。戸口の受付で、陰気な顔をした司書に紹介状を見せると、司書はランプに火をつけて、エドさんの先に立って歩きました。
「書庫はこちらです」
司書が分厚く大きな扉を開けたとき、エドさんは息を呑みました。何段ものはしごを使わないとてっぺんまで手が届かないような巨大な本棚がどこまでもどこまでも列を作り、中には古びた革装の本がぎっしりと並べられています。その一冊一冊が、珍しい貴重な本なのでしょうか。少なくとも、このランプの光の中におぼろげに浮かんだ姿を見ると、エドさんは途方もない知識と知恵が自分を取り巻いてくるような感じに襲われるのでした。
ランプを手にした司書は本の迷路の中を静かに進んでいきます。エドさんは、洞窟を手探りで進むかのように、その明かりを追いかけていくことしかできませんでした。角をどれだけ曲がり、自分がどこにいるのかもわからなくなったころ、司書は立ち止まり、中からかすかに光が漏れてくる、小部屋の扉を示しました。
「『生き字引』の先生はここにいらっしゃいます。なにかありましたら、部屋の中にある呼び鈴の紐を引いてください。先生は悪いかたではありませんが、人をもてなすことについては、あまり得意ではいらっしゃらないのです」
エドさんが目をぱちぱちさせていると、司書は一礼して来た道を戻っていきました。
『生き字引』の先生とは、いったいどんな人なのでしょうか。気難しい人でなければいいのですが。
エドさんは、意を決して、扉をノックしました。
「開いておるぞ」
中から帰ってきた声を聞いて、エドさんは、あれっと思いました。どこかで聞き覚えのある声です。どこかで聞き覚えがある以前に、なにか貸しがあるような、かすかな記憶があるのです。
エドさんは扉を開けました。中にいたのは……人間ではありませんでした。
「ああ! あなたは!」
「なんじゃ! 探偵ではないか!」
壁にろうそくの灯る部屋に据え付けられた小さなテーブルと椅子には、一冊の本が鎮座ましましていました。
「誰かと思ったら、ナポレオンの辞書さんですか!」
そうです。かつて、エドさんの探偵事務所へ相談に押しかけてきて、哲学的な問答をふっかけ、そして代金を払うのを忘れて帰っていってしまったあの辞書に間違いはありません。
「たしかに、あなたは『生き字引』だ。あれからどうしたのかと思ったら、こんな大学に来ていたのですか」
辞書は小さな手を振って答えました。
「わしも気がついてみたらこの大学の図書室にいたようなもんじゃ。住んでみると、実に居心地がいい。すっかり、気に入ってしまってなあ。隠居先としては、ここ以上のところはほかにはないぞ。時おり、ここにいるいばりくさった教授たちが、わしの教え、というか知識を求めてやってくるが、もののわからないやつらと話すのは、これ以上ないほどくたびれるもんじゃ。それで、探偵どの、お主ももののわかった男だろうな?」
「もののわかった男かどうかはわかりませんが、どうしてもあなたの助けが必要なんです。わたしは、なにかをしなくてはいけないのに、なにをするべきかわからないんです」
「はて? そういわれても困る……」
辞書は困惑したような声を上げました。
朝の光の中、宿の部屋でエドさんは身支度を整えました。仮にも大学に行く以上、身なりだけでもきちんとしておきたかったからです。
テリー青年に沸かしてもらったお湯と、渡してもらったかみそりとを使ってひげをそり、鏡を見たエドさんは、肩をすくめてぼろきれであごをぬぐいました。
「こんなものだろうな。この世界のかみそりは、扱いが難しい」
階下の食堂に下りて、ほの甘いお粥を食べたエドさんは、大学へ向かって歩き始めました。「生き字引」と呼ばれるほどの知恵者に会うことができれば、自分がなにをするべきかがわかるかもしれません。
大学の門にたどりついたエドさんは、門番の人に紹介状を見せました。門番はうなずくと、紹介状を返していいました。
「エドさんですね。『生き字引』の先生は、図書館の奥の小部屋にいらっしゃいますよ」
門番は、図書館への道順を教えてくれました。その通りに歩いていくと、大きな古びた建物が見えてきました。図書館に違いありません。戸口の受付で、陰気な顔をした司書に紹介状を見せると、司書はランプに火をつけて、エドさんの先に立って歩きました。
「書庫はこちらです」
司書が分厚く大きな扉を開けたとき、エドさんは息を呑みました。何段ものはしごを使わないとてっぺんまで手が届かないような巨大な本棚がどこまでもどこまでも列を作り、中には古びた革装の本がぎっしりと並べられています。その一冊一冊が、珍しい貴重な本なのでしょうか。少なくとも、このランプの光の中におぼろげに浮かんだ姿を見ると、エドさんは途方もない知識と知恵が自分を取り巻いてくるような感じに襲われるのでした。
ランプを手にした司書は本の迷路の中を静かに進んでいきます。エドさんは、洞窟を手探りで進むかのように、その明かりを追いかけていくことしかできませんでした。角をどれだけ曲がり、自分がどこにいるのかもわからなくなったころ、司書は立ち止まり、中からかすかに光が漏れてくる、小部屋の扉を示しました。
「『生き字引』の先生はここにいらっしゃいます。なにかありましたら、部屋の中にある呼び鈴の紐を引いてください。先生は悪いかたではありませんが、人をもてなすことについては、あまり得意ではいらっしゃらないのです」
エドさんが目をぱちぱちさせていると、司書は一礼して来た道を戻っていきました。
『生き字引』の先生とは、いったいどんな人なのでしょうか。気難しい人でなければいいのですが。
エドさんは、意を決して、扉をノックしました。
「開いておるぞ」
中から帰ってきた声を聞いて、エドさんは、あれっと思いました。どこかで聞き覚えのある声です。どこかで聞き覚えがある以前に、なにか貸しがあるような、かすかな記憶があるのです。
エドさんは扉を開けました。中にいたのは……人間ではありませんでした。
「ああ! あなたは!」
「なんじゃ! 探偵ではないか!」
壁にろうそくの灯る部屋に据え付けられた小さなテーブルと椅子には、一冊の本が鎮座ましましていました。
「誰かと思ったら、ナポレオンの辞書さんですか!」
そうです。かつて、エドさんの探偵事務所へ相談に押しかけてきて、哲学的な問答をふっかけ、そして代金を払うのを忘れて帰っていってしまったあの辞書に間違いはありません。
「たしかに、あなたは『生き字引』だ。あれからどうしたのかと思ったら、こんな大学に来ていたのですか」
辞書は小さな手を振って答えました。
「わしも気がついてみたらこの大学の図書室にいたようなもんじゃ。住んでみると、実に居心地がいい。すっかり、気に入ってしまってなあ。隠居先としては、ここ以上のところはほかにはないぞ。時おり、ここにいるいばりくさった教授たちが、わしの教え、というか知識を求めてやってくるが、もののわからないやつらと話すのは、これ以上ないほどくたびれるもんじゃ。それで、探偵どの、お主ももののわかった男だろうな?」
「もののわかった男かどうかはわかりませんが、どうしてもあなたの助けが必要なんです。わたしは、なにかをしなくてはいけないのに、なにをするべきかわからないんです」
「はて? そういわれても困る……」
辞書は困惑したような声を上げました。
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~ Comment ~
辞書でしたか。
このお話は、やはり探偵エドさんの続きといった感じなのですね。
それにしても、辞書って、調べたいものがわからないと引けないですよね。
読み方がわからない漢字の読みを調べたい時と同じように、もどかしい・・・。
このお話は、やはり探偵エドさんの続きといった感じなのですね。
それにしても、辞書って、調べたいものがわからないと引けないですよね。
読み方がわからない漢字の読みを調べたい時と同じように、もどかしい・・・。
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Re: limeさん
なにもかもがわかると思います(^^)