「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと君のための冒険(児童文学・特別長編・完結)
エドさんと君のための冒険 3-2
第三章 森の冒険 2
エドさんと奇術師、いや、ミスター・エレクトリコは、流れ落ちる汗をぬぐいながらひたすら道を進んでいました。
「見てください。泉だ!」
エドさんは、肌身離さず持っている、「旅程表」と呼ばれる覚え書きを取り出しました。大ざっぱなものしか地図がないこの密林では、旅の途上の目立つ目標物をひとつひとつ書き記したこの覚え書きが、現在位置を知るほぼ唯一の手がかりなのです。
「ええと、これは、『憩イノ泉』らしいですね。そこらへんに、名前が刻み付けられた石柱があるはずですが」
ミスター・エレクトリコは、しばらく探し回っていましたが、やがて嬉しげな声を上げると、エドさんを呼びました。
「見てくれ、これじゃないのか。たしかに、『憩イノ泉』と書いてある」
エドさんはほっとして「旅程表」をしまいました。
「ありがたい、ここの水は、飲めますよ」
ミスター・エレクトリコは、うなずきかけてから、はっとしたようにいいました。
「しかし、エドくん、わしらの前に現れた、あの『地獄の国税局』という悪魔は、きみに目くらましで海賊船の幻影を見せたそうじゃないか。これも、あの悪魔の幻影である可能性はないか」
エドさんは考えていましたが、首を振りました。
「この石柱は信じていいと思います。実際にさわれますし、ここの水も、手に触れて感じられる。もし、あの悪魔に、実物そのものの重さや固さがある物質が作り出せるのなら、海賊船の砲撃で、わたしは船ごと沈んで死んでいたことでしょう」
「そうだといいんだが」
ミスター・エレクトリコは、ちらっと悲しげな表情を浮かべました。
「時おり、わしはほんとうにわしなのか、と思うことがあるよ、エドくん。あの辞書は、きみにこの世界がきみの精神世界だといったそうじゃないか。わしは、きみの記憶と精神が生み出した、まぼろしのような存在なのかもしれないと考えると、正直なところ、怖くなる」
エドさんはうなずきました。
「それについては、わたしも考えました。考えた末に、あなたの助力をお願いしたのです。あのとき、『生き字引』の辞書は、わたしの精神世界とクロエの精神世界がある意味つながっている、といいました。その場ではそれ以上のことは聞けませんでしたが、わたしはこうも思うのです。わたしの精神世界は、ほかの人たちの精神世界ともつながっているのではないかって。いってみれば、ここでわたしの前に現れる人々は、皆、わたしの記憶を通して、その精神世界の一部をわたしに見せているのではないかって。そうでもなければ、すでに亡くなられたデイヴ氏やテリーさんが、このわたしの前に現れることができた理由が説明できません」
ミスター・エレクトリコは、エドさんの話を聞いてほっとしたようでした。
「すると、今ここで旅をしているわしのことをまったく知りもしないまま、家でコーヒーを飲みながらラジオを聴いている、わしの親玉がいるかもしれないということかね?」
「そういうことになりますね。でも、なぜラジオなんです?」
エドさんの言葉に、ミスター・エレクトリコは指をちょっと振りました。
「テレビやパソコンは嫌いだからな。奇術は舞台で見るものだよ」
エドさんは笑い出し、奇術師もそれにつられるように笑いました。
「さて、ここがほんとうに『憩イノ泉』だという結論に達したところで、食事にしましょうか。この本の挿絵が正しければ、あの木の実は食べられるみたいですよ」
ふたりは両手いっぱいに木の実をもいで、その甘い味を楽しみながら水を飲み、樽に補充しました。ビスケットは、しばらくは手をつけないつもりでした。いざというときに備えたのです。
エドさんは種を吐き出して、いいました。
「それに、ミスター・エレクトリコ、あなたがほかの世界とつながっているのは、あなたの言葉からも明白でしたよ」
「わしの言葉?」
「そうです。あなたが若いころに、『ミスター・エレクトリコ』という芸名だったなんて、わたしは知りませんでした。歌ってくれた歌も同様です。あなたの記憶が、わたしの中に流れ込んで来ているんです」
エドさんは歌いました。
「道はでこぼこ、身体はくたくた、されどわれらが心は進む。前進!」
エドさんと奇術師、いや、ミスター・エレクトリコは、流れ落ちる汗をぬぐいながらひたすら道を進んでいました。
「見てください。泉だ!」
エドさんは、肌身離さず持っている、「旅程表」と呼ばれる覚え書きを取り出しました。大ざっぱなものしか地図がないこの密林では、旅の途上の目立つ目標物をひとつひとつ書き記したこの覚え書きが、現在位置を知るほぼ唯一の手がかりなのです。
「ええと、これは、『憩イノ泉』らしいですね。そこらへんに、名前が刻み付けられた石柱があるはずですが」
ミスター・エレクトリコは、しばらく探し回っていましたが、やがて嬉しげな声を上げると、エドさんを呼びました。
「見てくれ、これじゃないのか。たしかに、『憩イノ泉』と書いてある」
エドさんはほっとして「旅程表」をしまいました。
「ありがたい、ここの水は、飲めますよ」
ミスター・エレクトリコは、うなずきかけてから、はっとしたようにいいました。
「しかし、エドくん、わしらの前に現れた、あの『地獄の国税局』という悪魔は、きみに目くらましで海賊船の幻影を見せたそうじゃないか。これも、あの悪魔の幻影である可能性はないか」
エドさんは考えていましたが、首を振りました。
「この石柱は信じていいと思います。実際にさわれますし、ここの水も、手に触れて感じられる。もし、あの悪魔に、実物そのものの重さや固さがある物質が作り出せるのなら、海賊船の砲撃で、わたしは船ごと沈んで死んでいたことでしょう」
「そうだといいんだが」
ミスター・エレクトリコは、ちらっと悲しげな表情を浮かべました。
「時おり、わしはほんとうにわしなのか、と思うことがあるよ、エドくん。あの辞書は、きみにこの世界がきみの精神世界だといったそうじゃないか。わしは、きみの記憶と精神が生み出した、まぼろしのような存在なのかもしれないと考えると、正直なところ、怖くなる」
エドさんはうなずきました。
「それについては、わたしも考えました。考えた末に、あなたの助力をお願いしたのです。あのとき、『生き字引』の辞書は、わたしの精神世界とクロエの精神世界がある意味つながっている、といいました。その場ではそれ以上のことは聞けませんでしたが、わたしはこうも思うのです。わたしの精神世界は、ほかの人たちの精神世界ともつながっているのではないかって。いってみれば、ここでわたしの前に現れる人々は、皆、わたしの記憶を通して、その精神世界の一部をわたしに見せているのではないかって。そうでもなければ、すでに亡くなられたデイヴ氏やテリーさんが、このわたしの前に現れることができた理由が説明できません」
ミスター・エレクトリコは、エドさんの話を聞いてほっとしたようでした。
「すると、今ここで旅をしているわしのことをまったく知りもしないまま、家でコーヒーを飲みながらラジオを聴いている、わしの親玉がいるかもしれないということかね?」
「そういうことになりますね。でも、なぜラジオなんです?」
エドさんの言葉に、ミスター・エレクトリコは指をちょっと振りました。
「テレビやパソコンは嫌いだからな。奇術は舞台で見るものだよ」
エドさんは笑い出し、奇術師もそれにつられるように笑いました。
「さて、ここがほんとうに『憩イノ泉』だという結論に達したところで、食事にしましょうか。この本の挿絵が正しければ、あの木の実は食べられるみたいですよ」
ふたりは両手いっぱいに木の実をもいで、その甘い味を楽しみながら水を飲み、樽に補充しました。ビスケットは、しばらくは手をつけないつもりでした。いざというときに備えたのです。
エドさんは種を吐き出して、いいました。
「それに、ミスター・エレクトリコ、あなたがほかの世界とつながっているのは、あなたの言葉からも明白でしたよ」
「わしの言葉?」
「そうです。あなたが若いころに、『ミスター・エレクトリコ』という芸名だったなんて、わたしは知りませんでした。歌ってくれた歌も同様です。あなたの記憶が、わたしの中に流れ込んで来ているんです」
エドさんは歌いました。
「道はでこぼこ、身体はくたくた、されどわれらが心は進む。前進!」
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~ Comment ~
村上春樹先生の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を彷彿とさせられます。(いや、系統も世界観も全然違うのですが)
学生当時読んだ時、『なんだこれは!?』と良い意味で驚きずっと興奮しながら読んだあの気分が蘇りました。(これを伝えたかったのです)
ちょっと追いつきそうにないですけど、じっくり読ませて頂きます。
学生当時読んだ時、『なんだこれは!?』と良い意味で驚きずっと興奮しながら読んだあの気分が蘇りました。(これを伝えたかったのです)
ちょっと追いつきそうにないですけど、じっくり読ませて頂きます。
- #11083 青井るい
- URL
- 2013.08/18 18:47
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Re: 青井るいさん
この小説は伝統的な旅と冒険の物語として書いたものなので、村上先生のそれと比べられると面映ゆいですが。(^_^;)
今週末には完結しますので、どうかごゆるりとお読みください~!