「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと君のための冒険(児童文学・特別長編・完結)
エドさんと君のための冒険 3-11
第三章 森の冒険 11
『エドくん、エドくん』
手のひらを通じて、奇術師はそういっているのです。エドさんも手に力を込めました。
『わかります、ミスター・E』
『よかった』
『モールス信号ですね』
『もちろんだ』
エドさんは、驚きと安堵が顔に出ないように心しながら、かつて探偵の知識として習い覚えたモールス信号のことを思い出していました。無線電信などに使われていたモールス信号は、短い信号「トン」と長い信号「ツー」、それに空白だけで、すべてのアルファベットを表現して文章を作ることができるのです。
『絶望して絶句したふりをしろ』
『やってみます』
エドさんは、手を握ったまま、暗闇の中でひざをつき、目をつぶりました。その間も、エドさんと奇術師は、手を通じた会話を行っていました。
『エドくん、やつの裏をかいてやろう』
『裏を?』
『絶望して、旅をやめるふりをするのだ』
エドさんはようやく、ミスター・エレクトリコの考えがわかりました。
『やつに自分が勝ったと思わせるんですね』
『そうすれば、隙ができるだろう。チャンスが生まれるかもしれん』
『しかし、危険な賭けではありませんか?』
『危険は承知だ。わしら無力な人間には、ほかに取れる手段がない』
『わかりました。しばらく、手を離します』
エドさんは、奇術師の手を離して、大地に両手をつきました。
「クロエ……」
芝居をする必要さえなかったかもしれません。妻のことを考えると、それだけでエドさんは、心配で、不安で、愛おしくて、心臓が熱された針金で締め上げられるような、きりきりとした痛みを感じるのです。
「……クロエ!」
エドさんは再び叫びました。
ミスター・エレクトリコがいいました。
「エドくん……旅をやめるかね?」
悪魔に対しての罠を張るためのせりふです。それはわかっていましたが、エドさんは首を振り、それとは違った答えを返していました。
「……いいえ」
暗闇の中、ミスター・エレクトリコが息を呑む気配が伝わってきました。
「エドくん! 自分がなにをいっているのか、わかっているのか!」
「わかっています」
エドさんは、疲れきった人間が見せる、淡々とした口調でミスター・エレクトリコの言葉に答えていました。
「わたしは、旅を続けなくてはならないんです。わたしは、悪魔の裏をかくという目的のために、ちらっと、妻を利用することを考えてしまいました……そのとき、はっきりとわかったんです」
エドさんは闇の中、うっすらと、疲れきった笑みを顔に浮かべました。
「わたしは、悪魔に負けたんだ」
「きみは旅を続けることを選んだというのに、どうしてそれが悪魔に負けたことになるんだ!」
「負けたから旅を続けるんです」
エドさんは答えました。ミスター・エレクトリコの手が、腕に当たり、そしてがっちりとつかむのをエドさんは感じました。
『正気でものをいっているのか』
握られて伝わってくるモールス信号に対して、エドさんは、はっきりと言葉にして、口に出して答えました。
「わたしは正気です。わたしがクロエのことを忘れていたことは、悪魔のせいだとしましょう。しかし、あなたの作戦に乗ったとき、わたしはクロエを自分の意志で裏切ってしまった。それがわたしを責めるんです」
エドさんは苦悶するように続けました。
「ミスター・エレクトリコ。あなたの作戦、それ自体は名案に思えました。しかし、わたしたちの発想をそこに導くのが『地獄の国税局』のたくらみだったら? わたしが絶望したふりをすることで、自分の中の貴重なものを壊してしまうことがほんとうのたくらみだったら? ……あなたにとっては、ひどいいいがかりかもしれませんが、もう、わたしは、なにもかも信じられないんです。わたし自身はもとより、あなたまでもが正体は悪魔なのではないかと疑うほどに」
エドさんは頭を抱え込みました。
「わたしにできることは、クロエに会い、わたしが自分でこしらえた溝を確認することだけです。わたしにはそれがわかるんです」
『エドくん、エドくん』
手のひらを通じて、奇術師はそういっているのです。エドさんも手に力を込めました。
『わかります、ミスター・E』
『よかった』
『モールス信号ですね』
『もちろんだ』
エドさんは、驚きと安堵が顔に出ないように心しながら、かつて探偵の知識として習い覚えたモールス信号のことを思い出していました。無線電信などに使われていたモールス信号は、短い信号「トン」と長い信号「ツー」、それに空白だけで、すべてのアルファベットを表現して文章を作ることができるのです。
『絶望して絶句したふりをしろ』
『やってみます』
エドさんは、手を握ったまま、暗闇の中でひざをつき、目をつぶりました。その間も、エドさんと奇術師は、手を通じた会話を行っていました。
『エドくん、やつの裏をかいてやろう』
『裏を?』
『絶望して、旅をやめるふりをするのだ』
エドさんはようやく、ミスター・エレクトリコの考えがわかりました。
『やつに自分が勝ったと思わせるんですね』
『そうすれば、隙ができるだろう。チャンスが生まれるかもしれん』
『しかし、危険な賭けではありませんか?』
『危険は承知だ。わしら無力な人間には、ほかに取れる手段がない』
『わかりました。しばらく、手を離します』
エドさんは、奇術師の手を離して、大地に両手をつきました。
「クロエ……」
芝居をする必要さえなかったかもしれません。妻のことを考えると、それだけでエドさんは、心配で、不安で、愛おしくて、心臓が熱された針金で締め上げられるような、きりきりとした痛みを感じるのです。
「……クロエ!」
エドさんは再び叫びました。
ミスター・エレクトリコがいいました。
「エドくん……旅をやめるかね?」
悪魔に対しての罠を張るためのせりふです。それはわかっていましたが、エドさんは首を振り、それとは違った答えを返していました。
「……いいえ」
暗闇の中、ミスター・エレクトリコが息を呑む気配が伝わってきました。
「エドくん! 自分がなにをいっているのか、わかっているのか!」
「わかっています」
エドさんは、疲れきった人間が見せる、淡々とした口調でミスター・エレクトリコの言葉に答えていました。
「わたしは、旅を続けなくてはならないんです。わたしは、悪魔の裏をかくという目的のために、ちらっと、妻を利用することを考えてしまいました……そのとき、はっきりとわかったんです」
エドさんは闇の中、うっすらと、疲れきった笑みを顔に浮かべました。
「わたしは、悪魔に負けたんだ」
「きみは旅を続けることを選んだというのに、どうしてそれが悪魔に負けたことになるんだ!」
「負けたから旅を続けるんです」
エドさんは答えました。ミスター・エレクトリコの手が、腕に当たり、そしてがっちりとつかむのをエドさんは感じました。
『正気でものをいっているのか』
握られて伝わってくるモールス信号に対して、エドさんは、はっきりと言葉にして、口に出して答えました。
「わたしは正気です。わたしがクロエのことを忘れていたことは、悪魔のせいだとしましょう。しかし、あなたの作戦に乗ったとき、わたしはクロエを自分の意志で裏切ってしまった。それがわたしを責めるんです」
エドさんは苦悶するように続けました。
「ミスター・エレクトリコ。あなたの作戦、それ自体は名案に思えました。しかし、わたしたちの発想をそこに導くのが『地獄の国税局』のたくらみだったら? わたしが絶望したふりをすることで、自分の中の貴重なものを壊してしまうことがほんとうのたくらみだったら? ……あなたにとっては、ひどいいいがかりかもしれませんが、もう、わたしは、なにもかも信じられないんです。わたし自身はもとより、あなたまでもが正体は悪魔なのではないかと疑うほどに」
エドさんは頭を抱え込みました。
「わたしにできることは、クロエに会い、わたしが自分でこしらえた溝を確認することだけです。わたしにはそれがわかるんです」
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~ Comment ~
なるほど、モールス信号という手がありましたか!
確かにこれなら、相手に気付かれることなく、
意思の疎通ができますしね。
エド殿が言うようにミスター・エレクトリコ殿のこの提案も、
疑わしいというのも一理ありますね~。
この後の展開が気になります。
確かにこれなら、相手に気付かれることなく、
意思の疎通ができますしね。
エド殿が言うようにミスター・エレクトリコ殿のこの提案も、
疑わしいというのも一理ありますね~。
この後の展開が気になります。
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Re: ツバサさん
月曜日からの、怒濤と感動の第四章「山の冒険」をお楽しみに!