「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと君のための冒険(児童文学・特別長編・完結)
エドさんと君のための冒険 3-12
第三章 森の冒険 12
しばらく、沈黙が続きました。エドさんは頭を抱えたままうずくまっていました。無限の長さがあるかと思える空白の時間の後、ミスター・エレクトリコは、沈んだ声でいいました。
「わかった。きみはほんとうに、悪魔に負けてしまったんだな。きみの心は、わしを悪魔の誘惑から救ってくれたときのように、強いものではないのだな」
「すみません」
「そんな言葉は聞きたくなかった。きみには、もっと強い心を期待していた。……だが、まあいい。いや、もういいといったほうがいいのかもしれん。人間、負けないと見えてこないものがあるというものだ。顔を上げて、目を開け」
エドさんは、ゆっくりと顔を上げ、目を開きました。
「……見える。普通に見える」
エドさんの目の前には、目の前が暗闇で覆われる前の、あの密林のただ中の光景が広がっていました。
「悪魔めにひと泡吹かせてやることは失敗したが、エドくん、きみが心の底から絶望したせいか、この通り闇が晴れた。悪魔めは、きみが目的地へたどり着くことにより、さらに絶望的な思いに陥ると考えたらしい」
エドさんにはその言葉のひとつひとつが、心に突き刺さってくるようでした。
「道なりに進めばこの森を出られるのだったな。その先は?」
エドさんはしばらくぼんやりとしていましたが、はっとすると、「旅程表」を取り出そうとしました。ミスター・エレクトリコは、かぶりを振ると、いいました。
「……いや、それについては、この森を抜け出してから聞くことにしよう」
ふたりは歩き始めました。
しばらく進んだ後で、ミスター・エレクトリコがいいました。
「エドくん、もし、さっきのあれが芝居だったら、わしはきみを尊敬する」
エドさんはなんと答えていいかわかりませんでした。ミスター・エレクトリコは続けます。
「だが、わしや悪魔の思ったとおり、芝居ではなくて本心からだったら、わしはきみを得がたい友人だと思う。尊敬の念を抱くことと、得がたい友人であることとがどう違うかくらいは、わかってくれると信じているぞ」
エドさんは、ますますなんと答えていいかわからなくなってきて、下を向いてただ歩いていました。
「見ろ、エドくん。はっきりとした光が見える」
老奇術師の声に、エドさんは顔を上げました。たしかに、密林の道の果てに、光が見えます。出口です。今度こそ、ほんとうの出口です!
「エドくん」
老奇術師はいいました。
「きみがわしのことを、悪魔めの化けたものと考えようと、ほかのなにか恐ろしいものと考えようと、それはどうでもいい。だがしかし覚えていてくれ、わしは、きみがいくら絶望しようと、希望を捨てる気などさらさらないぞ。わしもこの歳になるまで生きてきて、立ち直れないような絶望感と無力感にとらわれることがあった。だがそのたびに思い知らされることになったのだが、人間というものは、絶望や無力から立ち直れないにしても、それと折り合いをつけて生きていくことはじゅうぶんに可能なのだ」
ちょっと、ミスター・エレクトリコは言葉を切りました。
「だからわしは、あの歌が好きなのかも知れん。幼いころからずっと歌い続けてきた、あの歌が」
ミスター・エレクトリコは、大きく、陽気な声で歌い始めました。
「道はでこぼこ、身体はくたくた、されどわれらが心は進む。前進!」
老奇術師はエドさんの肩をどやしつけました。
「さあ、エドくん、きみも歌え! 道はでこぼこ……」
「身体はくたくた……」
「されどわれらが心は進む。前進!」
その歌声に合わせたかのように、ふたりは密林の奥から、開けた台地へと歩み出ていました。老奇術師は笑い、エドさんに手を差し伸べてきました。しかしエドさんには、奇術師の手の温かみも、歌声や歌詞の明るさも、そして陽光さんさんと降り注ぐ、いま自分が立っているこの大地すらも、どことなくさびしく、むなしく、古ぼけた紙細工のように中身のないものに思えてならないのでした。
山はもう、目の前です。
しばらく、沈黙が続きました。エドさんは頭を抱えたままうずくまっていました。無限の長さがあるかと思える空白の時間の後、ミスター・エレクトリコは、沈んだ声でいいました。
「わかった。きみはほんとうに、悪魔に負けてしまったんだな。きみの心は、わしを悪魔の誘惑から救ってくれたときのように、強いものではないのだな」
「すみません」
「そんな言葉は聞きたくなかった。きみには、もっと強い心を期待していた。……だが、まあいい。いや、もういいといったほうがいいのかもしれん。人間、負けないと見えてこないものがあるというものだ。顔を上げて、目を開け」
エドさんは、ゆっくりと顔を上げ、目を開きました。
「……見える。普通に見える」
エドさんの目の前には、目の前が暗闇で覆われる前の、あの密林のただ中の光景が広がっていました。
「悪魔めにひと泡吹かせてやることは失敗したが、エドくん、きみが心の底から絶望したせいか、この通り闇が晴れた。悪魔めは、きみが目的地へたどり着くことにより、さらに絶望的な思いに陥ると考えたらしい」
エドさんにはその言葉のひとつひとつが、心に突き刺さってくるようでした。
「道なりに進めばこの森を出られるのだったな。その先は?」
エドさんはしばらくぼんやりとしていましたが、はっとすると、「旅程表」を取り出そうとしました。ミスター・エレクトリコは、かぶりを振ると、いいました。
「……いや、それについては、この森を抜け出してから聞くことにしよう」
ふたりは歩き始めました。
しばらく進んだ後で、ミスター・エレクトリコがいいました。
「エドくん、もし、さっきのあれが芝居だったら、わしはきみを尊敬する」
エドさんはなんと答えていいかわかりませんでした。ミスター・エレクトリコは続けます。
「だが、わしや悪魔の思ったとおり、芝居ではなくて本心からだったら、わしはきみを得がたい友人だと思う。尊敬の念を抱くことと、得がたい友人であることとがどう違うかくらいは、わかってくれると信じているぞ」
エドさんは、ますますなんと答えていいかわからなくなってきて、下を向いてただ歩いていました。
「見ろ、エドくん。はっきりとした光が見える」
老奇術師の声に、エドさんは顔を上げました。たしかに、密林の道の果てに、光が見えます。出口です。今度こそ、ほんとうの出口です!
「エドくん」
老奇術師はいいました。
「きみがわしのことを、悪魔めの化けたものと考えようと、ほかのなにか恐ろしいものと考えようと、それはどうでもいい。だがしかし覚えていてくれ、わしは、きみがいくら絶望しようと、希望を捨てる気などさらさらないぞ。わしもこの歳になるまで生きてきて、立ち直れないような絶望感と無力感にとらわれることがあった。だがそのたびに思い知らされることになったのだが、人間というものは、絶望や無力から立ち直れないにしても、それと折り合いをつけて生きていくことはじゅうぶんに可能なのだ」
ちょっと、ミスター・エレクトリコは言葉を切りました。
「だからわしは、あの歌が好きなのかも知れん。幼いころからずっと歌い続けてきた、あの歌が」
ミスター・エレクトリコは、大きく、陽気な声で歌い始めました。
「道はでこぼこ、身体はくたくた、されどわれらが心は進む。前進!」
老奇術師はエドさんの肩をどやしつけました。
「さあ、エドくん、きみも歌え! 道はでこぼこ……」
「身体はくたくた……」
「されどわれらが心は進む。前進!」
その歌声に合わせたかのように、ふたりは密林の奥から、開けた台地へと歩み出ていました。老奇術師は笑い、エドさんに手を差し伸べてきました。しかしエドさんには、奇術師の手の温かみも、歌声や歌詞の明るさも、そして陽光さんさんと降り注ぐ、いま自分が立っているこの大地すらも、どことなくさびしく、むなしく、古ぼけた紙細工のように中身のないものに思えてならないのでした。
山はもう、目の前です。
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~ Comment ~
おー、とうとう森を抜けましたね!
山ももう目前という事で一安心ですが、
「きみが目的地へたどり着くことにより、
さらに絶望的な思いに陥ると考えたらしい」という言葉が気になりますね・・・。
山ももう目前という事で一安心ですが、
「きみが目的地へたどり着くことにより、
さらに絶望的な思いに陥ると考えたらしい」という言葉が気になりますね・・・。
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Re: ツバサさん
どうか二週間後をお待ちください(^_^)/
見事、広げた風呂敷が畳まれていたらご喝采!