「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと君のための冒険(児童文学・特別長編・完結)
エドさんと君のための冒険 4-1
第四章 山の冒険 1
エドさんとミスター・エレクトリコは、できるかぎりゆるい斜面と、障害物の少ないところを選んで、ゆっくりと山を登っていきました。
ミスター・エレクトリコはいいました。
「旅に明け暮れていた、わしの昔の経験からいわせてもらうと、高地ではゆっくりと進むことが肝心だ。急いで進むと、高山病というやつが襲ってくる。借金取りから逃げるため、峠を越えなくてはならなくなったとき、子供だったわしはそれにやられてな。いや、ひどい目に遭った」
エドさんはそれには答えず、むっつりと黙りこくったまま、まるで機械のように登っていました。登るときは登り、休むときは休みながらも、どことなく生気というものがないのです。
何日目ともわからぬ夜が来て、いつもどおりにふたりは休息し、野営をしました。熱帯とはいえ、高度が高いとそれなりに寒くなります。防寒具といえばマントを羽織っただけの姿で火を起こしながら、老奇術師はいいました。
「きみは登るのがつらいのかね、エドくん」
エドさんは答えました。
「つらくないわけがないでしょう。わたしを待っているものは、妻との間の溝だけです」
エドさんは少しずつビスケットをかじりました。泉から湧き出る少量の水を除けば、近くに食べられそうなものはなにもなく、食料は大事にとっておいたこのビスケット以外にはなくなっていたのです。
「わしは希望を捨てないぞ」
ミスター・エレクトリコは小さなやかんを火にかけて、水を温めながら、断固とした口調でいいました。
「わしは、エドくん、きみが最後には生きる勇気を取り戻すことを信じている。いや、生きる勇気を取り戻すことを知っている」
エドさんは、なんとなくその言葉が癇に障りました。ビスケットをしまいながら、うめくようにいいました。
「知っているですって? それはそうでしょう、わたしは生きることをやめるなんて、いっていない。わたしは生きますよ、寿命が来るまでは、何年だか、何十年だか知りませんがね。問題は、わたしのその残された年月が、これまでの楽しく幸せだったころとは違う、冬の凍てついた朝のように灰色で平坦で暗いものになってしまうだろうということです。ミスター・エレクトリコ、あなたのいいかたを借りれば、わたしもそのことを知っているんです」
老奇術師はお湯をコップに入れながら笑いました。
「ほら、きみも内心では知っているじゃないか、きみが目前にしているのが朝であることを。昇る太陽が、凍てついた霜を溶かしてしまうだろうということを」
「どんな太陽だろうと、自分の意思で妻を裏切ったという事実は溶かしようがありません。わたしは、これまでと同じ目で、クロエを見ることができないし、クロエがわたしをこれまでと同じ目で見てくれるということも信じられないんです」
ミスター・エレクトリコは、お湯に、貴重な砂糖を溶かしました。
「飲みたまえ、エドくん。きみの心には、今は適当な温度が必要だ」
コップを受け取り、エドさんは少しずつ、その温かくて甘い液体を飲みました。温かさは食道を下りていき、おなかをほかほかとさせてはくれましたが、それが自分の心になにがしかの変化を与えてくれたとは、エドさんはまったく思えないのでした。
「エドくん、わしは思うのだが」
ミスター・エレクトリコの言葉に、エドさんは目をつぶりました。
「ミスター・エレクトリコ、あなたがなにを考えているかはわかりませんが、これはわたしの問題なんです。わたしと、そしてクロエとの間だけにある問題です。あなたがなにをいおうと……しょせん、あなたは他人にすぎないんですよ」
エドさんは、自分がいいすぎたことに気がつきました。
「すみません、ミスター・エレクトリコ」
「気にはしていない」
老奇術師は、自分のコップから砂糖湯を飲みつついいました。
「きみは心が疲れているんだ。疲れて倒れそうな人間を鞭で叩いたところで、立ち上がって元気に動けるようになるはずもない。わしも、これがきみと奥さんの間の問題であることはわかっている。だが、それだけでないような気もするのだ。わしがきみとこうして今いるのも、理由があると思うのだ」
エドさんは答えませんでした。
エドさんとミスター・エレクトリコは、できるかぎりゆるい斜面と、障害物の少ないところを選んで、ゆっくりと山を登っていきました。
ミスター・エレクトリコはいいました。
「旅に明け暮れていた、わしの昔の経験からいわせてもらうと、高地ではゆっくりと進むことが肝心だ。急いで進むと、高山病というやつが襲ってくる。借金取りから逃げるため、峠を越えなくてはならなくなったとき、子供だったわしはそれにやられてな。いや、ひどい目に遭った」
エドさんはそれには答えず、むっつりと黙りこくったまま、まるで機械のように登っていました。登るときは登り、休むときは休みながらも、どことなく生気というものがないのです。
何日目ともわからぬ夜が来て、いつもどおりにふたりは休息し、野営をしました。熱帯とはいえ、高度が高いとそれなりに寒くなります。防寒具といえばマントを羽織っただけの姿で火を起こしながら、老奇術師はいいました。
「きみは登るのがつらいのかね、エドくん」
エドさんは答えました。
「つらくないわけがないでしょう。わたしを待っているものは、妻との間の溝だけです」
エドさんは少しずつビスケットをかじりました。泉から湧き出る少量の水を除けば、近くに食べられそうなものはなにもなく、食料は大事にとっておいたこのビスケット以外にはなくなっていたのです。
「わしは希望を捨てないぞ」
ミスター・エレクトリコは小さなやかんを火にかけて、水を温めながら、断固とした口調でいいました。
「わしは、エドくん、きみが最後には生きる勇気を取り戻すことを信じている。いや、生きる勇気を取り戻すことを知っている」
エドさんは、なんとなくその言葉が癇に障りました。ビスケットをしまいながら、うめくようにいいました。
「知っているですって? それはそうでしょう、わたしは生きることをやめるなんて、いっていない。わたしは生きますよ、寿命が来るまでは、何年だか、何十年だか知りませんがね。問題は、わたしのその残された年月が、これまでの楽しく幸せだったころとは違う、冬の凍てついた朝のように灰色で平坦で暗いものになってしまうだろうということです。ミスター・エレクトリコ、あなたのいいかたを借りれば、わたしもそのことを知っているんです」
老奇術師はお湯をコップに入れながら笑いました。
「ほら、きみも内心では知っているじゃないか、きみが目前にしているのが朝であることを。昇る太陽が、凍てついた霜を溶かしてしまうだろうということを」
「どんな太陽だろうと、自分の意思で妻を裏切ったという事実は溶かしようがありません。わたしは、これまでと同じ目で、クロエを見ることができないし、クロエがわたしをこれまでと同じ目で見てくれるということも信じられないんです」
ミスター・エレクトリコは、お湯に、貴重な砂糖を溶かしました。
「飲みたまえ、エドくん。きみの心には、今は適当な温度が必要だ」
コップを受け取り、エドさんは少しずつ、その温かくて甘い液体を飲みました。温かさは食道を下りていき、おなかをほかほかとさせてはくれましたが、それが自分の心になにがしかの変化を与えてくれたとは、エドさんはまったく思えないのでした。
「エドくん、わしは思うのだが」
ミスター・エレクトリコの言葉に、エドさんは目をつぶりました。
「ミスター・エレクトリコ、あなたがなにを考えているかはわかりませんが、これはわたしの問題なんです。わたしと、そしてクロエとの間だけにある問題です。あなたがなにをいおうと……しょせん、あなたは他人にすぎないんですよ」
エドさんは、自分がいいすぎたことに気がつきました。
「すみません、ミスター・エレクトリコ」
「気にはしていない」
老奇術師は、自分のコップから砂糖湯を飲みつついいました。
「きみは心が疲れているんだ。疲れて倒れそうな人間を鞭で叩いたところで、立ち上がって元気に動けるようになるはずもない。わしも、これがきみと奥さんの間の問題であることはわかっている。だが、それだけでないような気もするのだ。わしがきみとこうして今いるのも、理由があると思うのだ」
エドさんは答えませんでした。
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