「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと君のための冒険(児童文学・特別長編・完結)
エドさんと君のための冒険 4-2
第四章 山の冒険 2
「嘆キノ峰。コノ山ハサホド登ルノニ困難ナ山ニハアラズ。サレド登リ通シ、頂上ヲ極メタト伝エラレシ者ノ内、現世ニ戻リシ者ハ皆無ナリ。中腹マデ登リテ引キ返セシ者ハ口々ニ、悲シミト嘆キ、絶望ト無力感トニ打チノメサレタト語ル。故ニコノ山ハ『嘆キノ峰』ト呼バルル。山頂ニナニガ在ルカハ不明ナリ。我ラニ許サレシハ、タダ遠方ヨリソノ峰ヲ窺ウコトノミ」
エドさんはそこまで読み上げると、「旅程表」を閉じました。一緒に小休止を取っていたミスター・エレクトリコは、厳しい表情を崩さずにいいました。
「何度読んだ記述かわからないが、それはほんとうのようだな。エドくん、きみの顔色は、まるで幽鬼そのものだ」
エドさんは「旅程表」をしまって、まだ遠い山頂を仰ぎ見ました。
「わたしは思うんですよ。この山を登りきった人たちというのは、心が虚ろだったから悲しみに耐えられたんじゃないかって」
「きみは自分の心が虚ろだというのか? それなら、わしは希望と笑いのかたまりになってやろう。エドくん、きみも歌ってみないか? 『道はでこぼこ、身体はくたくた、されどわれらが心は進む。前進!』」
エドさんは首を振りました。
「けっこうです。体力を使いすぎたくはありませんので」
「そうか」
ミスター・エレクトリコは、ちらりとエドさんを見ると、歌いながら歩き始めました。
「道はでこぼこ、身体はくたくた、されどわれらが心は進む、前進!」
エドさんはその後につき従うように、ゆっくりと足を進めました。
何度目になるかわからぬ休憩でした。この山を登りきるのにどれだけの時間がかかるのか、ふたりとも見当がつきませんでした。なぜかというと、この山は、どうも旅人にとっての高さが変化するようなのです。さほどの時間が経っていないにもかかわらず、五合目くらいには登っているかと思えば、そこから先が、いくら登っても登っても、ちっとも上に行ったという感じがしないのです。
エドさんが幽鬼のような顔をしているのも当然でした。食料は乏しくなりつつあり、水は見つけるのも難しくなってきた今、頂上には永遠にたどり着けないのではないかとも思えるのです。
「……クロエ」
エドさんは妻の名前を口に出しました。ほんの少し前には、口に出すことで力がみなぎってくる言葉でしたが、今となっては、口に出すたびに、罪の重さと、あきらめの気持ちが心にのしかかってくるのです。エドさんの歩みは、ますますゆっくりとしたものになっていくのでした。
ふいに、ミスター・エレクトリコが歌をやめました。
「エドくん」
「なんですか?」
「この山は、なんだと思うかな?」
「山でしょう」
エドさんは答えました。ミスター・エレクトリコは、首を振りました。
「わしは、きみがいったことを覚えているぞ。あの辞書がしゃべったことによれば、この世界は、きみの精神世界なのではなかったのかな?」
「同じことでしょう。わたしの精神世界であるからといって、山が山であることに変わりはありません」
「いや、わしはこのことで、ずいぶんと話は変わってくると思うのだ。心理学については、奇術のそれによる実践的なものしか知らないが、きみはこう考えるべきではないのかな。この山は、自分にとってなにを表しているものなのか、と」
エドさんはちょっと考えて、肩を落としました。
「罪ですね。わたしの犯した罪だ。わたしのしでかした間違いや取り返しのつかないことが降り積もり、層を成して山となったのでしょう。それ以外に、いったいどう考えろというのです?」
「もしこれがきみの罪で、そしてそのてっぺんにきみと奥さんを結ぶものがあるとしたなら、あの悪魔めはどうしてきみを海や森で押しとどめようとしたのだ? そのことについて、きみも、わしも、もっと考えてみるべきではなかったのかね?」
エドさんは投げやりに答えました。
「悪魔は、気まぐれだったんでしょうよ。どこをどうすれば、わたしが傷つくかを、手を変え品を変え試していたんだ。その結果として、わたしたちはこうして、悲しみを確認するための、罪の山を登っているのでしょう」
「嘆キノ峰。コノ山ハサホド登ルノニ困難ナ山ニハアラズ。サレド登リ通シ、頂上ヲ極メタト伝エラレシ者ノ内、現世ニ戻リシ者ハ皆無ナリ。中腹マデ登リテ引キ返セシ者ハ口々ニ、悲シミト嘆キ、絶望ト無力感トニ打チノメサレタト語ル。故ニコノ山ハ『嘆キノ峰』ト呼バルル。山頂ニナニガ在ルカハ不明ナリ。我ラニ許サレシハ、タダ遠方ヨリソノ峰ヲ窺ウコトノミ」
エドさんはそこまで読み上げると、「旅程表」を閉じました。一緒に小休止を取っていたミスター・エレクトリコは、厳しい表情を崩さずにいいました。
「何度読んだ記述かわからないが、それはほんとうのようだな。エドくん、きみの顔色は、まるで幽鬼そのものだ」
エドさんは「旅程表」をしまって、まだ遠い山頂を仰ぎ見ました。
「わたしは思うんですよ。この山を登りきった人たちというのは、心が虚ろだったから悲しみに耐えられたんじゃないかって」
「きみは自分の心が虚ろだというのか? それなら、わしは希望と笑いのかたまりになってやろう。エドくん、きみも歌ってみないか? 『道はでこぼこ、身体はくたくた、されどわれらが心は進む。前進!』」
エドさんは首を振りました。
「けっこうです。体力を使いすぎたくはありませんので」
「そうか」
ミスター・エレクトリコは、ちらりとエドさんを見ると、歌いながら歩き始めました。
「道はでこぼこ、身体はくたくた、されどわれらが心は進む、前進!」
エドさんはその後につき従うように、ゆっくりと足を進めました。
何度目になるかわからぬ休憩でした。この山を登りきるのにどれだけの時間がかかるのか、ふたりとも見当がつきませんでした。なぜかというと、この山は、どうも旅人にとっての高さが変化するようなのです。さほどの時間が経っていないにもかかわらず、五合目くらいには登っているかと思えば、そこから先が、いくら登っても登っても、ちっとも上に行ったという感じがしないのです。
エドさんが幽鬼のような顔をしているのも当然でした。食料は乏しくなりつつあり、水は見つけるのも難しくなってきた今、頂上には永遠にたどり着けないのではないかとも思えるのです。
「……クロエ」
エドさんは妻の名前を口に出しました。ほんの少し前には、口に出すことで力がみなぎってくる言葉でしたが、今となっては、口に出すたびに、罪の重さと、あきらめの気持ちが心にのしかかってくるのです。エドさんの歩みは、ますますゆっくりとしたものになっていくのでした。
ふいに、ミスター・エレクトリコが歌をやめました。
「エドくん」
「なんですか?」
「この山は、なんだと思うかな?」
「山でしょう」
エドさんは答えました。ミスター・エレクトリコは、首を振りました。
「わしは、きみがいったことを覚えているぞ。あの辞書がしゃべったことによれば、この世界は、きみの精神世界なのではなかったのかな?」
「同じことでしょう。わたしの精神世界であるからといって、山が山であることに変わりはありません」
「いや、わしはこのことで、ずいぶんと話は変わってくると思うのだ。心理学については、奇術のそれによる実践的なものしか知らないが、きみはこう考えるべきではないのかな。この山は、自分にとってなにを表しているものなのか、と」
エドさんはちょっと考えて、肩を落としました。
「罪ですね。わたしの犯した罪だ。わたしのしでかした間違いや取り返しのつかないことが降り積もり、層を成して山となったのでしょう。それ以外に、いったいどう考えろというのです?」
「もしこれがきみの罪で、そしてそのてっぺんにきみと奥さんを結ぶものがあるとしたなら、あの悪魔めはどうしてきみを海や森で押しとどめようとしたのだ? そのことについて、きみも、わしも、もっと考えてみるべきではなかったのかね?」
エドさんは投げやりに答えました。
「悪魔は、気まぐれだったんでしょうよ。どこをどうすれば、わたしが傷つくかを、手を変え品を変え試していたんだ。その結果として、わたしたちはこうして、悲しみを確認するための、罪の山を登っているのでしょう」
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~ Comment ~
エドさんの心境に変化が表れているのが分かりますね。
クロエさんの名を口にしても、
罪の意識に苛まれていますしね。
罪の意識ではこの山は越えられないのでしょうか。
クロエさんの名を口にしても、
罪の意識に苛まれていますしね。
罪の意識ではこの山は越えられないのでしょうか。
Re: 矢端想さん
ダンテの「神曲」は面白かったのでそういうイメージがなかったとはいいませんが、ここでの原形は、「指輪物語」におけるフロドとサムのモルドールにおける旅であります。前に小説を読んだときも感銘を受けたけど、それから見た映画の「ロード・オブ・ザ・リング三部作」もえらい迫力だったなあ。
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Re: ツバサさん
エドさんはなぜこの山を登っているのか? 真実はそこにあります。
意味がわからなければしばらく更新におつきあいください~♪