「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと君のための冒険(児童文学・特別長編・完結)
エドさんと君のための冒険 4-6
第四章 山の冒険 6
エドさんは、自分に背を向けて去っていくミスター・エレクトリコの姿が、小さくなるのを、じっと立って見送っていました。
老奇術師の姿が、稜線に隠れて見えなくなったところで、エドさんは向き直り、前に向かって歩き始めました。
ひとりの登山が不安でないといえば嘘になります。しかし、エドさんはそれをつとめて気にしないようにしました。
『……わたしは不安だ』
エドさんは坂道を登りながら思いました。
『わたしは怖い。だが、それは当たり前のことではないのか? この世界でなくとも、妻に抱いていた愛情が壊れるかもしれない、と思えば、誰だって不安で怖くなって当然だ。当然のことなのであれば、受け入れればいい。目をそらすのではなく、必要以上に見つめてしまうのでもなく、息を吸っては吐くように、自然なものにすればいいんだ』
坂道は少しずつ、急なものになってきました。エドさんはつぶやきました。
「聞こえるか、『地獄の国税局』? 聞いているのなら返事をしろ」
返事は返ってきませんでした。エドさんは、自分のペースを守りながら、ひとり歩き続けました。
『「地獄の国税局」、わたしには、お前が必要だったのかもしれない。いやなこと、見たくもないこと、自分が決してなりたくないものになってしまいそうなとき、責任を押し付けられる便利な存在が。そうした心を持っていることは認めなくてはいけないだろう。人間だから。お前はわたしの心の中に永久に住み続け、災厄を作り出してはわたしの邪魔をすることだろう。いいだろう。わたしは、お前を受け入れる』
そこまで考えたとき、エドさんの耳に、あざ笑うような声が聞こえました。
「……いいんですかね?」
エドさんは笑顔になりました。
「聞いていたのか、地獄の国税局。もちろんだ、かまいやしないさ。わたしは、お前とゲームをすることはやめたんだ。わたしはわたし、お前もわたし。克服とまではいかなくても、そう考えれば心はいくらか楽になる。人間が普通に暮らすのに、それ以上のことが必要だろうか? 少なくとも、今のわたしには、それでじゅうぶんだ」
老奇術師のいったとおりでした。エドさんは、山頂がどんどん近くなってくるのに気づいていました。道は険しくなってくるものの、目的地に近づいていることは疑う余地もありません。
「クロエ……」
エドさんはつぶやきました。それに答えるような、悪魔の声がエドさんの耳を打ちました。
「奥さんに会う、ちょっと前に、またあなたの目をつぶしてさしあげましょうか?」
エドさんは首を振りました。
「残念だが、その手は二度と食わないさ。お前もこの山の頂上を極めたがっている。なぜなら、お前はわたしだからだ。わたしはもう、お前とゲームはしない。そういったはずだろう?」
エドさんは歌を歌い始めました。
「道はでこぼこ、身体はくたくた、されどわれらが心は進む。前進!」
そのころには、道はでこぼこどころか、両手両足を使わなければ進めないほどの急峻になっていましたが、エドさんは、これまでよりも楽に進めるように思えました。
「……まだ先には、危険と困難があると、あの奇術師のじじいはいってましたよね?」
見えない悪魔はさらにささやいてきました。エドさんはなにごともなかったかのように答えました。
「危険と困難があるとしても、それはお前じゃないさ、『地獄の国税局』。少なくとも、ミスター・エレクトリコが、その筋道の立った考えかたで、わたしに希望と勇気を再び取り戻してくれた今となっては、お前がいくらささやこうとも、どうということもない。わたしはお前と、危険と困難がどこにあるのかについて話すこともできる。話さないがね。お前とゲームをするのには、もう飽きた」
その言葉の通りでした。エドさんは、さっきまでの、不安と疑いといじけた考えに取りつかれていた人間から、いつものエドさん、常識と理性、それに少しのユーモアでもめごとを処理する、探偵であり便利屋のエドさんに戻っていました。
エドさんは心の中で考えました。
『危険と困難。それは、この険しいが進むのに楽な道にはなく、頂上でわたしを待っているものにあるはずだ。もしかしたらそれは、クロエに自分の心のしたことを話すよりも、もっと心を乱すなにかかもしれない……』
エドさんは、自分に背を向けて去っていくミスター・エレクトリコの姿が、小さくなるのを、じっと立って見送っていました。
老奇術師の姿が、稜線に隠れて見えなくなったところで、エドさんは向き直り、前に向かって歩き始めました。
ひとりの登山が不安でないといえば嘘になります。しかし、エドさんはそれをつとめて気にしないようにしました。
『……わたしは不安だ』
エドさんは坂道を登りながら思いました。
『わたしは怖い。だが、それは当たり前のことではないのか? この世界でなくとも、妻に抱いていた愛情が壊れるかもしれない、と思えば、誰だって不安で怖くなって当然だ。当然のことなのであれば、受け入れればいい。目をそらすのではなく、必要以上に見つめてしまうのでもなく、息を吸っては吐くように、自然なものにすればいいんだ』
坂道は少しずつ、急なものになってきました。エドさんはつぶやきました。
「聞こえるか、『地獄の国税局』? 聞いているのなら返事をしろ」
返事は返ってきませんでした。エドさんは、自分のペースを守りながら、ひとり歩き続けました。
『「地獄の国税局」、わたしには、お前が必要だったのかもしれない。いやなこと、見たくもないこと、自分が決してなりたくないものになってしまいそうなとき、責任を押し付けられる便利な存在が。そうした心を持っていることは認めなくてはいけないだろう。人間だから。お前はわたしの心の中に永久に住み続け、災厄を作り出してはわたしの邪魔をすることだろう。いいだろう。わたしは、お前を受け入れる』
そこまで考えたとき、エドさんの耳に、あざ笑うような声が聞こえました。
「……いいんですかね?」
エドさんは笑顔になりました。
「聞いていたのか、地獄の国税局。もちろんだ、かまいやしないさ。わたしは、お前とゲームをすることはやめたんだ。わたしはわたし、お前もわたし。克服とまではいかなくても、そう考えれば心はいくらか楽になる。人間が普通に暮らすのに、それ以上のことが必要だろうか? 少なくとも、今のわたしには、それでじゅうぶんだ」
老奇術師のいったとおりでした。エドさんは、山頂がどんどん近くなってくるのに気づいていました。道は険しくなってくるものの、目的地に近づいていることは疑う余地もありません。
「クロエ……」
エドさんはつぶやきました。それに答えるような、悪魔の声がエドさんの耳を打ちました。
「奥さんに会う、ちょっと前に、またあなたの目をつぶしてさしあげましょうか?」
エドさんは首を振りました。
「残念だが、その手は二度と食わないさ。お前もこの山の頂上を極めたがっている。なぜなら、お前はわたしだからだ。わたしはもう、お前とゲームはしない。そういったはずだろう?」
エドさんは歌を歌い始めました。
「道はでこぼこ、身体はくたくた、されどわれらが心は進む。前進!」
そのころには、道はでこぼこどころか、両手両足を使わなければ進めないほどの急峻になっていましたが、エドさんは、これまでよりも楽に進めるように思えました。
「……まだ先には、危険と困難があると、あの奇術師のじじいはいってましたよね?」
見えない悪魔はさらにささやいてきました。エドさんはなにごともなかったかのように答えました。
「危険と困難があるとしても、それはお前じゃないさ、『地獄の国税局』。少なくとも、ミスター・エレクトリコが、その筋道の立った考えかたで、わたしに希望と勇気を再び取り戻してくれた今となっては、お前がいくらささやこうとも、どうということもない。わたしはお前と、危険と困難がどこにあるのかについて話すこともできる。話さないがね。お前とゲームをするのには、もう飽きた」
その言葉の通りでした。エドさんは、さっきまでの、不安と疑いといじけた考えに取りつかれていた人間から、いつものエドさん、常識と理性、それに少しのユーモアでもめごとを処理する、探偵であり便利屋のエドさんに戻っていました。
エドさんは心の中で考えました。
『危険と困難。それは、この険しいが進むのに楽な道にはなく、頂上でわたしを待っているものにあるはずだ。もしかしたらそれは、クロエに自分の心のしたことを話すよりも、もっと心を乱すなにかかもしれない……』
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