「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと君のための冒険(児童文学・特別長編・完結)
エドさんと君のための冒険 4-9
第四章 山の冒険 9
「きみにはわからないことばかりで、退屈させてしまったな」
エドさんは青年にそういいました。
「いえ……」
「わたしは、きみとこうして向き合うことを恐れた。馬鹿な回り道だったと、自分でも思うよ。そんなわたしを見捨てずに、最後までつきあってくれた奇術師の先生には、足を向けて寝られないな。おそらく、あの人が、いちばん事態を理解していたのかもしれない。あのときは、わたしはここでお母さんと出会うのだろうと思っていたが、あの人はその先をもおぼろげながら見通していたんだろう。わたしはいわれたよ。わたしのこれを冒険と呼ぶとしたならば、それは、きみのための冒険なんだと」
エドさんは首を振りました。
「わたしのためだけじゃなかった。これは、ここにいるきみのための冒険でもあったんだ。ここにいるきみ、まだわたしが見ていない、もうひとりの娘もきみと呼ぶべきだな。お母さんももちろんきみのうちに入る。そうした、無数のきみのための冒険だったんだ。うまくいい表せないが、わたしはそう考えている」
エドさんは、ふたたび青年の手を取ると、しっかりと握り締めました。
「わたしがここにやってきて、きみのための冒険を、こうしてしてきたのも、たったひとつの言葉を伝えるためだったんだ」
エドさんは、思いと愛情を込めて、その言葉をいいました。
「きみは生まれてきていいんだ」
青年は、ぽろぽろと涙をこぼしました。涙が落ちるたびに、青年はどんどん若返っていくようでした。青年は少年になり、少年は幼児になり、そして幼児は、おくるみに包まれた小さな赤ちゃんになっていました。
エドさんは赤ちゃんを抱き上げ、優しくその身体をなでました。
「さて……この子をどうしたものか。このままここに放っておいては、無事に生まれてくるかどうかわからないぞ」
エドさんはそうつぶやき、そして自分がなにをつぶやいたのかに気がついて青くなりました。
「危険と困難というのはこれか!」
エドさんは、山頂から下を見下ろしました。これまで旅してきた、山や森や街や海が見えます。しかし、いちばん安全そうな「虹ノ都」に行くまでも、長い距離を歩かなければなりません。そんな旅を、赤ちゃんを抱いたままで行うことができるでしょうか。しかも、荷物の食料はだいたい食べつくし、水も残りは少ないのです。
それに、もし、「虹ノ都」に帰っても、エドさんはどうすればいいのでしょう。お金は、旅装を調えるのに全部使ってしまいました。勝手がわからないこの世界で、どうやって暮らせばいいのでしょう。
エドさんの耳には、あの悪魔が、げらげらと笑う声が聞こえてくるかのように思えるのでした。
エドさんは……エドさんは、それでも絶望するのだけはやめよう、と心に誓いました。ここが「嘆キノ峰」だとしても、自分まで嘆くのはよそうと思ったのです。たとえ、ここが、幾多の登山者が行方を絶った山だとしても……。
『ん?』
エドさんは、ちょっと引っかかるものを覚えました。
登山者が行方を絶ったとしたら、その死体とか荷物とかは、どこにあるんだろう?
そもそも、この息子は、どこからこの山に来たんだ?
エドさんの頭は、フル回転を始めました。結果として、思いもよらなかった結論が出てきました。
『……この山頂からは、気づいてはいないけれど、なにか抜け出せる道があるのではないだろうか?』
エドさんは考えました。
ここに登ろうとした登山者で、頂上を極めたと思われるものは、二度と戻ってこなかった。戻ってこなかった。戻って……。
もしかしたら。
エドさんは、自分が見下ろしていた地面とは、まったく別な方向を見つめました。祈る気持ちで、勘と推理が当たってくれることを願います。
エドさんの目が、なにかを捕らえました。初めは小さな点でしたが、それは見る見るうちに大きくなってきます。エドさんが見ていたのは、空でした。空に、ひとかたまりのなにかが飛んでいるのです。
群れです。鳥の群れです。無数の鳥が、雲のように群れをなしてやって来たのです。
「きみにはわからないことばかりで、退屈させてしまったな」
エドさんは青年にそういいました。
「いえ……」
「わたしは、きみとこうして向き合うことを恐れた。馬鹿な回り道だったと、自分でも思うよ。そんなわたしを見捨てずに、最後までつきあってくれた奇術師の先生には、足を向けて寝られないな。おそらく、あの人が、いちばん事態を理解していたのかもしれない。あのときは、わたしはここでお母さんと出会うのだろうと思っていたが、あの人はその先をもおぼろげながら見通していたんだろう。わたしはいわれたよ。わたしのこれを冒険と呼ぶとしたならば、それは、きみのための冒険なんだと」
エドさんは首を振りました。
「わたしのためだけじゃなかった。これは、ここにいるきみのための冒険でもあったんだ。ここにいるきみ、まだわたしが見ていない、もうひとりの娘もきみと呼ぶべきだな。お母さんももちろんきみのうちに入る。そうした、無数のきみのための冒険だったんだ。うまくいい表せないが、わたしはそう考えている」
エドさんは、ふたたび青年の手を取ると、しっかりと握り締めました。
「わたしがここにやってきて、きみのための冒険を、こうしてしてきたのも、たったひとつの言葉を伝えるためだったんだ」
エドさんは、思いと愛情を込めて、その言葉をいいました。
「きみは生まれてきていいんだ」
青年は、ぽろぽろと涙をこぼしました。涙が落ちるたびに、青年はどんどん若返っていくようでした。青年は少年になり、少年は幼児になり、そして幼児は、おくるみに包まれた小さな赤ちゃんになっていました。
エドさんは赤ちゃんを抱き上げ、優しくその身体をなでました。
「さて……この子をどうしたものか。このままここに放っておいては、無事に生まれてくるかどうかわからないぞ」
エドさんはそうつぶやき、そして自分がなにをつぶやいたのかに気がついて青くなりました。
「危険と困難というのはこれか!」
エドさんは、山頂から下を見下ろしました。これまで旅してきた、山や森や街や海が見えます。しかし、いちばん安全そうな「虹ノ都」に行くまでも、長い距離を歩かなければなりません。そんな旅を、赤ちゃんを抱いたままで行うことができるでしょうか。しかも、荷物の食料はだいたい食べつくし、水も残りは少ないのです。
それに、もし、「虹ノ都」に帰っても、エドさんはどうすればいいのでしょう。お金は、旅装を調えるのに全部使ってしまいました。勝手がわからないこの世界で、どうやって暮らせばいいのでしょう。
エドさんの耳には、あの悪魔が、げらげらと笑う声が聞こえてくるかのように思えるのでした。
エドさんは……エドさんは、それでも絶望するのだけはやめよう、と心に誓いました。ここが「嘆キノ峰」だとしても、自分まで嘆くのはよそうと思ったのです。たとえ、ここが、幾多の登山者が行方を絶った山だとしても……。
『ん?』
エドさんは、ちょっと引っかかるものを覚えました。
登山者が行方を絶ったとしたら、その死体とか荷物とかは、どこにあるんだろう?
そもそも、この息子は、どこからこの山に来たんだ?
エドさんの頭は、フル回転を始めました。結果として、思いもよらなかった結論が出てきました。
『……この山頂からは、気づいてはいないけれど、なにか抜け出せる道があるのではないだろうか?』
エドさんは考えました。
ここに登ろうとした登山者で、頂上を極めたと思われるものは、二度と戻ってこなかった。戻ってこなかった。戻って……。
もしかしたら。
エドさんは、自分が見下ろしていた地面とは、まったく別な方向を見つめました。祈る気持ちで、勘と推理が当たってくれることを願います。
エドさんの目が、なにかを捕らえました。初めは小さな点でしたが、それは見る見るうちに大きくなってきます。エドさんが見ていたのは、空でした。空に、ひとかたまりのなにかが飛んでいるのです。
群れです。鳥の群れです。無数の鳥が、雲のように群れをなしてやって来たのです。
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ウェルギリウスのような老奇術師は去り、ダンテのようなエドさんを煉獄の山頂で待っていたのはベアトリーチェではなく息子だった。
しかし、神の啓示に至る天堂への最後の冒険がここから始まるのである。
しかし、神の啓示に至る天堂への最後の冒険がここから始まるのである。
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Re: 矢端想さん
「ここで結末だろう。これ以上冒険を書いても蛇足だろう」と思ってしまったのであります。
判断は間違っていないと思います。