「紅探偵事務所事件ファイル」
    雑記録ファイル

    それが殺人というものでしょう

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     残暑が厳しすぎる夕暮れ、わたし、竜崎巧はプリウスを転がして「紅探偵事務所」へと帰ってきた。十九の小娘のくせにこの探偵事務所を切り盛りしている、所長の紅恵美がいうには、きょうびの世の中ではプリウスがいちばん目立たない車なんだそうだ。それは表向きの理由だろう。あのけちんぼ娘は、プリウスの低燃費が気に入っているだけに違いない。

     事務所のドアを開けると、クーラーによる冷気がわたしの身体を優しく包んでくれた。同じく所長にいわせると、わずかな冷房代をけちって熱中症で倒れたりしたらそれこそ物入りなのだそうだ。本気だろう。重ね着すればそれなりに耐えられる冬の日には、あの娘は暖房代をけちりにけちる。まったく、財閥の令嬢ともなると、DNAにそうした質素倹約の精神が刻み込まれているらしい。

    「お帰りなさい」

     紅恵美は書類から顔を上げてわたしを迎えた。

    「……なにか収穫はあった?」

    「今のところゼロです。あの旦那、賭けてもいいですが、百パーセントシロですね。横領なんかしてません」

    「奥さんから話を聞いたときから、そんな気がしてたわ。でも、なにかをやっていない、ってことは証明できないから、なんとか納得させることができる報告書を書かなくちゃならないわね」

    「任せますよ。文書で人を説得するのは苦手です。天才なんだから、そんなことちょちょいのぱっぱでしょ」

    「ちょちょいのぱっぱとはいかないわよ。あの奥さんに必要なのは、探偵よりも精神安定剤とメンタルな医者ね。……ほかに、なにか変なことはなかった?」

     調査に関する質問ではないらしい。一日中パソコンと向き合って退屈だったのだろう。

    「そういや、帰ってくるとき、変なやつを見ましたよ。高校のグランドで、片手でイチローの真似をしている中年男がいたんです。バッターボックスで、誰も立っていないピッチャーマウンドに向かって。信号待ちをしている間、ずっとあの格好」

     紅恵美はちょっと目を閉じた。

    「それって、どこの高校?」

     わたしはカーナビの表示を思い出して答えた。紅恵美はパソコンでグーグルアースを開いて調べ始めた。わたしがいうのもなんだが、変なことに興味を持つ娘である。



     翌日の昼食時、パソコンでネットニュースを見ていたわたしは、トップにあった記事を見て顔をしかめた。今朝早く、スカイツリーで殺人事件があったらしい。

    「竜崎、昨日の変な男の顔、見たらわかる?」

     いきなり紅恵美にそういわれ、わたしは面食らった。

    「どうしてそんなことをいうんです?」

    「例のイチローの真似よ」

     わけがわからない。紅恵美は、勘の鈍い小学生に教えるかのような顔で説明を始めた。

    「大リーグにうといあたしでも、イチローの真似が片手でできるわけがないことくらいはわかるわ。片手でやっていたとしたら、それはバットを突き出すポーズね。竜崎、イチローのほかに、そういうポーズを取っていた大リーガー知らない?」

     そういわれて、ようやくわかった。わたしが見たときは、バットが中途半端に斜めになっていたから、イチローのポーズだと思ってしまったが、片手でバットを突き出すポーズには、もっと有名なのがあるじゃないか!

    「ベーブ・ルースだ! 予告ホームラン!」

    「そういうことよ。あの高校をグーグルアースで拡大して調べると、野球のグラウンドのバッターボックスからピッチャーマウンドを通る直線を延長すれば、スカイツリーに行き着くことがわかるわ。この東京のランドマークタワーだから、見ることはできたでしょうね。竜崎、あなたが見たバットは、上方に見えるスカイツリーをぴったり指し示していたでしょうね。そして今日、殺人事件が起こった。偶然の一致にしてはできすぎてるわ。今、懇意にしてもらっている警部さんに連絡したから、あなたに出頭してもらいたいの。はずれのほうが高いと思うけど、警察には、チャンスがあったらできるかぎり恩を売っておきたいのよ」

     わたしはその言葉に従い、最寄りの警察署で、顔写真の羅列を見せられることになった。あの変な男の顔を見つけ出すのは簡単だった。

     警部は驚きを隠せない様子だった。

    「ここだけの話ですけど、竜崎さん、その男はこの事件の重要参考人のひとりですよ。でも、どうしてあのお嬢さんはベーブ・ルースと殺人を結びつけたんです?」

    「所長はあまりにもくだらなくていわなかったんでしょう」

     わたしは答えた。

    「『予告葬らん』だなんて、苦しいにもほどがあるダジャレ……」
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    ~ Comment ~

    Re: ダメ子さん

    「ヒーローインタビューは紅恵美さんです」

    「あたしヒロインなんですけど」

    よく捕りました!
    ナイスファインプレー!

    Re: 大海彩洋さん

    単純な小品ではありますが、自分では気に入っています。

    最後のダジャレは、まあ、その……わたしの趣味です(^_^;) 昔からくだらないダジャレが好きだったのですが、この歳になってさらにダジャレが好きに(^_^;) 好みがオヤジギャグ化しているのか……(^_^;)

    Re: LandMさん

    いや、パフォーマンスとしては最高ですけれど、「失敗する可能性」のほうが遥かに大で、その場合、場をどうやって取り繕えばいいんですか(^_^;)

    あれはベーブ・ルースだからできたことで、ベーブ・ルースだから許されたことなのではないかと思います。

    もうひとりあれをやっていい人物がいるとすれば、ラグ・ボール編のコブラくらいのものでしょう(^_^)

    Re: limeさん

    名探偵紅恵美が、犯人の意識に肉迫したのです。このダジャレは、犯人の頭にあったもので、紅恵美が考えたものではありません。

    ……とはいうものの、自分で探偵事務所を開いてしまうくらいのミステリマニアですからねえ。天才の知力と学識で覆い隠しているけど、ちゃらんぽらんな性格なのかもしれません(^_^;)

    予告ホームラン!

    なるほど。
    どこへ転がっていくのかと思ったら、そうですか。
    ダジャレ……^^;
    いま最も目立たない車、プリウス。確かに。ある時信号待ちをしている車が全部プリウスなのを見た時、さすがに笑ってしまいました。

    予告ホームランのホームラン・・・はないですが、
    予告ホームランをする人も最近はいないのかな。。。
    と思うこともあります。するような人もいないですけどね。プロならパフォーマンスも必要だと思いますが。

    予告ホームランのホームラン・・・はないですが、
    予告ホームランをする人も最近はいないのかな。。。
    と思うこともあります。まあ、するような人もいないですけどね。プロならパフォーマンスも必要だと思いますが。

    紅恵美が、ダジャレ・・・。
    言わなくて良かった^^;

    Re: カテンベさん

    殺人事件を起こすということはまともな精神状態ではできませんから、「決意」を固めるためにあのようなポーズを取っていたのでしょう。

    実際は三分もやってはいなかったでしょうね。たまたま信号待ちをしていた竜崎くんに見られたのが運の尽きで、そうでなければ「野球の練習をしてました」で済んでいたと思います。

    いや強引な小説であることは百も承知(^_^;)

    誰かに気づいてもらおうと何時間もグラウンドでポーズとってたのかもねぇ(^^)
    早々に重要参考人になってるし、捕まったあとの報道見出しを考えてのことなのかな?て思てまいました。
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