「ショートショート」
    SF

    求められる薬

     ←同根 →防災の日
    「どうしてこの薬が不認可なんですか!」

     ぼくは上司の前に立ち、机を思い切りバンと叩いた。

    「これは奇跡の薬です! 存在自体が奇跡みたいな薬なんです!」

     上司である製薬会社研究班の総合統括主任は、眼鏡をちらりと動かした。

    「きみ」

     ぼくの前に、ぼくが精魂込めて作った報告書が投げ出された。

    「きみは、自分がなにを作ったかわかっているのかね?」

     ぼくは胸を張って答えた。

    「ヘロインの害を抑える薬です。これを飲み続けていれば、ヘロインを使っても、身体に対する害を最低限に抑えることができます。麻薬患者の治療には、欠かせない薬となるでしょう」

    「それだ」

     上司は机を中指でとんとんと叩いた。

    「きみたちのチームの作り出したこの薬は、もし実用化されると、ヘロインの肉体的な危険を酒やたばこ並みに抑えることになることはわかっている。その結果待っているのは……ヘロインを解禁しろというリベラル論者からの声だ。ヘロインは、薬屋で堂々と販売されることになるかもしれん」

    「それのどこがいけないんですか」

    「この薬には問題がある。ヘロインに対する精神的依存までは抑えることはできないという点だ。精神的依存症患者は爆発的に増えるだろう。その結果、街にはヘロインで頭をぼんやりさせたまま、なにもしない人間がぞろぞろ出てくることになる。そうなったら、社会は破滅だ。六十億が全員アル中になって昼間からぼんやりしている状況を想像したまえ……政府が不認可にするのも当然だ、とは思わないか?」

     諄々と説かれ、ぼくは反省した。自分ではすばらしい発見をしたと思っていたのだが、そうだ、薬品というものは、社会的な枠組みの中で考えなければならなかったのだ。

    「わかったようだね」

     上司は報告書をふたたびしまうと、ぼくにいった。

    「大丈夫だ、この薬は別な形で特許を取っておく。この薬を開発したきみと研究チームの才能は、わたしも高く買っているんだ。その才能を生かして、別の薬に取りかかってはもらえないだろうか」

    「はい」

     ぼくは気を取り直した。

    「それで、いったい何を研究しろというんですか?」

    「アンフェタミンによる精神病と精神の荒廃を食い止める薬を作ってほしいのだ。安全に覚醒剤を使える薬を作ってほしい」

    「え? そんな薬、作っても社会に害があるってさっき……」

    「あれはヘロインのようなダウナー系の麻薬についての話だ」

     上司はいけしゃあしゃあといった。

    「アンフェタミン、覚醒剤を、誰でも気軽に薬屋で買えるようなものにできる薬を開発してほしい。もしそれが完成したら、労働者に配給すれば、工場や農場での生産効率が飛躍的にアップするぞ。なにしろ、疲れを感じなくなるんだからな。政府やわが社が求めているものは、そういう薬なのだよ。そしてこれは、戦時下においては、戦局を左右するようなものになるかもしれん。われわれは、きみに期待しているよ。ん? どうした? なにかわからんことでもあるのかな?」

     ぼくはなんと返答すればいいのかわからなかった。
    関連記事
    スポンサーサイト



     関連もくじ一覧 ▼ 
    総もくじ 3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ 3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ 3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ 3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    もくじ  3kaku_s_L.png TRPG奮戦記
    【同根】へ  【防災の日】へ

    ~ Comment ~

    Re: たおるさん

    たしかに。今のわれわれの常識は、戦後民主主義社会の常識にすぎませんからねえ。

    高度資本主義社会のもたらすモラルの危機に警鐘を、などといえる立場の人間ではありませんが、ブラック企業のニュースとか見るとなあ。うむむ。

    はじめてコメントします!

    何が正しくて何が間違ってるのかの判断はとても移り気な気がします。
    まぁ大本となる部分は不変でしょうが、今ある自分の常識も頼りないものだなあとこの作品を読んで感じました。

    ってか本当会社ってこんな感じですよね!明らかに言ってることおかしいだろ! と思いながらも、当然のような顔をする上司に言われるまま動く自分が悲しい( ´△`)
    ……つい愚痴ってしまいました(-_-;)

    また遊びにきます♪

    Re: マウントエレファントさん

    こんな薬が実用化されたら、それこそ日本の社会はひどいものになりますよ(^^;)

    ブラック企業の、「若者使い潰し」が、より徹底したものになるでしょうね。なにせ、最初から使い潰すつもりだったら、エネルギーを全部搾り取ってから潰れてくれた方がいいわけですから。

    こういう薬がほしい! と思う経営者や資本家は後を絶たないでしょうなあ……。とサヨク的言動に走ってみる(^^;) はは(^^;)

    Re: かえるママ21さん

    なんせ「ヒロポン」って、れっきとした登録商標ですからねえ。戦中は戦闘機搭乗前のパイロットに注射で栄養剤が与えられていたんですが、

    「ごめんあれには実はヒロポンも混ぜてあったんだ」

    ということが戦後にわかって……。あのまま大戦が長引けば覚醒剤汚染はさらにひどくなっていたでしょうね。

    SFというよりも風刺小説のつもりで書きました。今のブラック企業なら、平気でやりかねませんよねこんなこと……。

    ノーマルがいいですね

    心身共に疲れ知らずになれば、生きるつらさも軽減され労働者にとってもよさそうですね。

    しかし、知らず知らずのうちに疲労が蓄積されていくのですから、ある日、ロボットがバッテリーが切れてドタッと倒れるように、人間もある日突然、過労死してしまう恐れがあります。

    そうなれば、結局、社会的損失が増大し、その薬により期待される効果も半減されてしまいそうですね。

    疲れを感じるから、働き過ぎる前に休め、長生きできるとなれば、ハイとブルーが交互に訪れるノーマルな状態が一番いいと気づきました。

    「はだしのゲン」にも書いてるけど、実際戦争中は、ヒロポンという覚せい剤が、兵隊さんの恐怖を減らしたり戦闘意欲高揚のために使われてて、終戦とともに大量に余ったため、お薬屋さんで広く売られてたって書いてました。1951年「覚せい剤取締法」施行まで使われてたそうです。
    戦士....企業戦士とも言いますね。
    サイエンスフィクションというより、予言かもしれませんね。
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【同根】へ
    • 【防災の日】へ