「ショートショート」
    SF

    マウスになった男たち

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     わたしはベッドから起きた。ベッドサイドには保温ポットが置かれていた。悩んだ末、戸棚からマグカップをもってきた。ポットから注ぐと、中身は薄いブラックコーヒーらしき液体だった。しばし逡巡してから、そのまま飲んだ。ブラックコーヒーみたいな味がした。腹が痛くなる様子もない。ブラックコーヒーだ。コミュニケーションはうまくいっているようだ。

     衣装戸棚を開けた。中にはありとあらゆる衣類……子供服から女物まで、たくさんの和洋中エスニックの衣類が並んでいた。どれを着るべきか。わたしは衣類棚をより分け、紳士物のトランクスとシャツを取り出しかけ、はたと手を止めた。

     ここは考えなければならない。衣服の選択は重要無比なパートらしいのだ。こちらが、下着を身に着けるということは、やつらもわかっている、とは想像できる。想像できるだけだ。下着のうえに、普通にポロシャツなりなんなりを着ることの必要性もわかっているのではないかと思う。だが……はたしてそうか? この行為は、彼らのメンタリティないしは宗教的禁忌……彼らに宗教があればだが……に違反してしまっているのではないか?

     だが、コミュニケートのためには、こちらにとって「一般的」なのはこういう格好だ、と主張していくのもまた正しかるべきやり方だろう。わたしは、下着のうえにワイシャツとスラックス、それに靴下を身につけた。

     そのまま三分待った。いまだにわたしは消されていない。コミュニケートは成功したらしい。ほっと息を吐き、部屋の出口の扉を開けた。廊下に皿が置いてあった。陶器の皿だ。そのうえに、材質不明の、瑠璃色の光沢がある金属からなる硬貨が三枚置いてあった。わたしはありがたくいただくことにした。この硬貨は、この狂った世界の中で、唯一信じられる代物だからだ。皿については、悩んだ挙句、そのまま置いておくことにした。

     廊下を歩いていくと、ひとりの男と出くわした。見たことのない顔だ。

    「やあ」

     わたしは、たぶん許されているであろう発話をした。

    「やあ」

     相手も同じ言葉を返した。

     しばらく見つめ合ってから、先に口を開いたのは相手の方だった。

    「はじめまして。お名前は? ぼくはダニエル・スティーブンスンです」

    「わたしは松本水樹。あれの前は、大学で英文学を教えてましたよ」

    「……よかった。英語が使えるようで。テニスンは暗唱できますか?」

     わたしは首を振った。

    「それをやった同業者は、やつらに片腕を吹き飛ばされました。宗教的禁忌かなにかに触れたらしい」

    「なんてことだ」

    「食べるものはありますか? いちおう、コーヒーらしきものだったら、部屋にありますが」

     ダニエルは首を振った。

    「いえ、腹がぺこぺこですよ。なにか買いに行くつもりだったんです」

    「うまいものはありますか?」

    「ポテトサラダらしきものは手に入りました。硬貨二枚です」

     わたしの喉が鳴った。

    「ポテトサラダ!」

     ダニエルは苦笑いした。

    「灰色が混じった群青色をしていなければ、もっとうまそうなことはたしかなんですけれどね」

     わたしはダニエルの手を握った。

    「それでもポテトサラダには違いない。早いところ、販売機へ行きましょう」

     わたしはダニエルとともに、ぶらぶらと建物の隅の販売機へと歩いた。ダニエルが聞いてきた。

    「あなたはなにかうまいものを出せましたか?」

     わたしは首を振った。

    「ゲンノショウコの味がする粥くらいですよ。硬貨一枚ですが、栄養はあるようです」

    「あれからチャレンジャーは?」

     わたしはもう一度首を振った。

    「いません。ウイスキーそっくりの液体の瓶を手に入れた男が、それをあおって即死してから、みんな及び腰になってます。……このあたりにはいつ来たんです?」

    「今朝です。気がついたら、こっちの建物に来てました」

    「それじゃ、通じないかもしれませんね」

    「いや。今のところ、こうして生きていられるということは、彼らの宗教的禁忌は、こちらでもぼくのいたところでも、共通しているということでしょう。まず、安心でしょうね」

     そうこうしているうちに、ちらほらと人がいる『販売機』の前にたどりついた。わたしはブースのひとつに硬貨を投入し、いつものゲンノショウコ粥を求める操作を、キーボード上で行った。操作のために使われるキーボードそっくりなものには、文字は一切書かれておらず、かわりに乱雑な色が塗られている。文字を書こうとする者はいない。それをやった男がひとり、頭をレーザー光線かなにかで吹っ飛ばされて死んだからだ。

     聞き覚えのある嫌なキンキンいう音を立てて、機械はゲンノショウコの味のする粥が入った皿を出した。

    「赤、緑、青、青、緑、赤、青だから覚えやすい」

    「なるほど」

     ダニエルはうなずいて、硬貨を二枚販売機に投入した。これでポテトサラダの出力方法がわかったら、その情報は、わたしにとっての財産となる。うまくすれば、交易すらできるかもしれない。

    「やりかたはですね」

     振り向いてそういった瞬間、『販売機』の一部がぱかりと開き、リンゴの芯のくり抜き機の化け物みたいなものが先端に着いたアームが伸びてきた。わたしやダニエルが反応する暇もなかった。くり抜き機はダニエルの胸にぐっさりと刺さると、正確にその心臓をくり抜いて、再び販売機の中に戻っていった。

     ダニエルの周りに、この建物に住む男たちが群がってきた。わたしはすでに死んで動かないダニエルの傷口に手を突っ込むと、食べられそうな内臓をつかみだし、粥に入れた。死んだ人間をどうするかについてのルールはすでにできていた。その場にいた人間がひとりずつ、食べられそうな部分をできるかぎり平等に分け合うのだ。

     わたしはがつがつと、その『ごちそう』をたいらげた。『主の祈り』を唱えようという気はなかった。『主の祈り』を唱えたやつは、この建物を作り、わたしたちを閉じ込めている存在のしつらえた火炎放射器で焼かれて消し炭にされてしまったからだ。

     それにしても、ポテトサラダを取り出すキーの押しかたを教えてから死んでほしかったものだ。それはもしかしたら、あの存在が囚われ人に対して送ってくれたご褒美かもしれないのに。

     その存在が何かはわからないが、われわれの幼稚な知性とコミュニケートをとろうとしていることだけは確かだ。わたしは粥を食らいながら思った。色つきのボタンを押すことで、毒餌と普通の餌と栄養ある餌が出てくる箱に押し込まれたマウスは、いつかは人間とコミュニケートできるほどの知性を得ることができるだろうか。

     わたしはかぶりを振った。科学の歴史で、人間と同じ意味で言葉が使えるマウスが現れたためしがあるか? 今日が生体解剖の日でないことを幸運と思いつつ、その日その日を生きるしかないだろう……。

     同時にわたしはこうも思うのだ。

     ……だいたい、もとの人間の生活や人生も、こんなものではなかったのだろうか。どうすれば得点できるのかわからぬ、得点が果たして得点であるかもわからないゲームを数十億の人間がプレイして、勝った負けたと浮かれていただけではなかったのだろうか。われわれは真の意味で、同朋どうしの間でも、コミュニケートができていたのだろうか……。
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    ~ Comment ~

    Re: ダメ子さん

    相手もコミュニケートしようとしているからです。……たぶん。

    行動からみるかぎり、人間とそう異なった精神の存在でもなさそうです。……たぶん。

    最後には丸く収まると思います。……たぶん。

    NoTitle

    でもなぜか暗黙のルールをみんなそれなりに上手に
    守れている気がします
    いったいなぜ…?

    Re: カテンベさん

    意外とこういうことって多いんじゃないかと思います。秋葉原連続殺傷事件の犯人も、ネットで相手して話してくれる人間との間で、どうすれば相手に喜んでもらえて自分も楽しくなれるかのルールがわからなくなり、そこから実生活でどうやって得点するのかもわからなくなり、じわじわと追い詰められて、最後にはああなってしまったのではないかと思うのですが。

    そう考えると、自分自身もああなる可能性があるのではと、怖くなります……。

    禁を破るとおしまいで、何が禁止なのかは破ってみないとわからない、なんてのはきついですね
    たまたま処分されてるとこに居合わせたりしないとわからないし、情報共有もどこらへんからかわからないけど禁止事項っぽいから会話するのも危ういみたい
    希望を失わせて集団自殺に導けたら実験成功。て感じのもんなんやろか?
    狂気のエッセンスみたいなものを御所望なのかな?
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