FC2ブログ

    「ショートショート」
    その他

    わたし破壊光線

     ←マウスになった男たち →血のしたたるような
     悪の組織「ババルー帝国」の秘密兵器の実験台にされ、わたしは「わたし破壊光線」を受けてしまった。

     そのまま路上にトラックから蹴り出され、財布から虎の子の五百円玉を出してバスに乗って家に帰ったのだが、自分の身体にいささかの異常も感じられない。いったい、彼らは、わたしになにをやったのだろう。

     そもそも、わたしを破壊するとはどういうことなのだ。「わたし」というものを破壊したのか?

     わたしとはなんだ?

     いまここにいる肉体がわたしなのだろうか。いや、手や足がなんらかの都合でなくなっても、わたしはわたしであり続けるだろう。わたしとは、完結した肉体ではない。

     では、精神がわたしなのか。わたしはこう考えているが、はたして、いまここでこう考えているわたしの精神は、「わたし破壊光線」を受ける前のわたしとまったく同じなのか。わたしは、精神の一部を破壊され、書き換えられて、いまこうしてものを書いているのではないか。

     だが、そんなことをして「ババルー帝国」になんのメリットがあるのか。ふつう、悪の組織が人間の精神に影響を与える場合、自分たちの組織なり大義なりに忠誠を誓わせるはずだろう。しかし、いまのところわたしは、ババルー帝国に対してなんらの忠誠心も感じていなければ、その大義もまったく知らない。

     ということは、彼らは、わたしの知らない、もしくは気づかないところでわたしの精神を変えてしまったのか? わたしが知らない、もしくは気づかないところでわたしの精神を変えることは、わたしがわたしであることを変えることにつながるのか?

     そこでもう一度ふりだしに戻る。わたしとはなんなのだ?

     わたしというのは、わたしが意識しているかぎりにおいてのわたしであるのか? いや、そういうわけでもないだろう。例えば、わたしが気づかない、知らないところ、フロイトの説く「無意識」の領域で、実は夜な夜な贄を求めて徘徊する殺人衝動を持つ男に精神を書き換えられていたとしたら、わたしはわたしでなくなってしまった、といっていいのではないか? 少なくとも、殺人衝動に駆られて包丁を振り回し、若い女を襲っているわたしが見られたとしたら、見た相手はわたしをわたしではないとみなすことだろう。

     たしかにわたしは警察に捕まるだろうが、わたしは、それはわたしのしたことではありません、わたしはそれを望んでしたのではなく、ババルー帝国に改造されて、強制的にやらされてしまったのです、と答えるしかない。わたしはわたしでなくなってしまうわけだ。

     ならば、わたしがわたしでなくなりそうになる前に、わたしがわたしの意思を強くすることにより、わたしがわたしであることを守るようにすればいいのではないか?

     だが、わたしがわたしをわたしとして意識しているうえでのわたしとは、ほんとうにわたしなのだろうか? わたしは自分を、小説なんぞを書いている、人気のないブロガーとして意識している。しかし、それをわたしとしてしまっていいのだろうか。ほかの人は、わたしは無理してブログなんかをやっている、そんなことをやめてしまえば、ほんとうの自分になれるのに、などと思っているのではないだろうか。そうした場合、意識してそうであろうと努めているわたしと、意識することをやめてぼんやりとしているわたし、どちらのわたしがわたしとしての真実の姿なのだろうか。

     わたしとは複合的な存在なのだ、という人もいるだろう。小説を書いているわたしも、カレーに生卵とソースをかけてぐちゃぐちゃにして食べているわたしも、部屋で掃除機をかけているわたしも、みんなわたしの一側面で、そういったものが合わさったものがわたしなのだと。

     では、そういったわたしの無数の側面が形成するわたしに、「わたし性」とでもいうものはないのだろうか。本人としては、小説を書くわたしやカレーを食べるわたしや掃除機をかけるわたしはわたしとして認めるが、夜な夜な徘徊して殺人の獲物をさがすわたしもわたしなのだ、といわれたら、反発心を覚えるところだ。わたしにとってわたしであるべきと認識したいものにはある程度の幅があるし、そこから外れたものは断じてわたしとは認めるつもりはない。

     視点の問題なのだろうか。わたしに無数の属性があるのと同様、わたしを見る無数の視点には、それぞれわたしが違って見えるのだろうか。わたしとは、そうした無数の視点の受けた印象の持つ集積体なのだろうか。

     それもまた違うのではないか。わたしを見る視点にはいろいろなものが考えられるが、歪んでいたり、妙な角度から見ていたりして、映るわたしの姿も千差万別……というか、無限であろう。無限の様相を持っていたら、そこにわたしがわたしである特異性はない。ほかの誰でも、無限の様態を持つことで、わたしと等価になってしまう。

     わたしがわたしであるということは、いったいどういうことなんだ?

     わたしはババルー帝国にさらわれて、解放されるまでの記憶を持っている。その記憶の連続性が、わたしがわたしであることの保証になっている……なっていない。ババルー帝国ほどの科学力を持っていれば、人間に偽の記憶を植え付けるなど朝飯前だろう。もしかしたら、あの「わたし破壊光線」を受ける前には、あたしは存在すらもしていなかったのではないか。ここにあてがわれている住所や氏名も偽物で、ブログの記事もそれらしく作られたものではないのか。

     もっと原点に近いところに帰る必要がありそうだ。いまここでものを書いているわたしは、本物のわたしであり、そこでわたしがわたしでいる生を生きている。デカルトのいう「われ思う、ゆえに我あり」だ。

     とはいえ、それを無批判に受け入れていいのか。わたしが求めているのは、意思する存在としてわたしが存在していることではない。わたしがわたしであることの証明だ。わたしがわたしとして存在していることの証明だ。意思している存在がわたしであることはわかるが、それがわたしが知っているわたしであることはどうやって証明すればいいのか。なにものだかわからないが、意思している存在があり、その存在がなんらかの理由で、縁もゆかりもない日本人であるわたしと思い込んでいるだけかもしれないではないか。その場合、その存在としての本質と、わたしのわたしとしての本質とは、明らかに違うものであるし、もしそうだとしたらわたしの存在はどうなってしまうのか。

     魂というものがある、と、誰かはいうかもしれない。しかし、それは、魂がわたしの魂だったときの話だ。もしその魂が、自分をわたしだと思っている誰かの魂だったら、さきほどの話がまた蘇ってくる。わたしはわたしではないことになってしまう。

     ……そうか。

     わたしは慄然としてくるのを覚えた。「わたし破壊光線」とは、アリストテレスがカテゴリー論の第一に挙げた、「実体」、つまり「なにのなにがしはなにのなにがしである」「わたしはわたしである」という確信に満ちた認識、それを破壊してしまう光線だったのだ。

     わたしは永遠に、わたしをわたしである、と肯定してくれる誰かがいないままに生きて行かなくてはならないのだ。わたしは自分がそんな欠落感を抱く原因を、「わたし破壊光線」のせいだと認識できるからまだ救われているのかもしれない。だが、ババルー帝国が、「わたし破壊光線」を量産化し、いっせいにテロを行い、そしてもうひとつの顔でそんな「わたしがわたしであるという認識を破壊されてしまった人間たち向けの新興宗教」を立ち上げたら……。

     こんな思いをするのはわたしひとりでたくさんだ。

     わたしはババルー帝国と戦う覚悟を決めた。わたしは正義のためでもなく、平和のためでもなく、わたしがわたしであることを取り戻すために戦うのだ。
    関連記事
    スポンサーサイト






     関連もくじ一覧 ▼ 
    総もくじ 3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ 3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ 3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ 3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 風渡涼一退魔行
    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    もくじ  3kaku_s_L.png TRPG奮戦記
    もくじ  3kaku_s_L.png 焼肉屋ジョニィ
    もくじ  3kaku_s_L.png ご意見など
    もくじ  3kaku_s_L.png おすすめ小説
    もくじ  3kaku_s_L.png X氏の日常
    もくじ  3kaku_s_L.png 読書日記
    【マウスになった男たち】へ  【血のしたたるような】へ

    ~ Comment ~

    Re: LandMさん

    そもそも人間の貧弱な理性に、『定義』だなどという大それたことができるのだろうか、という疑問を抱きます。特にダウナーな日は。

    なにしろ、われわれは「存在する」という簡単なことすら定義ができないのでありますから。

    NoTitle

    破壊の根本を教えられるものであるには変わらないですね。
    動的ものの破壊というのは結構定義が難しいものです。生命体というのは。

    Re: 大海彩洋さん

    「ババルー帝国」は、わたしの「戦闘員の夜」 http://crfragment.blog81.fc2.com/?no=1717 に出てきた、世界征服を企む悪の組織です。構成員や作戦は、なにを考えているのかよくわからないものばかりですが、目的のためには手段を選ばぬ、冷酷非情な、純粋たる「悪」です。

    なんか使ってみたら気に入ったので、またどこかで出そうと思います。(^_^)

    Re: ミズマ。さん

    どうやら「わたし破壊光線」の力は伝染するらしい。おのれババルー帝国!(笑)

    Re: えぐさん

    約束ですからね。

    でも、去るものは日々になんとやらといいます。

    そんなことにならないように、身体をこわさないかぎりで、適度にいらしてくださいね!

    Re: ダメ子さん

    そういうあなたはどうしてわたしなんですか?(錯乱状態(笑))

    Re: キングハナアルキさん

    うるし原先生の作品には昔ずいぶん……いえなんでもありません(^_^;)

    Re: ROUGEさん

    哲学というのは、解答を見つけるよりも、問題を見つけることに意味がある、みたいな学問ですから、頭を使って、たわいないように思えることから、誰も気がつかなかった問題を引き出せれば、それだけでも収穫であります。

    なんか、今の日本が行き詰まっているのは、子供のころから、解答ばかりを見つけることを強いられ、問題を見つけることがなおざりにされているからじゃないかと思います。解答が出ない問題を考えることで、さらに気がつかなかった問題に気がつくことができますが、解答したら、それっきりです。

    だからもっと人文科学を……と思うんですが、どうも大学でもお荷物扱いなんですよねえ。とほほ。(>_<)

    Re: カテンベさん

    相手はババルー帝国ですから、わけわからん作戦を取ってくるんですな。困ったもんです。(^_^;)

    でも、宗教面から日本に支配の手を伸ばせば、自分から怪人になる狂信者というか殉教者はいくらでも出てきそうだから、副次的な作戦としてはありかも。

    うんうん

    わたしとは、わたしとは、わたしってなんなのだ……・と惑っていること自体がすでに破壊が成功しているということなのかなぁ。
    言葉で人を破壊できる。その迷路の中に閉じ込められたことで、「わたしの破壊」は成功した…と。
    それにしても、ばばるー帝国、何が目的??
    あ、ところで、時々、新着記事からクリックできないのですが、うちのPCの方の問題でしょうか。

    わたし「の」破壊光線だと空目してしまって、いつスペシウム光線が出てくるのかなー、と思ってしまってました(^-^;
    でも仮面ライダー系だったので特撮というくくりではそう遠くなかった、ような、遠いような。
    少なくともこの「わたし」はダブルタイフーン命のベルトで変身はしませんね。してもいいんですけど。←

    なんだか、「わたし」がゲシュタルト崩壊しそうです。

    NoTitle

    短い間でしたが
    いろいろ教えてくださってありがとうございました!
    でも、時々覗きに来ますから(#^.^#)
    その時にはコメントに顔出します!
    ウルフ焼きを実現して感想を聞いてもらう約束は果たさないと!
    これからもドキドキハラハラ、笑いアリ涙アリ、ラブラブありの小説
    たくさん書いてくださいね!
    陰ながら応援しています!

    NoTitle

    私なんてもののはやっぱり本当は妄想なのかな?
    その妄想を作る能力を打ち砕くのが
    わたし破壊光線なんじゃ?

    …私もどうやら光線を少し受けてしまったようだ
    私にかまわず早く行くんだ!
    ババルー帝国を倒せるのはお前しかいないんだ!バタッ

    NoTitle

    「わたし」がだんだん「たわし」に見えてきて「たわし」と言ったらやっぱり「うるし原智志」が思い浮かんでえっちな画像しか脳裏に浮かばなくなったでありますのです(笑)
    そんな私って・・・ああっ、( ▽|||)

    NoTitle

    私が私で在る為に・・・って
    破壊光線浴びなくても大変な事だもんね。

    私自身も色んな人の中に無数に存在してるしね(^^;

    こんにちは

    わたしのことをわたしだとわかる親兄弟、友人知人や同僚といった人たちが、わたしのことを知らない、わからない。となってしまう光線かと思て読み進んだけどハズレてもうた(>_<)

    Re: 矢端想さん

    まあこの主人公は、妙な理屈の迷路に迷い込んで自分を見失ったわけですが、本質的に「自分が自分であることの実感が感じられない」「昨日の自分と今の自分が同一であると思えない」、解離性同一性障害、とかいう病気のかたはけっこういるらしいであります。

    しかしこれを書いて思いましたが、「当たり前のことを誰でもわかるように説明する」というのは極端なまでに困難を伴うものであります(^_^;)

    NoTitle

    わはは。「わたし破壊光線」自体が嘘っぱちだったんじゃないの。
    「『わたし破壊光線』だぞ~」と言われただけで本当に「わたし」を見失ってしまったという「偽薬効果」みたいなもの。この理屈っぽい彼は格好の被検体だったわけで、ババルー帝国の実験は成功してしまった。

    ・・・ババルー帝国との本当の戦いはこれからだ!
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【マウスになった男たち】へ
    • 【血のしたたるような】へ