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    船内酸素レベルが一段階低下しました

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    「船内酸素レベルが一段階低下しました」

     人工音声が無味乾燥かつ人をいらいらさせる調子で告げた。ぼくもまた、いらいらしていた。

    「とにかく、ぼくたちがぎりぎりの状況にいることはわかるよな」

     ぼくの言葉に、目の前の娘はうなずいた。その眼が、ちらりと、部屋に一着しかない船外活動服を見る。ぼくもちらちら見ていたのだ。

    「ぼくもきみも、スペースマンとしての訓練を受けている。船外活動服を着てこの待避所から出て、破孔をくぐって外からエンジンルームに回り、この待避所からの情報をもとに修理キットで応急修理すれば、まず八割、ぼくたちが乗っているこの宇宙線は正常なコントロールを取り戻し、酸素循環プラントが再起動して、時間はかかるが植民星に帰ることができるだろう。ふたりともにだ」

    「わかってるわ」

    「じゃあ、これはどういうことなんだ?」

     ぼくと娘は、視線をちょっと下に向けた。互いの手に握られたレーザー銃が、お互いの心臓を狙っていた。

    「わかるでしょ? わかってていってるんでしょ?」

    「むろんだとも。『あれ』さえなければ、ぼくたちはもうちょっと理性的になれるんだがな」

    「今でも十分理性的だと思うわ」

     『あれ』とは、この宇宙塵がぶつかって大破した船に、一基だけ備え付けられていた脱出艇だった。あいにくと、それがひとり乗り用だったことが、話をややこしいものにしているのだった。

    「船外活動服を着て、エンジンルームに向かう代わりに、あの脱出艇に向かえば、八割どころじゃなく、ほぼ百パーセント、生き延びられるわね。わたしたちはどちらもそれを知っている。だからこうして、互いに銃を向け合っているんでしょう?」

     その通りだった。

    「隙あらば、なんて考えてはいないぜ。一人助かるより、二人助かったほうが、どう考えてもいいもんな」

    「あたしもよ」

     ぼくの銃も娘の銃も、微動だにしなかった。

    「ビュリダンのロバって、知ってる?」

    「知らないし、知りたくもない。ところでどうする? 銃を下ろして決断しないと、酸素が尽きて両方ともアウトだぜ」

    「いっせいのせ、で下ろすというのは?」

     ぼくは考え……十秒後、娘の乾いた笑い声を聞いた。

    「やっぱりね。そんなことだろうと思っていたわ」

    「きみこそどうなんだ」

    「あなたと同じよ」

     互いの銃口は微動だにしない。

     しばらく、無言の時が続いた。

    「ぼくを信じてくれ、といったら、どうする?」

    「まず疑うわね。あなたも、あたしを信じて、といわれたら?」

    「無条件で他人を信じるなんてバカのやることだ、と答えるね」

     ぼくは娘の顔を見た。こんなとき、ふたりの間にロマンスが芽生えたら、話も楽になるのだろうが、あいにくと目の前にいる娘は、ぼくの好みから百万光年へだたったような顔をしていた。向こうの表情からするに、ぼくも娘にとって、いささかの魅力もないらしい。

    「信じることが無条件の善だった時代は、とっくに終わっているさ。それはきみにもわかるだろう?」

     娘は笑った。

    「信じることが無条件の善だった時代なんて、ないわよ。信じることも疑うことも、善悪とは全く関係ないわ」

    「シニカルだな」

    「現実をいっているのよ。事実は単純。信じることのほうが、疑うことよりも、何万倍も難しい、ってことね。世の中の大半、九割くらいは疑うべきものだから、疑い続けていれば、それなりに大過ない人生を送れるけれど、『ほんとうに信じるべきものを信じる』ことは困難の極みよ。だからなにかを信じるたびに人間は失敗ばかりして、世間知として、『信じることはバカなこと』という観念が出てきたわけ」

    「そこまで悟っているのなら、銃を下ろすべきだと思うな」

    「悟っているから下ろせないのよ。九割の確率で、あなたがあたしを撃つと思っているのに、どうして下ろさなくちゃならないのよ」

     レーザー銃を握るぼくの手はぬるぬるしてきた。それはたぶん相手も同じだろう。

     相手が銃を下ろしたらどうするか? ぼくは銃を下ろす。もちろんだ。ほかに理性的な選択肢はないじゃないか。たぶん。きっと。絶対に……と思うのだが……。

     人工音声がまた、無味乾燥に告げた。

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    ~ Comment ~

    Re: 黄輪さん

    アイスクリームプラス「囚人のジレンマ」というところですか。

    福本伸行先生が描くと、絶対に正直者がバカをみる話になりそうですな。

    まあふたり仲良く宇宙の藻屑、というところかなあ?(^_^;)

    Re: 山西 サキさん

    「人を信じる」っていうのはそういうことだと思うんですよね。

    受動的というより、能動的な行為ではないのかと。

    それだけに失敗も多いのですが……。

    Re: LandMさん

    ブログに予約投稿で遺言を残すことはわたしも考えましたが、よく考えたら「レスを読むことができない」ことに気づいてやめました(^_^;)

    それにFC2の事故でいきなり表に出てきてしまったら……やっぱり遺言もなしにそのまま黙って消えるのがネット物書きというものではないかと思います。

    まあわたしはその前に新聞の社会面に死亡記事が載るような人間になるつもりですけどね(^_^)

    Re: カテンベさん

    さっさと撃ったら小説が終わってしまう(^_^;)

    ここの待避所に駆け込んで、状況を判断したとたん、互いに同時に銃を抜いたんでしょうね。そして膠着状態に。

    最悪のパターンですね(^_^;)

    NoTitle

    アイスクリームの分割問題ですね。
    躊躇すればするほど、交渉すればするほど、両者の利益が無くなっていくジレンマ。
    せめてこの二人がその事実を認識していれば、……結局は同じことか。
    あーだこーだ言い合ってる間に酸素が尽きますね。

    NoTitle

    うむむ、考えさせられます。
    そして、とてもとても面白かったです。

    サキだったら……銃を下ろしてみます。

    NoTitle

    ・・・私はどうも死に方を考えるの方なので。
    人の臨場を沢山見ている関係もあるからかもしれないですが。

    現時点で、私がなくなったら・・・ネットでは予約投稿で遺言は残していますし、臓器移植するように家族には伝えていますし。ま、遺言が出ないように毎日、連載しているわけですが。

    こういうことをやっているときに、私は静かに人生を回想しているんだろうな・・・ということを考えます。
    どのみち、生きたほうが地獄を見るかもしれないですね。

    ひとり生き残っても後悔の念にさいなまれたりすることになるかもしれないし、非難轟々、てなことになるかもしれへんから生きてくのもしんどそうやけど。
    より確実に生き延びたいなら、せめぎ合いになる前にとっとと撃ってしまうべきでしたよね

    Re: 火消茶腕さん

    レーザー銃ですから、この距離なら、やっかいなことに「撃ったら当たる」んですよねえ。しかもふたりとも口じゃああいってるけど殺す気まんまんだし。

    どっちかが相手に「殺されてもいい」と思わないかぎり、両方とも死にますな。アリストテレスがいうように、「善いこととはどういうことかを学ぶ」というのは、「懐疑主義哲学」などを学ぶよりずっと困難なことで、哲学を徹底的に学ばなければ議論することすらできないものなのであります。

    NoTitle

    読ませていただきました。

    大変面白かったです。

    野暮を承知で言わせてもらうと、酸素不足でどっちかがレーザー銃を構えるられなくなったら、状況は動くと思うんです。それまで耐えるしかないかと。

    その後撃つなり、船外活動服を装着しに行くなり、することになりますが、

    両方死ぬ方に1ペリカ。
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