「ショートショート」
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    平凡で善良な男の半生

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     その男は平凡な町の平凡な家庭に生まれた。

     平凡な親は男を平凡なやりかたで育てた。いいことをすれば褒め、悪いことをすれば叱り、ときには軽い体罰もくわえた。尻を叩くとかだ。男はすでに忘れていたが、記憶の深層にはしっかりと刻みつけられたらしい。

     男が生来、純真を通り越して「ひ弱」な精神力しか持っていなかったことは特筆されるべきである。

     男の頭には、「親の意見と自分の意見が対立した場合、親が絶対に正しく、自分は完全に間違っている」という思考回路が作られてしまったのである。

     例えば、家族でドライブにでも行く、そんなとき、「忘れ物はない?」と、軽い気持ちで親が念押しをしたとしよう。すると男は、「自分では忘れ物はないと思っている。しかし親はああいっている。親は正しいのだから、忘れ物はあるのだ。なければならないのだ」と考え、必死になって忘れ物を探すことになるのだ。持ち物がパーフェクトであることはそうはない。結果として、男は忘れ物を見つけ出し、それにより信念は強化される。必要でないものまで、「忘れ物」として捏造する。反対に、「忘れ物」についての注意をされなかったときには、「親が忘れ物はないと思っているのだから、忘れ物はない」と判断し、結果としてある程度の確率で、忘れ物をすることになる。男が「忘れ物をしやすい人間だ」ということは、周囲の認識の中で強化されていく。

     万事が万事このような調子だから、男は「親のいうことをなんでもきくいい子」として少年時代を過ごした。どこかで深刻な欠落があるなどとは、誰も思わない優等生である。

     男は、親の望む大学に進学し、望み通りに法学部に進み、望み通りに公務員となった。親からは、「上司のいうことをきちんと聞け」といわれていたので、与えられた仕事を文句ひとついわずにこなす、理想的な公務員だった。

     やがて、男の勤める部署で、大規模な不正流用事件が発生した。犯人は不明。課にいるものは誰でも容疑者になれた。

     男は家に帰り、老いた親にその話をした。

    「まさかお前、やったんじゃないだろうね?」

     親としては冗談のつもりだったろうが、男にとっては……親は自分がやったのではといった。親がそういう以上、自分はやったのだ。やっていないはずはないのだ。

     男はうつむいて、「ぼくがやった」とつぶやいた。

     親は驚き、さらにいってはいけない言葉を続けた。

    「ついていくから、すぐに警察に自首するんだ!」

     男はその足で警察署に自首した。いわれたことにそのまま従うだけの人生しか送っていなかった以上、男は刑事の取り調べ、というより誘導尋問に、てきぱきと答えた。

     県警も検察局も、こんな事件、早めに切り上げたかったらしい。次に処理しなければならない事件が山積みされているのだから。

     裁判では、最近うるさくなってきているが、自供は最大の証拠であり、受理されればほぼ確実に有罪である。弁護士にできるのは、情状酌量を訴えることくらいだ。

     男には三年の懲役刑が課せられた。男にとっては天国だった。ただ、命令だけを聞いていればいいのだから。

     男が刑期を務めている間、膨大な賠償金を払わなければならなかった親は、心労のあまり他界していた。

     模範囚として早期仮釈放が認められて出所した男は、「絶対的に正しい存在」たる親がいなくなった今、自分がなにをしていいのかわからなかった。この不況時に、前科者を雇おうなどという人間はいなかった。

     今、男はインターネットカフェにこもり、「絶対的に正しい存在」を探している。カルト、闇求人サイト、絶対的に正しい存在は、男が思うよりも、意外とたくさんあるようである……。

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    ~ Comment ~

    Re: limeさん

    「親」を「国家」や「民族」に置き換えると、もっと恐ろしい未来が見えます。

    われわれも用心しなければ……。

    NoTitle

    考えさせられますね~。
    自分の意志で何も決められない、穏やかで善良な人。
    子供をペットのように溺愛する親が増えてる昨今、これからはもっと増えていきそう・・・。

    Re: 火消茶腕さん

    その可能性については考えていませんでした。自己言及のパラドックスですね。親にそういわれ、思考が無限ループに陥り、精神病院の隔離病棟に担ぎ込まれる、というエンディングのほうがよかったなあ。なんで思いつかなかったんだろう(^_^;)

    最近どうもネタ詰まりで……ほとんどブログ巡回ができてません(汗) 水曜日はがんばって訪問返ししよう! そうしよう!(汗汗)

    NoTitle

    読ませていただきました。

    人間は自由に耐えられない、とか言った

    ドストエフスキーの悪霊の中のキリーロフを思い出しました。(うる覚え)

    「私達の育て方は間違っていた」と両親が言って、それを息子が聞いたらどうなるんだろう、なんて妄想しました。

    面白かったです。

    Re: ROUGEさん

    「なにも考えなくていい」というのは、人間の陥りがちな危険な罠であります。「イワンのばか」はやはり馬鹿なのではないかと思います。悪魔は目的のためには「手に胼胝を作る薬」を国中に売り歩くべきだったのではないでしょうか。

    Re: misaさん

    信仰もひとつ間違えればオウムみたいになってしまいますし、「自分に指示をしてくれる絶対的ななにか」を求めようとするのは危険ですね。

    自分にああしろこうしろと命令するのではなく、「どんなときでも自分を認め許してくれる絶対的ななにか」があると、信じている人間は非常に楽、というのも確かですから、一概に宗教イコール悪という気はまったくありませんが。問題はそのバランスですね。

    Re: カテンベさん

    褒めれば褒めたで実力以上のことにてを出して自滅……やっぱり人間、主体的に考える癖を若いうちにつけとかないとダメですな(^_^;)

    NoTitle

    怖いわね~
    そういう人が多くなってるから架空じゃないよね。
    自分で自分の事が決められない人多いもん。

    NoTitle

    むむむ。考えさせられます。
    世の中には、「絶対的に正しい」ものが思うよりもたくさんあるものだ、とは。
    そして、自分自身の思考や振る舞いが、「正しさ」を強化していっているとは。

    もしかしたら、自分が絶対に正しいと思っている信念さえも、彼にとっての親、というくらいのものでしかないのかもしれない。
    少し、いや、大いに、自分のものの見方を考え直す必要があるのかもしれません。

    そこまで期待にこたえる男なら
    お前ならできる、できる男や、と言われ続けていたら、スポーツでも芸術でも研究分野でもなんでも偉大な人物と言われるような男になれたかもしれへんのかも^ ^
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