「ショートショート」
ユーモア
斯界のスーパースター
誰もが認めることではあるが、今の相撲界における日本人スターの不在ぶりには頭を抱えるしかない有様だ。もちろん、おれたち部屋を預かる親方としても、この状況には悔しくてならない。
おれと同じく親方をやっている、かつて同期だったやつと飲んだときもその話になった。
「まったく、なんとかならんのかね。今は横綱だの大関だのになるのは、みんな外国のやつらばかりじゃないか。モンゴルだのヨーロッパだのエジプトだの……このままじゃ、日本は、単に相撲という名前の発祥地ということになっちまうぞ。オリンピックにおけるギリシャみたいに」
「結局は、優秀な人材にはハングリー精神が、ハングリー精神のある人材には……ま、これをいったら愚痴だな。才能ある人間が、序の口からみっちりと、周囲からの色眼鏡で見られながら、勝ち星だけを存在理由にひたすら戦うんだから、今の若いのが外国人力士に勝てるわけがない」
やつはそういって熱燗をひと口飲んだ。
「もし、おれの部屋にすごいやつが入ってきたら、大バクチになるが、稀勢の里以上のハングリー精神を持つやつにしてやるんだが」
おれは心配になった。
「おい、あまりにひどい暴力はやめておけよ。根性以前に、死ぬからな人間……」
「そんなもんじゃないさ。力士を強くするのは、基本的な稽古と、科学的見地に基づくトレーニングだ。本人がやる気にならなけりゃ、どうしようもない」
その場はそれで別れたが、いったいあいつがなにを考えているのかまではわからなかった。本人は、ID相撲を自認する理論的な脳味噌で大関まで登ったやつだが……。
しばらくして、やつの部屋に出稽古に出たとき、面白そうな若者を見つけた。
「おい、あれ」
「気づいたか。手を出すなよ。うちのホープになるかもしれんやつだからな」
やつは苦笑いしてそう答えた。
「まあ、そちらが先口ならば手出しはしないが、やるつもりなのか? 大バクチ」
「もちろん。あっといわせてやるから、見ていろよ」
やつは先程とは違う笑みを浮かべて、そう答えた。
おれは番付表を見て、絶句した。
東序の口の最後にあった名前は、「城奥地」だったからだ。これでは、普通に発音したら、「序の口」としか聞こえない。かつてさまざまなひどいしこ名があったが、これは中でもひどすぎる。あの弟子のプライドはズタズタだろう。
実際にそうだったらしい。場所で呼び出しが名を呼ぶたびに、誰もかれもから失笑されたら、普通はそうなる。
それからがすごかった。城奥地は自分のプライドを取り戻そうとするかのように猛烈な稽古にはげみ、元からの素質もあってあれよあれよという間に番付を上げ、気がついたときには序の口からの昇進記録を塗り替えて幕内に。
親方はそこで、しこ名を「城奥地」から「城雷電」に変えた。雷電は江戸時代に無双力士と呼ばれた、相撲取りの代名詞みたいな名前だったが、その名を拝借することに反対したり笑ったりするものは誰もいなかった。
そこから久しく待たれていた日本人横綱になるまでの大活躍は、もはや語るまでもないだろう。いまや城雷電は、この世界におけるスーパースターだ。日本に住んでテレビをつけ、あの横綱の顔を見ない日はない。
おれはうらやましかった。なにせうちの部屋の成績ときたら……。
さらにしばらくして。おれの部屋は、すさまじい才能を秘めた新弟子を迎えた。
おれはためらわず、「噴火継」というしこ名にした。ふんどしかつぎだ。第二の城雷電に育てるのだ。
噴火継はその名を返上しようと、すさまじいまでのトレーニングをした。連戦連勝、とまではいかなかったが、その身に備わったカリスマ性により、世界的なスーパースターとなった。
おれの思惑は当たった。だが、問題はひとつあった。
しこ名をもらったその日のうちに部屋を脱走した噴火継がスーパースターとなったのは、アメリカのプロレス界であったのだ。
いまや世界中のテレビをつけて、恐怖の悪役スモウレスラー、フジ・ボルケーノが映らない日は一日としてない。
おれは毎日のように理事会から、このことについて責められている。
どうしよう。
おれと同じく親方をやっている、かつて同期だったやつと飲んだときもその話になった。
「まったく、なんとかならんのかね。今は横綱だの大関だのになるのは、みんな外国のやつらばかりじゃないか。モンゴルだのヨーロッパだのエジプトだの……このままじゃ、日本は、単に相撲という名前の発祥地ということになっちまうぞ。オリンピックにおけるギリシャみたいに」
「結局は、優秀な人材にはハングリー精神が、ハングリー精神のある人材には……ま、これをいったら愚痴だな。才能ある人間が、序の口からみっちりと、周囲からの色眼鏡で見られながら、勝ち星だけを存在理由にひたすら戦うんだから、今の若いのが外国人力士に勝てるわけがない」
やつはそういって熱燗をひと口飲んだ。
「もし、おれの部屋にすごいやつが入ってきたら、大バクチになるが、稀勢の里以上のハングリー精神を持つやつにしてやるんだが」
おれは心配になった。
「おい、あまりにひどい暴力はやめておけよ。根性以前に、死ぬからな人間……」
「そんなもんじゃないさ。力士を強くするのは、基本的な稽古と、科学的見地に基づくトレーニングだ。本人がやる気にならなけりゃ、どうしようもない」
その場はそれで別れたが、いったいあいつがなにを考えているのかまではわからなかった。本人は、ID相撲を自認する理論的な脳味噌で大関まで登ったやつだが……。
しばらくして、やつの部屋に出稽古に出たとき、面白そうな若者を見つけた。
「おい、あれ」
「気づいたか。手を出すなよ。うちのホープになるかもしれんやつだからな」
やつは苦笑いしてそう答えた。
「まあ、そちらが先口ならば手出しはしないが、やるつもりなのか? 大バクチ」
「もちろん。あっといわせてやるから、見ていろよ」
やつは先程とは違う笑みを浮かべて、そう答えた。
おれは番付表を見て、絶句した。
東序の口の最後にあった名前は、「城奥地」だったからだ。これでは、普通に発音したら、「序の口」としか聞こえない。かつてさまざまなひどいしこ名があったが、これは中でもひどすぎる。あの弟子のプライドはズタズタだろう。
実際にそうだったらしい。場所で呼び出しが名を呼ぶたびに、誰もかれもから失笑されたら、普通はそうなる。
それからがすごかった。城奥地は自分のプライドを取り戻そうとするかのように猛烈な稽古にはげみ、元からの素質もあってあれよあれよという間に番付を上げ、気がついたときには序の口からの昇進記録を塗り替えて幕内に。
親方はそこで、しこ名を「城奥地」から「城雷電」に変えた。雷電は江戸時代に無双力士と呼ばれた、相撲取りの代名詞みたいな名前だったが、その名を拝借することに反対したり笑ったりするものは誰もいなかった。
そこから久しく待たれていた日本人横綱になるまでの大活躍は、もはや語るまでもないだろう。いまや城雷電は、この世界におけるスーパースターだ。日本に住んでテレビをつけ、あの横綱の顔を見ない日はない。
おれはうらやましかった。なにせうちの部屋の成績ときたら……。
さらにしばらくして。おれの部屋は、すさまじい才能を秘めた新弟子を迎えた。
おれはためらわず、「噴火継」というしこ名にした。ふんどしかつぎだ。第二の城雷電に育てるのだ。
噴火継はその名を返上しようと、すさまじいまでのトレーニングをした。連戦連勝、とまではいかなかったが、その身に備わったカリスマ性により、世界的なスーパースターとなった。
おれの思惑は当たった。だが、問題はひとつあった。
しこ名をもらったその日のうちに部屋を脱走した噴火継がスーパースターとなったのは、アメリカのプロレス界であったのだ。
いまや世界中のテレビをつけて、恐怖の悪役スモウレスラー、フジ・ボルケーノが映らない日は一日としてない。
おれは毎日のように理事会から、このことについて責められている。
どうしよう。
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Re: miss.keyさん
力士は食うのが仕事ですが、それにも階層がありまして、鍋をやるにしても、具を食べるのは部屋でも偉い力士からで、序の口あたりになると、汁だけでご飯を何杯も何杯もかき込まねばならんとか。
こんなことされたら精神的にハングリーになりますな、普通……。
こんなことされたら精神的にハングリーになりますな、普通……。
ハングリーが最高だ!!
という訳で、ハンガリー人をスカウトしてきた。ビシバシ鍛えて横綱をめざそう。って、また外国人じゃないですか。
それはさておき
飽食の時代、なかなかハングリー精神は育ちませんなぁ。増して力士は食うのが仕事。ハングリーとは無縁であります。こうなったらダイエットでハングリー精神を養おう。・・・・と、ダイエットに苦しむアホが申しております。ハイ、私です。
それはさておき
飽食の時代、なかなかハングリー精神は育ちませんなぁ。増して力士は食うのが仕事。ハングリーとは無縁であります。こうなったらダイエットでハングリー精神を養おう。・・・・と、ダイエットに苦しむアホが申しております。ハイ、私です。
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Re: カテンベさん
想像ですが、朝青龍ってモンゴル出身であの性格ですから、入門したてのころはずいぶんイジメられたんじゃないのかなあ。