「ショートショート」
    ユーモア

    旅に生きる男

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    『秋のパリ。わたしは単身、旅に出ていた。十一月のモンパルナスは憂愁に包まれているというやつがいるが、それは嘘だ。人の生き暮らすところ、どこにでも明日への希望がある。オレンジ色のその一刷を求めて、わたしは旅を続けているのかもしれない……』

     ぼくは原稿を読んで、封筒に戻した。

    「先生、お疲れ様でした。いつも通りの紀行エッセイ、たしかに受け取らせていただきました」

     毎年のようにひとりで海外へ長期間の取材旅行に出かけては、ベストセラーの紀行文学を書くこの先生の書斎は、和風の調度で統一されていた。あれだけ世界各地へ行っているにもかかわらず、くつろぐときにはこういう雰囲気のほうがいいらしい。

    「ゲラはいつかね? それと来年の取材旅行費の手配を頼みたい」

    「大至急やります。なにせ先生の作品ですから、うちの編集部はほかのなにを差し置いても速攻で仕上げますよ」

     ぼくは封筒を鞄に入れ、先生の背後の壁を見た。

    「良寛ですか?」

     かけられた額に、軽みのある達筆な文字でなにかが書かれていた。

     先生は首を振った。

    「……いや。昔知りあって意気投合した、旅の坊さんが書いてくれたんだ」

    「へえ」

     ぼくはよく見たが、なんと書いてあるのかわからない。

    「どういう文句なんですか? 禅の公案?」

    「いや」

     先生は首を振った。

    「『講釈師見てきたような嘘をつき』と書いてある」

    「えっ……」

     先生はにやりと笑った。

    「それで、来年の取材旅行は、いつものとおり単身、スロバキアを旅するつもりなんだが、頼むよ、取材旅行費」

    「は……はあ……」

     ぼくは額の文字と先生の顔との間に視線を往復させることしかできなかった。
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    Re: LandMさん

    まあ「紀行文」の価値の半分くらいは「実際にそこに行った」ことにあるようなものですし(^_^;)

    沢木耕太郎先生の「深夜特急」が、全部想像力で書きました、だったらやっぱりブーイングですよ(^_^;)

    NoTitle

    ま、実際に取材したのがどれだけ役に立つのか?
    ・・・というのもありますからね。雰囲気ですよね。
    雰囲気。
    多分、取材を生かして書いている人は超一流の人だけだと思います。

    ゲームとかアニメになるとまた違ってくるのですが。

    Re: 栗栖紗那さん

    まあ出版社にとって、儲かればなんでもいいわけですからねえ。

    ヘレン・マクロイの傑作ミステリ「幽霊の2/3」では、現代では誰もそんなことに目くじら立てないだろ、という程度の理由で殺人事件が発生してしまいます。時代だなあ(^_^;)

    Re: ダメ子さん

    ブログ主はただいま現実から逃避しているため(以下略)

    Re: 宵乃さん

    まあ想像力ひとつでここまで面白い本が書ければ、それはそれで天才ですな。(^_^;)

    熱帯になんか行ったこともないのに、植物図鑑だけで「少年王者」や「少年ケニヤ」という密林冒険絵物語を描いた山川惣治先生みたいな天才もいますしね(^_^;)

    NoTitle

    こんばんは。

    実際はどうあれ、誰も先生に文句は言えないかと。
    迷惑掛かっているとすれば、出版社でしょうけど、ベストセラーなら大きなことも言えないし。
    そして、読者が文句を言うのは筋違い? かな……

    NoTitle

    漫画家の作者取材のためお休みも
    本当は取材していないという噂が
    急病もry

    NoTitle

    思わぬところで一気にオチがついて気持ちいいです!
    真実がどうあれ、彼に人を楽しませる才能があるのは確かですね~。でも、バレたら詐欺罪か。
    他社に引き抜かれるよりはましと見てみぬ振りをするか、いつか読者に訴えられかねないと追及するか…。
    う~ん、悩むところです。

    Re: カテンベさん

    最近はインターネットとかストリートビューとかいうものがありますからねえ。

    脳内旅行ですな。「人は自分の見たいものを見る」

    取材に海外に出てるはずが国内にいて目撃されたりしたら具合悪いですよね
    行くには行ってるけど、遊び歩いてるだけなのかな?
    それでベストセラーを書けたら上等やんねぇ
    見てへんものを見たように言うように、思てもおらんことを書いてんのよ、てな感じなんやろか?
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