「ショートショート」
    ミステリ

    餓島

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     小さなニュース会社に記者として勤めるぼくと先輩は、その老人が住む小さな島を訪れた。

    「あの小屋だ」

     レンタルした車の窓越しに、先輩は顎をしゃくった。小屋から少し離れたところでは、子供たちがなにか小さな動物……猫だろうか? それといっしょになって遊んでいた。

     小屋の扉が開き、老人が顔を出した。うるさい、とかなんとか怒鳴ったのだろう、子供たちも、猫も、ばらばらになって逃げだした。

    「あの人が?」

    「そうだ。餓島と呼ばれたこの島で、ただひとり生き残った兵士だ。第二次大戦のガダルカナル島どころではない深刻な飢餓に、敵味方双方の兵士たちが苦しんだ島だ。なにしろ、どちらの側も、投入した火器が、オーバーキルもいいところだったから、島はほとんど黒焦げだ。あとマッチ一本落ちていたら、島は全面、ガラス状の黒曜石になっていたことだろう」

    「それで戦後四十年、世捨て人ですか」

    「気持ちはわからないではないな。さて、行くか」

     ぼくと先輩は車を出た。あの小屋を訪れるのは、仕事のインタビューだと割り切らなければ、謹んでお断りしたいところだった。



     老人は、水の一杯も、ぼくたちに出そうとはしなかった。かわりといってはなんだが、ぼくたちが持ってきた手土産も、受け取ろうとはしなかった。

    「わしには、あんたらになにかをくれてやる義理も、なにかを受け取る資格もない」

     老人はぎろりとぼくたちをにらんだ。

    「あんたら、飢えを知っとるか」

    「ぼくたちも二十年にわたって続いた戦後の混乱期の中、少年時代を」

     ぼくがいうと、老人は、けっ、といった。

    「まるでわかっちゃいない。飢えとは、人間の、それだけは譲ることのできない最後の一線を、いともたやすく越えてしまうもんなんだ。わしは、まざまざとそれを知ったんだ」

     ぼくはボイスレコーダーを回した。

    「お聞きします」

     先輩は礼儀正しくいった。



    「……気の毒な人だ」

     インタビューを収録した後、車に戻るまでの道で、先輩はそうつぶやいた。

    「あの人は、自分を罰してくれる存在を探しているんだ。どんな裁判所でも、あの人には無罪を告げるだろう。どんなひねくれた裁判官でも、あの人に刑を宣告するやつはいない。だが、あの人の心は、戦争によりずたずたになってしまった。あの人は、自分を自分で罰するそのためだけに生きているんだ」

    「そうひどいことなんでしょうか? もっと深刻な話を、いくらでもぼくは聞きましたが」

     先輩は首を振った。

    「ひどいかひどくないかは、受け手がどう思うかの問題だからな。飢えのあまり、人間を食ったとしても、あの人はあそこまで自分を責めたりはすまい」

     ぼくは、子供たちに、うるさい、と怒鳴り、自分から遠ざけた老人の気持ちを考えた。そうだ、老人にとっては、あの遊び戯れる声は、拷問そのものだったのだ。どうしても、聞きたくはなかったのだ。聞くと気がどうにかなってしまいそうだったのだ。

    「飢えは深刻なものだった。双方の火器は、ほとんどの動植物を灰にした。食べるものは、ほとんどなかった」

    「悲惨な話ですが、記事にはなりそうもありませんね」

     ぼくは車の扉を開けた。

    「それまでの生涯で、あれほど猫が大好きだった真の愛猫家が、飢えに狂って、ペットの子猫を食べてしまったなんて、よくある話……」
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    ~ Comment ~

    Re: かえるママ21さん

    野坂先生がなにを考えたとはいえ、「実行」はしなかったわけですから、まだ救われていると思います。

    こちらの語り手は、「実行」してしまい、それを罰してくれる相手がいないので、ある意味余計に孤独なのかもしれません。

    それだけもとは善良な人なのかも……。

    NoTitle

    ちょうど、今回のレイテ島の台風直撃の被害から、大岡昇平の「レイテ戦記」→「野火」を思い出してました。
    また、ポールさんの記事で「火垂るの墓」も思い出して考えてました。
    生き地獄がるとすればこういう事なのかもしれませんね。
    野坂昭如さんなら、この気持ちに近い思いで生きられたのかもしれませんよね。
    自分の生まれた娘が太っていく姿を見るに堪えられずに家出をした父親なのですから、どれほど自分を罰したことでしょう。

    Re: 宵乃さん

    人間が人間を食べるよりも悪いことがあるとしたら、それはなんだろう? と考えて書きました。

    陰鬱になっちまいましたね。わたしもこんな未来いやです。うむむ。

    NoTitle

    >ひどいかひどくないかは、受け手がどう思うかの問題だからな

    これはよく考えていることなので、うんうん頷きながら読ませていただきました。
    しかも猫…!
    わたしも猫大好きなので、この老人が自分を責め続ける気持ちがわかります。

    もしこの記者が記事を書いていたら、多くの人が再び罪悪感に襲われるんでしょうね…。こんな未来にはしたくないです。
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