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    「ショートショート」
    恋愛

    雲の顔の女

     ←回収特務隊 →月光
     ものの本によると、子供のころというものが、あれだけ楽しかったような気がするのは、つらいことのほとんどを忘れてしまっているからだそうだ。そういわれれば確かに、小学生だったときのことで、記憶に残っているのは、大半は雑然としたイメージの切れっぱしである。

     そんな中でも、ぼくの心に深く残っているイメージがあった。

     いつのことだろう、晴れた日に、ぼくは草っ原に寝転がって、空を見ていた。

     風にあおられ、雲がさまざまに形を変えながら流れていくのが見えた。

     その一瞬だ。

     雲のかたちが、人の横顔のようになった。

     その顔は、ぼくには女の子の顔のように見えた。なぜだか知らないが、ぼくは、その女の子のためなら、なんでもできそうな気がしてならなかった。

     そんな記憶だ。もちろん、すぐに、どんな顔だったかは、忘れてしまったが、もう一度見れば思い出すことも、なんとはなしにわかっていた。

     それから何年となく時間が流れた。ぼくは小説家などという不安定な職業につき、平凡な顔だがそばにいるだけで楽しくなるような、素敵な女性を妻に迎えた。

     毎日が幸せだ。

     しかし、ぼくの心に、いつの間にか、恐ろしい疑惑が持ち上がってきた。

     いつか、ぼくの前に、あの雲の顔をした女が現れて、ぼくのこの幸福を破壊してしまうのではないか?

     考え出すと、怖くてたまらなくなってきた。相談しようにも、妻はいま入院中だったし、ほかの女の話など、したらその心を傷つけるだけだろう。

     身を守ろうにも、実際に遭うまで、ぼくにはその女がその女であることがわからないし、わかった後では手遅れなのだ。

     ぼくは仕事にかこつけて、部屋のパソコンでひたすら原稿書きに徹した。おかげで長編をひとつ書き上げてしまったくらいだ。

     そうこうしているうちに、病院から連絡があった。ぼくは急いで上着を着ると、中古の軽自動車を飛ばして総合病院に向かった。

     ぼくは間に合わなかった。化粧をすれば悪役女子プロレスラーでも通る小山のような女性看護士が、ぼくを病室に案内した。

     病室の扉を開けたぼくは……自分が小学生のころに見た雲の顔の女が誰なのか、はっきりとわかった。

    「はーい、パパでちゅよー。ほら、あなたも、この子を抱いてあげて」

     ぼくは、この産婦人科病棟で生まれたばかりの、ぼくの娘を抱き取り、その顔を見た。

     間違いない。あのときに見たものが、フラッシュバックのようによみがえる。

    「あなた、嬉しいのはわかるけど、ちょっと泣きすぎよ」

     ぼくは娘を妻に返し、肩に手をかけ、いった。

    「いいかい。ぼくは、きみと、この娘のためなら、なんでもできる。なんでもする。それを忘れないでくれ」

     妻はぼくをきょとんとした目で見つめていた。

     だから、いまもこうして、妻と娘のためにいろいろとしているんだ。だから、いいじゃないか。原稿の締め切りを、あと三日延ばしてくれることくらい……。
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    ~ Comment ~

    Re: 矢端想さん

    「青春は若者に無駄遣いさせておくにはあまりにも惜しい」バーナード・ショー

    わたしの意見も彼に賛成であります(^_^)

    NoTitle

    最後にホッとしました。イイハナシダナァー。これは泣ける・・・(´;ω;`)ブワッ
    こういう「時空を越えて巡り合う」系には弱いです。

    僕は子供の頃より大人になってからのほうが人生楽しいなあ。

    Re: LandMさん

    わたしもいません。

    持ったところで子供が確実に不幸になるタイプの親になると思います。

    ……その前に相手探しか(^_^;)

    Re: 安田 勁さん

    家族愛にあふれた映画……プリキュアですね(違)

    冗談はおいといて、楽しんでいただいてありがとうございます。涙腺が刺激されましたか。嬉しいです!(^_^)

    Re: kyoroさん

    徹夜の二人交代制ミルクあげ、というものに一日直面しただけで倒れる自信があります。(笑)

    お子さんを育てているというただそれだけでも尊敬してしまいます。マンガのネタには困らないでしょうけど(^_^)

    Re: けいさん

    シニカルシニカルいいながら、

    実は「それからみんな幸せに暮らしました」というハッピーエンドも好きなんですわたし(^_^)

    だから作中の「ぼく」も幸せに暮らしているのであります。

    こういう話がたくさん書けるといいんですがねえ……(^_^;)

    Re: 山西 サキさん

    あそこらへんはちょっとインチキしてます。(^_^;)

    妻が入院しているところを「産婦人科」と最初の段階で明確に書くとオチがバレてしまうので。

    一種の叙述トリック?(^_^;)

    Re: マウントエレファントさん

    二十年間蓄積したものをこの五年で蕩尽してしまった気がする(^_^;)

    これを社会学では「過剰と蕩尽」理論といって……(ウソ)

    Re: かえるママ21さん

    実話なのね……ってわたし独身なんですが(^_^;)

    この作中の語り手にとっては、わたしは実体験を語っていると思います。

    それともやっぱり締め切り前のいいわけなのかなあ(^_^;)

    Re: ダメ子さん

    鬱です(^_^;)

    Re: 火消茶腕さん

    口からでまかせか彼にとっての実話かは神のみぞ知る(笑)

    しかし締め切り三日延ばせというのは、編集部死にますよほんと(^_^;)

    Re: 宵乃さん

    百日間、毎日ギャグショートショートを生で書いてみたことあります。

    八十日くらいで精神状態がヤバくなって一度やめました(^_^;) 

    まあインターバルのあと、百話を達成しましたが、普通の人間にシェヘラザード様は無理です(^_^;) 

    百物語は、あれ、何人かで集まって分担して話す余興ですから、いちばん大事なのは「その場のノリ」ですね(笑)

    Re: カテンベさん

    双子だったらどうしよう、ですな(笑)

    Re: limeさん

    落ち込みつつある気分を変えようと思って(^_^;)

    NoTitle

    存外に幸せな展開でしたね。
    それはそれでいいのですが。
    子供か・・・それはそれで新たな幸せですね。
    私もいませんが。

    NoTitle

    今日、家族愛に関する映画を見てきたのですが、
    その時ゆるんだ涙腺を更に刺激されてしまいました。
    こういうショート、いいですねぇ。

    こんにちは

    子が産まれると、今までの幸福は確かに破壊されますよ
    よだれと涙にまみれてはいるものの別の幸福に変わりますからね~

    NoTitle

    いいよいいよ。三日でも四日でも延ばして。
    幸せなときに、この幸せが続いて欲しいという思いと、
    この幸せが壊れるときが来るのかと思う不安と、
    って、ありますよね。
    ぼく、はきっと大丈夫。ですよね。

    NoTitle

    あ、このお話はきっと素敵に決まっている。
    そんな印象でした。そしてその通りでした。
    「ぼくは間に合わなかった」
    にもめげませんでしたよ。
    最後にチャンチャンッとなりましたけど、
    とても嬉しかったです。
    ほら!コメントもたくさんです。

    感動しました

    ドラマチックな終わり方で、胸打つものがありました。
    しかしよく毎日、アイデアが思い浮かびますね。才能と蓄積されてきた知識が豊富でなければ、できる芸当じゃありません。素晴らしい!

    NoTitle

    素敵なお話でした。
    ホッとしました。

    かえるままもね、実は「未来の自分からのメッセージ」というものを経験した事があるので、なんとなくこれは実話なのでしょう....と思うのです。
    子どもの頃に見た雲の女性は、未来の妻の神々しい姿だった....と言うのは、素晴らしいお話ですね!

    NoTitle

    どろどろした展開を想像してしまった私は…

    NoTitle

    読ませていただきました。

    これ、締め切りを催促している編集者への言い訳に”ぼく”が苦し紛れに考えたんですよね。
    いや、でないと、もし2番目の子供が生まれたら、明らかに差別してしまいそうで。
    まてよ。2番目の時も別の雲の顔を見たことを思い出せばいいのか。

    面白かったです。

    NoTitle

    心温まるお話で、ちょっとうるっときました!
    ポールさんは色んな引き出しをもってらっしゃるんですね。毎日のように物語を生み出せるなんて、百物語も余裕かも!?

    娘さんでよかったよかった^ ^
    生まれたのが娘やなくて息子で、その息子にその面影を見出してしもてたら、また、ややこしいことになってたかも。

    NoTitle

    ああ、なんだかすごくほっとするお話で、よかったです。
    ぽーるさんのことだから、また怖い展開に?なんて思ってごめんなさい。
    いいお話でした^^
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