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    「ショートショート」
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    月光

     ←雲の顔の女 →私家版オールタイム・裏ベスト(映画)
     彼女とうまく行ってない。

     人間にとって、男と女というものが永遠のテーマのひとつである以上、当然、うまく行かなくなる場合とその対処法というやつも、歴史上いくらでもあるわけだが、「なんとなくぎくしゃくする」というあまりにも漠然とした状況に対処する方法は、漠然としているぶん大量にありすぎて、どれを使って対処したらいいかもわからない、というのが現実だ。

     その日は、公園のベンチで、冬の星空を見ようという計画だった。だが、ぼくはうかつにも、月齢を調べておかなかった。満月ならまだしも、星を見るには明るすぎ、月を愛でるには不恰好すぎる、という状況では、ふたりして寒い中不満足きわまるデートということになってしまう。

     うまく行っていないことは事実だが、かといって、どちらからも別れる気はまったくない、と確信している以上、今夜くらいはロマンチックな時を過ごしたいと思うのは人情だ。ぼくは、双眼鏡以外になにか話のタネになるアイテムはないか、と押入れをひっかきまわしていた。

     袋に入ったなにかが、こつんとぼくの指に当たった。なにかと思って袋から出したら、時計かなにかから取り外されたらしいオルゴールだった。ぼくはネジを巻いてみた。ゼンマイはまだ生きていた。調子はずれな、どこかで聴いた曲の一節が聴こえてきた。

    「おやまあ、懐かしい」

     最近めっきりと足が弱くなった祖母が、となりの部屋からよろよろと入ってきた。

    「あたしがおじいさんから最初にもらったプレゼントだよ。あのころのおじいさんは、時計職人の修行をしていたころで」

     ぼくの頭が電光のスピードで回転した。

    「よかったら、借りて行ってかまわないかな。彼女とこのところ、ぎくしゃくしてるんだ」

    「そんなものでよければ、かまわないよ。でもなにぶん昔のものだから、壊れているかもしれないねえ」

    「壊れていたら音は出ないよ、おばあちゃん。で、この曲、なんだっけ」

    「『月光』だよ」

    「ああ、モーツァルトの」

    「ばかだねお前は、シューベルトだよ」

     ぼくの家は芸術に暗い。とにかく、祖父母の思い出が詰まったオルゴールだ。話の種にはなるだろう。

     ぼくはなんとなく、今日のデートがうまく行くんじゃないかと思い始めてきた。



     考えは早計だったようだ。空は真っ黒な雲に覆われていた。星なんかほんとに見えやしない。月の光が、ぼんやりと雲間を通して輝いているだけだ。

     彼女はぼくの持ってきた双眼鏡に蓋をすると、ぼくに返した。

    「PM2.5以外なにも見えないわ」

    「そんな。ここは北京じゃないよ」

    「そうだとしても、事態は一緒よ。あーあ、どうしてわたしはこんな夜に出てきちゃったんだろう。寒いし」

     このままではせっかくのデートがおひらきになってしまう。ぼくは秘密兵器を思い出し、ポケットを探った。

    「これなんだけど、なんだかわかる?」

     彼女はなにかつまらないものでも見るかのような視線をそれに向けた。

    「オルゴールじゃないの?」

    「ちょっと違うんだな。これは、うちのおじいさんが、若いころのおばあちゃんに初めてプレゼントしたオルゴールなんだ」

    「なにが流れるの?」

    「月光」

     ぼくは答えた。

    「もちろんシューベルトのだぜ」

    「月光はベートーベンよ」

     あちゃー。ぼくは頭をベンチの角に打ち付けて若き命を散らそうかと本気で考えた。まったく、うちの家は、昔から芸術に暗いのだ。

    「それに、わたし、月光なら爆風スランプのほうが好きなの。ベートーベンも悪くはないけど」

     ロマンチックからはどんどん遠くへ行ってしまっている気がする。やばい。これはやばい。

    「まあ、とりあえず、聴いてみるだけ聴いてみてよ。年代ものにしては、けっこういい音が出るんだ」

     ぼくはオルゴールのネジをぎりぎりと巻いた。

     留め金を外して、オルゴールが鳴り出すのを待った。

    「あら?」

     彼女がいぶかしげにオルゴールを見た。その目が、驚愕で丸くなった。

     ぼくの目も丸くなっていた。

     オルゴールは、その小さなからくりからは想像もつかぬ多重和音で、音楽を奏で始めたのだ。

     それはまぎれもなく、ベートーベンのピアノソナタ第14番、「月光」で間違いなかったが、オルゴールはその曲を、「最初」から奏で始めたのだ!

     オルゴールの音は、どんなピアノよりも雄弁に、ベートーベンの幻想世界を奏でていた。空から柔らかく漏れてくる月の光が、聞き惚れるぼくらを包んでいた。いつの間にかぼくらは身を寄せ合っていた。

     寒さなんて感じなかった。

     第三楽章の最後のオクターブが終わり、ぼくたちは詰めていた息をふーっと吐き出し、それが白くなるのを見て、互いに笑った。

     ぼくはもう一度、オルゴールのネジを巻いてみた。

     調子はずれの、「月光」の一節が流れた。

     夜の公園で、ぼくと彼女は顔を見合わせた。



     それからどうなったかって? 奇跡を目にした人間に、それを信じる以外のなにができるっていうんだ?

     祖父母の思いが詰まったオルゴールは、箱に入れて大事に保管してある。

     そして彼女は、ぼくの腕の中にいる……。
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    ~ Comment ~

    Re: limeさん

    これを「ホラー」と取るか、「ファンタジー」と取るかで読後感はかなり違ってきますね。

    わたしとしては、オルゴールががんばってサービスしてくれたもので、そのいじらしさに「奇跡」であり「ファンタジー」だと思ってしまうのですが。前にパンがしゃべる話を書きましたけど、それも見かたによってはホラーだなあ。

    NoTitle

    オルゴールの音色が聞こえてくるような、素敵なシーンでした。
    オルゴールって、ほんの短い小節しかないのが悔しいですよね。
    サビに行かずに、延々と繰り返されるメロディ。
    何十回も聞いていて、たった一回だけ、サビが流れてきたりしたら・・・けっこうホラーですよね。(って、なんとなく思ってしまった)

    最後の1行に、ポールさんのチャレンジ精神(?)を確かに感じました。
    (いいお話のラストは、こういう感じで終わることが多いですよね。^^)

    Re: 山西 サキさん

    ネタは、行きつけのスーパーでたまに全品50円セールをやっているので、そのとき大量に買い込んでちびちび使っています。

    ……ウソです(^_^;)

    Re: 矢端想さん

    最後の一行は、自分のもつ「照れ」というものを破壊するために入れました。

    まだ残っているんだよなあ、羞恥心……(^_^;)

    NoTitle

    ロマンチックな素敵なお話し、楽しませていただきました。
    ありがとうございました。

    どうやってネタを仕入れるんだろう?

    NoTitle

    またまたイイハナシダナァー。
    あれっ?僕が持ってるCDはブラームスだぞ?・・・と思ったら、タイトルは「月の光」でした。

    最後の一行・・・きゃーはずかしいー!

    Re: ダメ子さん

    調べてみたら「月光」って名前の曲やたらとありますな。

    岩崎宏美の「月光」ってどんな曲なんだろ。ようつべで聴いてみるかな。

    NoTitle

    私には月光というと鬼束ちひろなのだけど
    この状況では確実にふさわしくない…
    読んでる私にはふさわしいかもしれないですが

    Re: ROUGEさん

    ちっとも書けないまま頭の中が煮詰まって、ひょいと覗いたブログにオルゴールの写真がありまして、後は一気呵成でした。

    疲れているのかもしれませんわたし(^_^;)

    NoTitle

    素敵なお話ねぇ~
    お祖母さまの思い出のオルゴールだから
    余計にロマンチックなのかもね。

    Re: カテンベさん

    たまにはこういうロマンチックな話を書いてもいいですよね(^_^)

    でもカテンベさん、ブラックでシニカルなホラーのほうが良かったんだっけ?(^_^)

    Re: LandMさん

    ホラーというよりはファンタジーですな。(^_^)

    別におじいさんもおばあさんもオルゴールを作った職人も、ふたりに害意や悪意を抱いているわけではないので。

    たまにこういうのが書きたくなるのですが、ネタが……(^_^;)

    芸術に暗い、と繰り返されるから、
    製作時の失敗で途中で違う曲に、とかなるかと思たけど。
    そんな不思議体験になるとはねー
    ええ話やわぁ(o^^o)

    NoTitle

    ロマンチックな話ですね。
    オルゴールの力が彼女と彼を結ばせた・・・という感じですね。

    ・・・視点を変えたら、
    ホラーになってしまうような気もしますが。
    それは無粋な話ですね失礼いたしました。
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