「ショートショート」
ユーモア
ぽりてぃかる・ふぃくしぉん
その庵を訪れたのは護衛に囲まれたスーツ姿の男であった。門のところで護衛たちを控えさせた男は、庵の中に入ると、結跏趺坐をしていた老人に声をかけた。
「先生……」
老人は振り向きもせずに答えた。
「そろそろ来るころだと思っておった」
男は庵にひざまずいた。
「先生のお知恵をお借りしたいのです。わたくし、国を守って死んだ英霊の御霊をお慰めするために、靖国神社へ参拝したのですが、隣国ばかりではなく諸外国にまで誤解され、日本の対外的な評判はがた落ち、外交上孤立というところまで来てしまいました。この状況を打開するために、日本の政治家が誰はばかることなく靖国神社に参拝するためのよい知恵はないかと……」
「ないこともない」
スーツ姿の男ははっと顔を上げた。
「先生! それは、それはどういう策ですか?」
「考え方を逆転させるのじゃ」
「逆転?」
「千鳥ヶ淵の戦没者墓苑を充実させ、A級戦犯とは分祀し、完全無宗教の慰霊施設として、八月十五日に議員全員で大々的な慰霊祭を毎年行う。これ以外にない」
「そ、そんなことをしたら、靖国神社はどうなってしまうのですか!」
「そこがこの策の本当の狙いだ。いいか、八月十五日に大々的な慰霊祭を千鳥ヶ淵で行っても、必ず、隣国は脊髄反射的にヒステリックな反対の大規模抗日デモだのなんだのを起こす。そうすればしめたものだ。隣国は、わが国が戦没者を、無宗教的に、かつA級戦犯を別にして慰霊するということすらも認めない、理屈や理性の通じない相手だ、ということを、われわれは全世界に宣伝することができる。それからならば、『どうせ何をやっても相手には通じないのだから』という理由で、わが国の政治家はいくらでも好き勝手に靖国神社に参拝できるというもの」
「なるほど……」
「いいか。虚と見せかけて実。実と見せかけて虚。それが兵法の神髄というものだ」
スーツ姿の男は結跏趺坐の老人に一礼し、庵を出て行った。
入れ替わりに、老人の世話を任されている若者が庵に入ってきた。
「いいんですか? あんなこといって……あの馬鹿、ほんとにやりかねませんよ」
「それでいいのだ」
老人は答えた。
「こんなことでもいわなければ、わが国の近視眼的で自意識が肥大しまくっている政治家の連中は、千鳥ヶ淵の戦没者墓苑などで、まともな慰霊祭などを執り行うわけがない。もしこれにより、隣国が対話に向けて前進してくれれば、それだけで我が国の丸儲け、前進しなくても、陛下がお喜びになるから、しだいに慰霊の本場は靖国から千鳥ヶ淵へ移行していくだろう。そうすれば、いつかは、現在よりももうちょっとマシな外交関係を結べるはずだ。まず、誰かがアクションを起こさなければ、なにも変わりはしないのだからな」
目を白黒させる若者に、老人は笑った。
「いいか。虚と見れば実、実と見れば虚、それが兵法の神髄だぞ。どれ、飯でも食うとするか。七草にはちと早いが、あっさりした粥が食いたくなった」
老人は立ち上がり、庵の奥の厨に入っていった。
「先生……」
老人は振り向きもせずに答えた。
「そろそろ来るころだと思っておった」
男は庵にひざまずいた。
「先生のお知恵をお借りしたいのです。わたくし、国を守って死んだ英霊の御霊をお慰めするために、靖国神社へ参拝したのですが、隣国ばかりではなく諸外国にまで誤解され、日本の対外的な評判はがた落ち、外交上孤立というところまで来てしまいました。この状況を打開するために、日本の政治家が誰はばかることなく靖国神社に参拝するためのよい知恵はないかと……」
「ないこともない」
スーツ姿の男ははっと顔を上げた。
「先生! それは、それはどういう策ですか?」
「考え方を逆転させるのじゃ」
「逆転?」
「千鳥ヶ淵の戦没者墓苑を充実させ、A級戦犯とは分祀し、完全無宗教の慰霊施設として、八月十五日に議員全員で大々的な慰霊祭を毎年行う。これ以外にない」
「そ、そんなことをしたら、靖国神社はどうなってしまうのですか!」
「そこがこの策の本当の狙いだ。いいか、八月十五日に大々的な慰霊祭を千鳥ヶ淵で行っても、必ず、隣国は脊髄反射的にヒステリックな反対の大規模抗日デモだのなんだのを起こす。そうすればしめたものだ。隣国は、わが国が戦没者を、無宗教的に、かつA級戦犯を別にして慰霊するということすらも認めない、理屈や理性の通じない相手だ、ということを、われわれは全世界に宣伝することができる。それからならば、『どうせ何をやっても相手には通じないのだから』という理由で、わが国の政治家はいくらでも好き勝手に靖国神社に参拝できるというもの」
「なるほど……」
「いいか。虚と見せかけて実。実と見せかけて虚。それが兵法の神髄というものだ」
スーツ姿の男は結跏趺坐の老人に一礼し、庵を出て行った。
入れ替わりに、老人の世話を任されている若者が庵に入ってきた。
「いいんですか? あんなこといって……あの馬鹿、ほんとにやりかねませんよ」
「それでいいのだ」
老人は答えた。
「こんなことでもいわなければ、わが国の近視眼的で自意識が肥大しまくっている政治家の連中は、千鳥ヶ淵の戦没者墓苑などで、まともな慰霊祭などを執り行うわけがない。もしこれにより、隣国が対話に向けて前進してくれれば、それだけで我が国の丸儲け、前進しなくても、陛下がお喜びになるから、しだいに慰霊の本場は靖国から千鳥ヶ淵へ移行していくだろう。そうすれば、いつかは、現在よりももうちょっとマシな外交関係を結べるはずだ。まず、誰かがアクションを起こさなければ、なにも変わりはしないのだからな」
目を白黒させる若者に、老人は笑った。
「いいか。虚と見れば実、実と見れば虚、それが兵法の神髄だぞ。どれ、飯でも食うとするか。七草にはちと早いが、あっさりした粥が食いたくなった」
老人は立ち上がり、庵の奥の厨に入っていった。
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~ Comment ~
Re: カテンベさん
なんか最近の日中韓の政治家の行動を見ていると、みんなしてつつかんでもいいところをつついて喜んでいるような感じがします。
最悪の展開に陥るのを避けるため、日夜一心不乱に働いている外務省の人たちの苦労を、指導者がことごとくぶち壊していくんだもんなあ。
とほほであります。
最悪の展開に陥るのを避けるため、日夜一心不乱に働いている外務省の人たちの苦労を、指導者がことごとくぶち壊していくんだもんなあ。
とほほであります。
政治の世界やと何でも駆け引きの道具になるんやもんね
ひとつの行動がどんな反応を引き起こすのかを読み切ることも出来ないし、期待する反応を呼び込む行動をとれるわけでもないような日本の政治の残念さがでてますねー
靖国神社が大事なんやなくて慰霊ってのが大事なんやろにね
各県もちまわりで慰霊式典をするよなもんでもええよには思うんやけどねー
靖国うんぬん言う前に8月15日の正午に黙祷、てなのも国民みんながしてるもんでもないんやし
形を整えるんやなくて、その意義を広く伝えるとこからしやんとあかんねやろね
ひとつの行動がどんな反応を引き起こすのかを読み切ることも出来ないし、期待する反応を呼び込む行動をとれるわけでもないような日本の政治の残念さがでてますねー
靖国神社が大事なんやなくて慰霊ってのが大事なんやろにね
各県もちまわりで慰霊式典をするよなもんでもええよには思うんやけどねー
靖国うんぬん言う前に8月15日の正午に黙祷、てなのも国民みんながしてるもんでもないんやし
形を整えるんやなくて、その意義を広く伝えるとこからしやんとあかんねやろね
- #12488 カテンベ
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- 2014.01/06 08:13
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Re: 山西 サキさん
民主党は沖縄よりもこちらのほうをなんとかするのが先だったんじゃないかなあ。八月十五日は千鳥ヶ淵、というのを先例として固定化する時間はじゅうぶんにあったと思うんだけど……。