ささげもの

    食べる男

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     わたしと共同で、この薄汚れたコンクリートの部屋を借りていたのは、小柄な黒人の自称詩人と、ヒスパニックの自称軽量級ボクサーだった。人間は、詩が一編も売れなかろうと詩人であることはできるし、八百長専門の四回戦ボクサーでもボクサーと呼んで悪いことはない。それに比すれば、ウォール街で十五年働いたからといって、「失業者」と呼ぶしかないわたしの肩身は狭かった。

    「それで? 行ってみたのかい?」

     ロードワークから帰ってきたボクサーが、共同のガスコンロで卵を炒めていたわたしにいった。

     肩をすくめて答えた。

    「ほかになにができる? 安食堂の雑用係だろうがなんだろうが、なにかしないとほんとうに、この部屋からも追い出されてしまうんだからな」

     詩人がベッドから横槍を入れた。

    「同情なんかするなよ。こいつは百万人単位で失業者をこしらえた、拝金主義者の手先だったんだからな」

    「うるさいな。卵が食べたくないのか」

     ボクサーはフライパンの中をのぞき込んだ。

    「うまそうだな。スクランブルエッグか」

    「作り始めたときはサニーサイドアップだったはずなんだがな」

     わたしは詩人を軽くにらんだ。

    「いらないならわたしが食う」

    「いらないとはいってないだろ」

     詩人は笑ったあと、咳き込んだ。部屋にいる皆が慣れっこになっていることだった。たとえイラク帰りのもと陸軍でも、HIVを患った黒人は、何百ドルもする薬を買うだけの金がなければ、眠るか詩を書くかくらいしか、できることはない。

    「空気が湿っぽくなってきたな。朝飯といこうぜ。まだあれはあるんだろ?」

     わたしは戸棚から大袋で買ってきたシリアルを取り出し、三つの皿に盛ると、上から牛乳をパイント単位でかけた。横にスクランブルエッグを添える。

     運がいいことに、三人ともキリスト教徒だったので、「いただきます」の作法でもめることはなかった。

    「そういや、神経痛はどうだい?」

    「治るわけがない。もうちょっと温かいところに移れば別かもしれないが」

    「フロリダとか?」

    「そんな金があったら、拝金主義者のわたしはどうすると思う?」

    「貧しい詩人かボクサーに寄付してくれるんじゃないかな」

     そういって笑ったあと、詩人は咳き込んだ。

    「無理すると気管に詰まってえらいことになるぞ」

     がつがつとシリアルを口に運んでいたボクサーが顔を上げた。

    「あ、それ、聞いたことある。ごあ……ごい……」

    「誤嚥性肺炎だ。まったく、ひとごとじゃない」

     いつの間にか、三人とも皿は空になっていた。

    「いつもながらうまいサニーサイドアップだったぜ」

     ボクサーは立ち上がった。

    「明日の料理当番はお前だぞ」

     わたしは皿を片付けていった。

    「またバカみたいに固い肉じゃないだろうな」

    「あれが固いって? あの日本人だって柔らかいっていうぞ」

    「あの日本……」

     わたしの言葉は途中で切れた。

    「日本人がどうかしたのか、拝金主義者?」

    「いや……なんでもない」

     わたしは言葉を飲み込み、今晩の面接のことだけを考えた。

     なぜあの日本人のことが頭に浮かんだのかはわたしにもわからなかった。
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    ~ Comment ~

    Re: 山西 サキさん

    わたしはアメリカのネオ・ハードボイルドというやつが好きで一時期大ハマりしていたことがあります。

    そのせいでこの男はニューヨークで赤貧生活を送ることになったのかもしれません。

    八少女さんがリターンを返してきたら、また「~する男」で返そうと狙ってますが、手のうちが読めないのでこちらもワクワクです(^_^)

    NoTitle

    このシチュエーションいいですねぇ。
    登場人物1人1人にも深さを感じます。
    タイトルも素敵ですよ。
    夕さんどう受けられるのかなぁ。
    ワクワク。

    Re: limeさん

    SFやミステリといった自分の守備範囲から、大きく外れたところで真剣にボールを打ち合うとものすごくスリリングです(^^)

    だからlimeさんもぜひハードなSFのリレー小説に……(゜゜☆\(^^;)

    NoTitle

    夕さんのところの美穂さんと、また絡んだりするのでしょうか。
    こういう感じで生まれる物語もまた、斬新で面白いです。
    ハッピーエンドにするかどうかは、ポールさんのさじ加減次第。
    はたして男の運命は・・・。
    次はまた夕さんのところで何か、動きますかねえ。
    おもしろいな^^

    Re: ヒロハルさん

    リレー小説というかラリー小説というか(^_^;)

    互いに相談もせず、コート内のぎりぎりのところに球を打ち合ってポイントを狙うんですから、ほとんどテニスのラリーですね。(^_^)

    八少女さんの返球がどうくるのか楽しみです。来年が来るまでにはハッピーエンドに持ち込みたいのですが、それまでにラインを割られてノックアウトされるかもしれません(^_^;)

    NoTitle

    お二人ともすごいですね。
    ポールさんもスピードにかけてはピカイチです。
    さすが、ほぼ一日一作品ですよね。
    私はこれだけポコポコとアイデアは出ないです。

    確実にリレー小説でしょ? これ。笑。

    Re: ダメ子さん

    わたしが勝手にボールを打ち返しているだけですが、リレー小説に……なるのか?

    結末があったとして、八少女さんとわたしが考えているそれは完全に逆を向いていると思うのですが。

    そこをすり合わせるのがまた楽しいから、リレー小説なのかもしれません。どっちかがボールを返せなくなったら自然消滅?(^_^;)

    NoTitle

    リレー小説とは…結末が気になりますです

    Re: 八少女 夕さん

    こちらこそ勝手にどんどん設定を付け加えてしまってすみません(^_^;)

    こうなったらこの男のエピローグまで書きたくなってきました。

    けっこう長いラリーになるかも(笑)

    うわ〜、うわ〜、うわ〜

    仕事から帰ってきたら、もうこれが! 早い〜!

    ありがとうございました!
    ますます、あの話の世界が広がりましたよ。

    共同生活の一シーンがアメリカの縮図になっていますよね。この短さでこのクオリティ、さすがです! 

    ええと、この設定もちゃっかりいただいて、三月あたりに「マンハッタンの日本人」シリーズの続きを書こうと思います。

    もう一度、心から御礼申し上げます!
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