「ショートショート」
ホラー
竹中家
地獄のような満員電車を降り、自動改札をくぐって、駅のロータリーに出た。一月半ば、雪に埋もれるような夕暮れの街を吹く北風はかなりこたえる。コートのえりを立てたところで、壁に色気のない貼り紙が貼ってあるのが目に飛び込んできた。
内容は見間違いようもなかった。黒い墨で人差し指を伸ばした手が描かれた下に、同じく黒で「竹中家」と書いてある。周囲には黒縁。よくある、葬式の式場までを示す貼り紙だ。
まあ、あまり見ていて気持ちのいいものではないが、人間には必要なもののひとつであるし、わたしは息をひとつ吐いて、家までの二キロメートルの道を歩き始めた。気持ちのいいものではないのには別の理由もあった。わたしは竹中守というのだ。自分と同姓の人間が死んだらしい、と聞いて、ハッピーな気分になれるやつがいれば面が見たい。
大通りを歩いていくと、右を指差す、先ほどと同じ貼り紙が見えた。「竹中家」。こちらだとすると、会場はあの会堂だろうか。けっこう、大きな葬式なのかもしれない。
わたしはT字路を右に曲がり、しばらく進んだ。五分も進むと、路地への入り口がある。そこを入って、またしばらくかかるのだ。車で入ると雪で立ち往生するうえに、どこへ向かうかもわからなくなる道になっているので、歩いていくのがいちばんいいような立地条件である。だから、引っ越しを決意したのだが。
曲がり角で、わたしはひょっと電信柱を見た。
「竹中家」。
会堂じゃないのか。でも、このへんに竹中という家がもうひとつあるのか。なにせ、人付き合いが悪い上に、時間が一定しない仕事をしているので、町内会とは疎遠なのだ。
わたしは自宅への道を歩いた。あと一週間もすれば、このわたしの実家のある土地から、はるか離れたところで子育てと仕事をしている妻のもとへ引っ越すのだ。こう寒い土地にはもう飽き飽きだ。今を耐えれば……。
竹中という人間は、わたしの家の近所に住んでいるらしい。わたしが路地の角を曲がるたび、「竹中家」というあの張り紙が見える。
歩いているうちに、わたしの家の戸口で張り紙は終わっていた。玄関に忌中札が貼ってあったのだ。
不吉にもほどがあるいたずらだ。一週間もすれば引っ越しなのに、札に書かれた日時には、その引っ越しの当日の日付が書かれている。いったいどうして……。
わたしはそこでこのシャレに気づいて、笑いだした。そうか、来週の引っ越しをもって、この家は「竹中家」ではなくなるのだ。それをこういう形で表したのだろう。だとしたら、読みが甘い。引っ越した後で、人の手に移るには、若干のタイムラグがあるのだ。土地つきとはいえこんなぼろ家にしたら、けっこう高値がついたので、妻も喜んでいたものだ。
わたしは忌中札をひきむしると、ぐしゃぐしゃと丸めてポケットに突っ込み、家の鍵を開けた。雪かきとも雪下ろしとも、もうおさらばだ。暖房のスイッチを入れ、わたしはようやくマフラーをゆるめた。
背後で、扉が開く音がした。わたしは振り返った。
「やあ、いつ、こっちへ来ていたんだい? 連絡してくれれば、いっしょに帰れたのに。で、今日はなにか用事が? そういえば、このいたずらはきみがやったのかい?」
わたしはポケットを探った。あのひきむしった忌中札は、いつの間に落としたのか、ポケットから消え失せていた。
まあ、こんないたずらに、深い意味などないだろう。
内容は見間違いようもなかった。黒い墨で人差し指を伸ばした手が描かれた下に、同じく黒で「竹中家」と書いてある。周囲には黒縁。よくある、葬式の式場までを示す貼り紙だ。
まあ、あまり見ていて気持ちのいいものではないが、人間には必要なもののひとつであるし、わたしは息をひとつ吐いて、家までの二キロメートルの道を歩き始めた。気持ちのいいものではないのには別の理由もあった。わたしは竹中守というのだ。自分と同姓の人間が死んだらしい、と聞いて、ハッピーな気分になれるやつがいれば面が見たい。
大通りを歩いていくと、右を指差す、先ほどと同じ貼り紙が見えた。「竹中家」。こちらだとすると、会場はあの会堂だろうか。けっこう、大きな葬式なのかもしれない。
わたしはT字路を右に曲がり、しばらく進んだ。五分も進むと、路地への入り口がある。そこを入って、またしばらくかかるのだ。車で入ると雪で立ち往生するうえに、どこへ向かうかもわからなくなる道になっているので、歩いていくのがいちばんいいような立地条件である。だから、引っ越しを決意したのだが。
曲がり角で、わたしはひょっと電信柱を見た。
「竹中家」。
会堂じゃないのか。でも、このへんに竹中という家がもうひとつあるのか。なにせ、人付き合いが悪い上に、時間が一定しない仕事をしているので、町内会とは疎遠なのだ。
わたしは自宅への道を歩いた。あと一週間もすれば、このわたしの実家のある土地から、はるか離れたところで子育てと仕事をしている妻のもとへ引っ越すのだ。こう寒い土地にはもう飽き飽きだ。今を耐えれば……。
竹中という人間は、わたしの家の近所に住んでいるらしい。わたしが路地の角を曲がるたび、「竹中家」というあの張り紙が見える。
歩いているうちに、わたしの家の戸口で張り紙は終わっていた。玄関に忌中札が貼ってあったのだ。
不吉にもほどがあるいたずらだ。一週間もすれば引っ越しなのに、札に書かれた日時には、その引っ越しの当日の日付が書かれている。いったいどうして……。
わたしはそこでこのシャレに気づいて、笑いだした。そうか、来週の引っ越しをもって、この家は「竹中家」ではなくなるのだ。それをこういう形で表したのだろう。だとしたら、読みが甘い。引っ越した後で、人の手に移るには、若干のタイムラグがあるのだ。土地つきとはいえこんなぼろ家にしたら、けっこう高値がついたので、妻も喜んでいたものだ。
わたしは忌中札をひきむしると、ぐしゃぐしゃと丸めてポケットに突っ込み、家の鍵を開けた。雪かきとも雪下ろしとも、もうおさらばだ。暖房のスイッチを入れ、わたしはようやくマフラーをゆるめた。
背後で、扉が開く音がした。わたしは振り返った。
「やあ、いつ、こっちへ来ていたんだい? 連絡してくれれば、いっしょに帰れたのに。で、今日はなにか用事が? そういえば、このいたずらはきみがやったのかい?」
わたしはポケットを探った。あのひきむしった忌中札は、いつの間に落としたのか、ポケットから消え失せていた。
まあ、こんないたずらに、深い意味などないだろう。
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~ Comment ~
うーむ。
この人はもう死んでいるのかな?と思ったけど、違うようですねぇ。
いや、それとも、もう死んでいて、貼り紙を貼ったのも家に訪ねてきたのも死神だったりして。
ホラーにも色々あるけど、映像的に恐いものより、心理的に恐いものの方がゾッとできますね。
この人はもう死んでいるのかな?と思ったけど、違うようですねぇ。
いや、それとも、もう死んでいて、貼り紙を貼ったのも家に訪ねてきたのも死神だったりして。
ホラーにも色々あるけど、映像的に恐いものより、心理的に恐いものの方がゾッとできますね。
Re: limeさん
ハーヴィーの「炎天」みたいな小説を書こうと思ったらみごとに失敗してしまったでござるの巻(^_^;)
やっぱりホラーは難しい……。
うぬぬ。
やっぱりホラーは難しい……。
うぬぬ。
Re: ROUGEさん
実はこれから火サスみたいなことが……と思いつつ書いたのですが、みごとに失敗してしまいましたわい(^_^;)
やっぱりホラーは難しいであります。(^_^;)
やっぱりホラーは難しいであります。(^_^;)
NoTitle
う、ちょっと難しかった。
あの忌中札は、予知のようなもの?実際には無い、奥さんの犯行予告のようなものでしょうか。
後半まで、自分が死んだことに気づいていない幽霊の話だと思ったんですが、外れました。
どっちにしてもなんか寒々しい、やっぱりホラーですね。
あの忌中札は、予知のようなもの?実際には無い、奥さんの犯行予告のようなものでしょうか。
後半まで、自分が死んだことに気づいていない幽霊の話だと思ったんですが、外れました。
どっちにしてもなんか寒々しい、やっぱりホラーですね。
NoTitle
死んだのは本人!?
で、奥さんは遠くに引っ越したのかな?
訳有物件ってそういうのありそう。
部屋で死んでたりしてね(^^;
で、奥さんは遠くに引っ越したのかな?
訳有物件ってそういうのありそう。
部屋で死んでたりしてね(^^;
Re: 矢端想さん
クイズです。
家が売れました。黙っていてもお金が入ってきます。
女房は亭主としばらく離れ、自由を満喫しています。
亭主が女房の住む家に近々帰ってくるそうです。
お金は欲しいけれど自由は捨てたくありません。
女房はどうしたらいちばん合理的に自由とお金を手に入れられますか?
ヒント:亭主以外に誰も存在に気づいていないらしい、実体もないらしい一週間後の忌中札。
考え落ちにしすぎたな……(^_^;)
家が売れました。黙っていてもお金が入ってきます。
女房は亭主としばらく離れ、自由を満喫しています。
亭主が女房の住む家に近々帰ってくるそうです。
お金は欲しいけれど自由は捨てたくありません。
女房はどうしたらいちばん合理的に自由とお金を手に入れられますか?
ヒント:亭主以外に誰も存在に気づいていないらしい、実体もないらしい一週間後の忌中札。
考え落ちにしすぎたな……(^_^;)
NoTitle
スマン、難しいですこの話(汗)
ホラーですよね・・・。
・・・遠いところに居た奥さんが迎えに来たってこと?
ホラーですよね・・・。
・・・遠いところに居た奥さんが迎えに来たってこと?
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Re: 西幻響子さん
怖いことは何も起こっていないごく短い作品なのにもかかわらず、身の毛がよだつほど怖い、ホラー小説の極限みたいな世界がそこにあります。
夏に読めばまさに納涼、クーラー要らずであります(^^)