「剣と魔法の国の伝説」
剣と魔法の国の伝説 第1章
剣と魔法の国の伝説 第1章・その3
2014年1月23日 リハビリ施設
ルールの和訳はまったく進まなかった。腰を据えてやるには、わたしとわたしの病気は疲れやすすぎるのだ。
疲れた身体でふらふらと、リハビリ施設の扉をくぐった。
「おはようございます」
「おはようございます」
施設に通っているTのやつだった。日がな一日陽気なやつだ。しかし、その陽気さは、薬を正しく服薬していないがための躁転にすぎないことをわたしは知っていた。本人が自慢げに語るのだからどうしようもない。
こんなやつと話をしていたら、それこそ無限のおしゃべり地獄に引きずり込まれてしまう。
わたしは下駄箱に靴を入れて上履きに履き替えると、しゃべりかけてくるTを適当にかわしてロッカールームに荷物を入れた。
わたしたちをこの施設に通わせている病気の最大の特徴は、病んでいる本人に病識がないということである。つまり、他人から、「お前病気じゃないのか」といわれたら、いわれたほうは病んでいたとしても、それに全く気づかずに、かえって怒り出す、そんな病気なのだ。
ちょっと考えて、荷物からゲームのルールブックと電子辞書を取り出し、二階に向かった。二階には、就労訓練のために、パソコンが置いてあるのだ。ネットにつないであるわけではない。つなぐには病院の予算は不足がちだったし、われわれ患者がまともな用途に使わないのではないかという懸念もあっただろう。だいいちパソコン自体、病院の事務所からお払い箱になったものをもらってきたもので、ほとんどはMeや98という一時代前のOSだったが、USBをつないで文章を入力するくらいのことはできた。
わたしは五年ほど前のことを思い出した。そのころはパソコンすらなく、この病院で文章を書こうとしたら、旧式のワープロで無理やりテキストファイルをこしらえてフロッピーディスクに保存するしかなかったのだ。パソコンが入ったのは、たぶんわたしがそのワープロとフロッピーで毎日毎日カタカタやり、長編小説をふたつばかり脱稿したからだろうと思われる。さぞや迷惑だっただろうな、とは思うが、ほかにやることもなかったのだ。
ルールブックをちらりと見て、肩を叩いた。年々疲れてくる。薬と病気が、頭の中で戦争をしているわけだからしかたがない。幸いにも戦争で脳味噌にどんな損害が出ているかはわからないが、脳味噌は年中フル回転しているも同然なのだ。ブドウ糖は普通よりも激しく消費されていることだろう。すると身体に疲れは出てくる。当然の話だ。
唯一あるXPパソコンは、Qのやつが将棋を指して遊んでいた。ただパソコンがあるだけでは、と、わたしが百円ショップで買ってきてインストールしたソフトである。わたしは肩をすくめ、次に使いやすいMe機にした。
ルールブックを開く。和訳は途中で止まっている。少しは進めなければ、五月にAのやつとゲームができない。
原稿に書いた魔法使いがイライラしているのが伝わってくるかのようだった。
英文を二行読んだ。まぶたが重くなってきた。
やっぱりソファーで眠ったほうがいいかもしれない、わたしはどうにも霞のかかったような頭でそう考えた。
ルールの和訳はまったく進まなかった。腰を据えてやるには、わたしとわたしの病気は疲れやすすぎるのだ。
疲れた身体でふらふらと、リハビリ施設の扉をくぐった。
「おはようございます」
「おはようございます」
施設に通っているTのやつだった。日がな一日陽気なやつだ。しかし、その陽気さは、薬を正しく服薬していないがための躁転にすぎないことをわたしは知っていた。本人が自慢げに語るのだからどうしようもない。
こんなやつと話をしていたら、それこそ無限のおしゃべり地獄に引きずり込まれてしまう。
わたしは下駄箱に靴を入れて上履きに履き替えると、しゃべりかけてくるTを適当にかわしてロッカールームに荷物を入れた。
わたしたちをこの施設に通わせている病気の最大の特徴は、病んでいる本人に病識がないということである。つまり、他人から、「お前病気じゃないのか」といわれたら、いわれたほうは病んでいたとしても、それに全く気づかずに、かえって怒り出す、そんな病気なのだ。
ちょっと考えて、荷物からゲームのルールブックと電子辞書を取り出し、二階に向かった。二階には、就労訓練のために、パソコンが置いてあるのだ。ネットにつないであるわけではない。つなぐには病院の予算は不足がちだったし、われわれ患者がまともな用途に使わないのではないかという懸念もあっただろう。だいいちパソコン自体、病院の事務所からお払い箱になったものをもらってきたもので、ほとんどはMeや98という一時代前のOSだったが、USBをつないで文章を入力するくらいのことはできた。
わたしは五年ほど前のことを思い出した。そのころはパソコンすらなく、この病院で文章を書こうとしたら、旧式のワープロで無理やりテキストファイルをこしらえてフロッピーディスクに保存するしかなかったのだ。パソコンが入ったのは、たぶんわたしがそのワープロとフロッピーで毎日毎日カタカタやり、長編小説をふたつばかり脱稿したからだろうと思われる。さぞや迷惑だっただろうな、とは思うが、ほかにやることもなかったのだ。
ルールブックをちらりと見て、肩を叩いた。年々疲れてくる。薬と病気が、頭の中で戦争をしているわけだからしかたがない。幸いにも戦争で脳味噌にどんな損害が出ているかはわからないが、脳味噌は年中フル回転しているも同然なのだ。ブドウ糖は普通よりも激しく消費されていることだろう。すると身体に疲れは出てくる。当然の話だ。
唯一あるXPパソコンは、Qのやつが将棋を指して遊んでいた。ただパソコンがあるだけでは、と、わたしが百円ショップで買ってきてインストールしたソフトである。わたしは肩をすくめ、次に使いやすいMe機にした。
ルールブックを開く。和訳は途中で止まっている。少しは進めなければ、五月にAのやつとゲームができない。
原稿に書いた魔法使いがイライラしているのが伝わってくるかのようだった。
英文を二行読んだ。まぶたが重くなってきた。
やっぱりソファーで眠ったほうがいいかもしれない、わたしはどうにも霞のかかったような頭でそう考えた。
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