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    全量服用、失恋を癒す薬

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     失恋してしまった。ずいぶんと手ひどくふられたもんだ。

     立ち直れそうになかったぼくは、立ち直らせてくれそうな唯一の人物のもとへ行くことにした。友人というか恩師というか、とにかく偉い科学者である鰓井恵来博士のところだ。

     研究室の扉を叩いて入れてもらい、熱いコーヒーを出されて、ここにきたわけをこれこれこうこうと話したら、博士はうなずいた。

    「なるほど、興味深いケースだ。ちょっと待っていたまえ」

     博士は隣室へ行ってなにやらごそごそやっていたが、やがてふたつのそっくりな小瓶を手にして戻ってきた。一方の瓶には、いかにも怪しげなドクロのマークが書かれている。

    「きみ、その娘ともう一度やり直そうという気はあるか」

    「あります」

    「命に代えても?」

    「命に代えても」

    「よくいった」

     博士は無地の瓶を指差した。

    「ここに二つの薬がある。ひとつは、飲むと身体が熱くなり、それと同時に女性にはえもいわれぬフェロモンを漂わせる薬だ。それを飲むと、どんな女性でも簡単に落ちる」

     博士はドクロのマークが書いてある瓶を指差した。

    「こちらは研究の手違いから砒素を入れてしまったものだ。飲むと身体が熱くなることまでは同じだが、砒素の反応によりフェロモンも出ないし、飲んでからおよそ四十八時間後、もだえ苦しみながら死ぬことになる」

     博士はぼくの目をじっと見た。

    「君にはこのどちらかを飲んでもらう」

    「どちらか、って……?」

     博士は瓶からラベルをはがすと、背中に回してかちゃかちゃと音をさせてから瓶を戻した。ぼくにはどちらがどちらの瓶なのかわからなくなった。

    「片方の瓶を選び、ぐいっと一気に飲め。後は彼女に突撃するだけだ。すべては薬が証明してくれる。よりを戻せたら君は生き残れる。ふられたら君は四十八時間後に死ぬ。わしはノーリスクで果実だけ手に入れようとする人間を応援する気はない」

     ぼくはごくりと唾をのみ込んだ。常識はずれのことでも、博士はやるときはやる人だ。

     目をつぶり、片方の瓶の蓋を開け、一息で飲み干した。喉が焼け、せき込んだ。苦い。苦くてどうしようもなく嫌な味がする。だけれども、たしかに身体は熱くなってきた。

     ぼくは博士に頭を下げると、冬の夜の町を、彼女のアパートへ向かった。

     まず、彼女の部屋のドアを開けてもらうまでがたいへんだった。とにかく、顔を突き合わせないと、フェロモンの効果は発揮されない。粘り強く説得すると、ようやく彼女はチェーン越しにその顔を見せてくれた。

     ぼくはその機を逃さず、心にあるありったけの思いを彼女に伝えた。どうせ最悪でも四十八時間後にぼくが死ぬだけだ。ほかに失うものなんてなにもない。

     彼女がドアのチェーンを外し、ぼくを部屋に入れてくれるまでたっぷり三十分はかかった。

     ぼくは賭けに勝ったのだ。



     一年ほどして、ぼくが博士の家に、ぼくの結婚式の招待状を持って遊びに行くと、博士は、乾杯しよう、といってきた。

    「なにかおいしいお酒でもあるんですか?」

    「ジン・アンド・ビターズなんてどうかね?」

    「おまかせします」

     博士は戸棚からジンの瓶とグラスふたつを取ってテーブルへ置くと、隣の部屋へ行った。戻ってきたとき持っていたのは、一年前にぼくがこの研究室で見た瓶に間違いなかった。

     博士は蓋を開けると、別に持っていた穴の開いた蓋を閉めた。目を丸くしているぼくの前で、博士は小瓶をひと振りし、その一滴の液体でグラスの内側を塗らし、余りを空いているビーカーに捨てた。

    「博士、それ……なんですか?」

    「アンゴスチュラ・ビターズじゃよ。ヨードチンキみたいな色とにおいと味がする薬味酒だな。ここに、室温にしたジンを注ぐと、ジン・アンド・ビターズの出来上がりじゃ」

    「じゃあ、ぼくがあの時飲んだのは?」

    「毒もなにも入っていない、ただのアンゴスチュラ・ビターズじゃ。両方とも、砒素なんか入れておらんわい」

    「じゃあぼくにあんなものを飲ませたのはなぜなんですか!」

     ふたつのグラスにジンを注いでいた博士は真顔になった。

    「君の覚悟が知りたかったんじゃ。もし、あれを一息に飲まず、ためらったり、途中で飲むのをよしたりしたら、それだけで、わしは君を止めたじゃろうな。でも、君はひと息で飲んだ。それほどまでに惚れているのなら、自信にあふれた状態で彼女のもとへ送ってやるのがいい、わしはそう思った」

     博士はぼくにグラスを差し出した。

    「君の勇気に乾杯じゃ」

    「博士の薬に乾杯」

     ぼくたちはグラスを掲げると、そのカクテルを全量服用した。

     もちろん、節度をわきまえて飲んだって。
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    ~ Comment ~

    Re: ダメ子さん

    わたしの中の博士像のステレオタイプは、

    1.変なものを作る

    2.変人だけど人格者である

    3.妙なところで世話焼きである

    というもので、そういう人を出してしまうんですよねえ、ついつい。

    仙人みたいなものですね。そういう人にわたしもなりたかったんですが……(^^;)

    Re: 大海彩洋さん

    わたしも女性だったら開けないと思います。 

    これは一夜の奇跡だったんですよ……きっと。

    そういうことにしておきましょう。現実を考えるとファンタジーはぶちこわし(^^;)

    Re: カテンベさん

    そういやあ最近はストーカー通報というものがあったんですよね(^^;)

    やっぱり通報ものですよねこれ(^^;)

    通報されなかった時点で「ぼく」の勝ちは半分決まったも同然だったのかもしれません。

    NoTitle

    私も知り合いのために少し分けてもらおうかな?
    でも女性側がやるのは色々危険かも?///

    博士は前も男女こういった計らいをしてませんでしたっけ?
    さりげなく趣味なんでしょうか?

    おぉ

    時々難解で私の頭では理解できない時があるんですけれど(す、すみません……本当に頭が悪いんです……)、これはストレートに来ました。そしてぐっときました。
    そうそう、これはあの、インディ・ジョーンズのワンシーンを思い出しました。獅子の谷に飛び込む感じ……
    死ぬ気になれば何でもできる、ですね。
    でも、私だったらきっとドアを開けないなぁ……^^; 何だか申し訳ない^^;
    でもたとえそうであっても、また新しい恋がありますよね。うん。そういうことにしておこう。

    冬の夜に、アパートの自室のドアの前で延々と想いをぶつけてみる、てのは、きっと声も大きくなっていたことでしょう
    ストーカー通報されて、ドア前から警官に引きはなされて説教されて
    48時間もいらないわ、と失意の自殺コースになったかもしれへんとこやんねぇ
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