「ショートショート」
    ミステリ

    人を感動させる文章

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    「なにを書いてるんだ」

     三流スポーツ誌の雑然としたオフィスで、おれはパソコンに向かっている同僚にいった。目の前には、文芸書がうず高く積んである。珍しい。

    「お前もこんなの読むのか。芥川龍之介、川端康成、……おっとこいつはテニスの佐藤次郎の伝記か。それからこれはなんだ? 長沢延子『友よ私が死んだからとて』……おい、馬鹿なことを考えるのはやめろ!」

     おれは同僚の肩をつかんだ。

    「ああ、なんだ、きみか」

    「なんだじゃないだろなんだじゃ。まったく、自殺した有名人の本ばかりこんなに積み上げてなにをしていたんだいったい! いいか、死ぬのは最悪の選択だぞ」

    「別に死ぬ気はないよ」

     同僚はいった。そういいながらもなんとなく顔色が悪くやつれている感じがして、よけいおれは不安になった。

    「じゃあなんだよこの本は」

    「ああ、遺書を書く参考にしているんだよ。人の心をうつとびきりの名文を書くんだ」

     おれが激高しかけているのを悟ったのか、同僚は首を振った。

    「遺書といってもぼくのじゃないよ」

    「じゃあ、誰の遺書だ」

    「いまやってるじゃないか」

    「へ?」

     同僚はうつろな目をしてささやくようにいった。

    「オリンピック選手だよ」

     やつは本の山からマラソンの円谷幸吉選手の伝記を取り上げた。

    「いいかい、日本人がオリンピックになにを求めているかといったら、まずはメダルだ。次に美談。敢闘精神やうまいプレーなどには、ほぼ興味がない」

     おれはますます嫌な予感がした。

    「それで」

    「ぼくたちスポーツ誌の人間がいくらがんばっても、選手にメダルを取らせることはできない。だけど、『美談』を探すことはしょっちゅうやっている。もしここで、人為的に『悲劇の選手』を作り上げてスクープすることができたら? うまいことに現在は誰もかれもパソコンで文章を書く。もし、今のオリンピックで誰でもいいから選手が周囲のプレッシャーに耐えかねて自殺したとき、人の心をうつような名文の遺書が、ぼくたちの社に郵送されてきたとしたら?」

    「……すぐにばれるぞ」

    「本を売り切る間だけばれなければいいさ。それに、たいていの日本人は、自分が見たいと思った事実しか見ないことは、あの佐村河内事件を考えてもわかるじゃないか」

    「いかれてるぞお前!」

     同僚は乾いた声で笑った。

    「編集長からは、なにかスクープを取ってこないと、クビだっていわれてるんだ。今クビにされたら、ぼくの家族は……将来は……クビにされた雑誌記者なんて、いったいどこに再就職を……」

     おれはその目をまともに見ていることができなかった。本を売るための理屈としては、こいつの意見は正論だ。間違って聞こえるのは正論すぎるからだ。おれが止めてもこいつはやるだろう。

     おれにできることは、これ以上自殺者が出ないような社会になることを祈ることだけだったが、それも無理な話だろうな、今の日本じゃ……。
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    ~ Comment ~

    Re: 面白半分さん

    例の「肉弾三勇士」も、要は「導火線の長さを間違えた」だけなのに、軍神扱いされてますからねえ。

    日本人はそういう話が好きなんでしょうな。とほほ。

    NoTitle

    美談の類も
    作られたものだとしたら寂しい話ですが
    なんとなく自分でもお手軽に作れそうな気がしてきました。

    けっこうそういうふうに発信している人っていそうですね

    Re: ダメ子さん

    「洞窟から出よ」といったのは二千年も前のプラトン先生ですが、いまだにその言葉の意味は重いであります。

    なにしろ洞窟の外から戻ってきたと称する人間の大半がウソつきであったり詐欺師であったりと……。

    カント先生みたいに「物自体」である真実はわれわれには構造上理解できない、とするのが正しいのかもしれませんとほほほ。

    Re: カテンベさん

    告白録でまた稼いで……。便乗本でまた稼いで……。

    だんだんこの「同僚」というやつのやっていることが、資本主義的に正しい生き方のような気がしてきましたとほほほ。

    Re: レルバルさん

    日本にとどまらず、世界中がどこかいかれているとしか思えません。

    世界各国が偏執的になっていますねとほほほ。

    Re: 涼音さん

    書いている自分でも、現実なのかブラック・ジョークなのかわからなくなってきました。

    書いてあることがあきらかにインチキでも、「泣いた」「感動した」で許されてしまうネット記事もありますし、

    書いてあることがあきらかにほんとうのことでも、「愛国心に反する」という理由で許容されないタイプのネット記事もありますし。

    もし、円谷選手の遺書を書いたのが別人だったら……? ということから作ったショートショートですが、今にして思えば有名なミステリに前例があった(^^;)

    NoTitle

    この前アメリカの本を読んだら
    アメリカの大衆はニュースにエンタメを求めて真実を見ない
    アメリカ人の悪いところだ
    みたいなことが書いてました…

    真実は辛く死にたくなるようなことばかりなので
    仕方がないのかもしれないけれど…

    バレるのも織り込み済みで、マスコミ体質の暴露本まで視野に入れてるのかもねー

    NoTitle

    まったく、今の日本はくるってやがるぜ……。

    考えさせられますね。

    むむむ。確かに難しいかも^^;
    確かに昔はオリンピックで金取れずに帰還船の船から飛び降りた人もいましたものね。
    オリンピックと現在の注目記事も織り交ぜて、確かに考えさせられます。
    そして、記者さんも大変ですね。
    今の日本、再就職は大変だし^^;色々大変ですが、失われて良い命なんて一つもないと思うので、前を向いて頑張ってほしいですね。

    探偵エドさん、やっと読破しました!!
    探偵やめちゃったんですね。それで「緑の森の家」なのですね。
    探偵エドさん楽しかったです^^ 次も楽しみに地道に読破目指します^^/
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