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    「夢逐人(オリジナル長編小説)」
    夢逐人

    夢逐人 第一部 アキラ 1

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    第一部 アキラ



     どろりとしたスープの海。黄色く染まった世界。そこであっぷあっぷしている二匹のハエ……じゃなかった、二人の人間。

    「どうせ殺されるんだったらハエ取り紙のほうがまだマシだ!」

     二人のうちの一人であるぼくは、そう思いながら、ひどい抵抗の液体の中で抜き手を切っていた。学業に比べて運動にだけは自信があったのだが、通っている高校では、身体にまとわりつく粘液のプールで、二十五メートルを泳ぎきるような授業は行なっていないのだった。

     それでもぼくは泳ぎ続けなければならなかった。ぼくのためではなく、すぐ先で溺れかけているもう一人の人物のために、泳いでいかなければならないのだ。そうでもしないと、そいつはスープに呑まれて死ぬことになる。いや、死ぬよりもっと恐ろしい目に。それをぼくは、直観で知っていた。

     溺れている人物が誰なのか、ぼくは知らなかった。知る必要もない。レスキュー隊が、これから救うべき人間の人物像をいちいち斟酌し、こいつは助けてこいつは気に入らないから殺すなどとやっていては世の中真っ暗になるのと同じ理屈だ。ただ行動あるのみ。

     自分の手も足も鉛で作られているのではと思えて来たとき、ついに溺れている人の手をつかむことができた。暴れられたらどうしようかと思ったが、半死半生で、暴れるだけの力も残っていないらしい。

     ぼくは素早く、相手の顔を液体から引っ張り上げた。呼吸を確保しなくてはならない。その顔を見て、びっくりした。まだ小学生くらいの男の子じゃないか。抱きかかえるようにして背泳ぎに切り替える。ゆっくり、ゆっくり。

     じりじりと進んでいくと、頭がなにか固いものに当たった。岸(スープ皿の縁だ!)についたのかと思って見ると、ゴムボートほどもあるクルトンだった。これ幸いと男の子を押し上げ、その後で自分も這い上がった。

     ふう。

     足がなにかについているという幸せを噛み締めてから、ぼくは男の子の蘇生にかかった。活を入れるか。いや、ここは人工呼吸をすべきだろう。

     ものすごく気恥ずかしかったが、ぼくは唇に唇を重ねると、息を吹き込み始めた。しばらくしていると、男の子が目を開けて……。

     ぼくも目を覚ました。



     登校してきたぼくは、いつものように、靴箱を開けた。中には、いつものように、「迫水晶先輩へ」というラブレターが入っていた。いつものように、顔も知らない一年生かららしい。

    「おはよう、アキラ」

     背後から肩を叩かれて振り向くと、クラスメートの国枝沙矢香がいたずらっぽく笑いながら立っていた。誰が立っているかは肩を叩かれる前から自明だったが、気づかないふりをするのが礼儀というものだろう。

    「なんだ、沙矢香か」

    「恋人をつかまえてなんだはないでしょう」

    「いつから君が恋人になったんだ。ぼくはそんな悪趣味じゃないぞ」

     まあ、沙矢香が美人の部類に入ることは認めよう。長い黒髪を肩まで伸ばし、強い意志を物語るかのような激しさを秘めたその瞳を、『友原市のビビアン・リー』と評した私立高の男子がいることをぼくは知っている。生徒会の書記という、閑職なんだか激務なんだかわからないポジションについており、ぼくなどと比べて格段に知性は上だ。しかし、幼少時からの腐れ縁が続く友達ではあるが、断じてこいつは恋人なんかではない。

    「現実を直視なさい。人間、どこかで妥協するのも必要よ」

    「やな妥協だな」

     沙矢香の目が、ぼくの手にある手紙に落ちた。

    「またラブレター? もてるわね」

    「ぼくの身にもなってくれ。興味もないのに入れ代わり立ち代わり次から次へとやってくるんだ。そのたびに断るのがたいへんでたいへんで。ひどいときには泣かれるし。まったく、変な恋愛小説なんかがはやるからこういうことになるんだ」

     ぼくは上履きに履き替えながらぼやいた。

    「だから妥協しなさいって」

    「やだ」

     連れ立って教室まで歩く。

    「西連寺くんって知ってる? 青啓高校の」

    「いや。そんな動物、見たこともない」
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    ~ Comment ~

    Re: 矢端想さん

    これを書くために、ライトノベルと真摯に向き合おうとしてドラゴンマガジンなぞを一時期購読していたことがあります。

    3ページでついていけなくなり力尽きました。

    だから向いていないことはわかっていたんですが、原稿枚数的に応募できる手ごろな賞がこういったライトノベルの賞だけで……。

    Re: 山西 サキさん

    これを書いたのは、発表するあてもなく「吸血鬼を吊るせ」や「探偵エドさん」を書いた後ですから、じゅうぶんおっさんな時期でありますよ(^^;)

    そうでもなければビビアン・リーなんて言葉が出てくるわけもなし(笑)

    NoTitle

    人生、振り返ってみるといろいろもったいないことをしているものです・・・。

    ビビアン・リーってのが、今の若者じゃないなw

    NoTitle

    ポールさん若い!!!
    青年の匂いがする。
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