「夢逐人(オリジナル長編小説)」
    夢逐人

    夢逐人 第一部 アキラ 5

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    「おじいちゃんにそうとうしごかれたみたいね」

     そう、母さんはいって、ぼくに味噌汁の椀を渡してくれた。

    「平気だよ。ぼくはマゾヒストだから、痛みが快感に変わっているんだ」

    「およしなさい、そんなこというの。冗談としても、不健全でつまらないわ」

    「どうやら、ユーモアのセンスが歪んでいるのは、生まれつきみたい」

     母さんは眉をひそめた。ぼくはそれを見てくすりと笑った。

    「いただきます」

     味噌汁を痛む身体でひとすすりする。うまい。豆腐とねぎと味噌が抜群のハーモニーを奏でている。通奏低音は鰹節だ。よくぞ日本人と生まれたり。

     山盛りのご飯を一口食べた後、塩鮭をばらして口に運んだ。塩鮭とは思えない、まるでとろけるような感じだった。

    「母さん、これ、高かったでしょう」

    「ちょっと奮発したのよ」

     母さんは片目をつぶった。

    「てことは、父さんは?」

    「来週にでも帰ってくるって」

    「よかった!」

     ぼくは、心の底からそういった。神職のほかに兼業で土建関係の会社員もやっている父さんは、一ヶ月前に、勤めている会社にしては珍しく、海外へ単身出向していたのである。それからどれだけ気を揉んだことか。

    「電話がかかってきたんでしょう? 父さんの様子はどうだった?」

    「まるで休暇に観光旅行にでも行ったみたいだったわ。上げ前据え膳、もうしばらくの間、ここに腰を据えていようか、なんていってたわね」

    「勝手だなあ。父さんらしいけど」

     ぼくが学校へ行っている間中、神社の仕事はみんな祖父と母さんだけでやっていたことを知っていたぼくは、ぼやいた。

    「お父さんの強がりよ。仕事で行っているんであって、遊びじゃないんだから。晶も知っているでしょう?」

    「まあね」

     ぼくは曖昧に答えた。もっと小さいころ、父さんの忘れ物を持って行ったとき、つぶさに見てきたからよく知っている。

    「晶ももしかしたら将来」

    「仕事のほうでも父さんの後を継ぐって? だったら、いいけど」

     ぼくは山盛りのご飯をかきこんだ。

    「およしなさい、そんなお行儀の悪い食べ方は」

     そんなこといわれたって、という気分だった。

    「父さんが帰ってきたら、ごちそうを作らなくちゃね。ぼくも手伝うから」

    「当たり前よ。高校を卒業したら、一人暮らしをするんでしょう? 料理は必修よ」

    「一人暮らしかあ……」

     考えていないわけではなかったが、そんな自分が想像つかないというのも、また事実だった。ぼくはこのことを後回しにすることに決め、再び食事に戻った。



     この日も夢を見た。

     最初に思ったことは、これならば、あの睡眠薬を使っておくんだった、ということだった。それほどにひどい状況だったのだ。

     夢の中、ぼくは雪山で荒れ狂う吹雪に巻き込まれていた。服はといえばなんの変哲もない春向けの私服だが、凍死からはなぜか免れているようだった。ではあるが身体の感覚がなくなるほど寒い。

     ぼくは、なにかを探していた。なにを、なぜ探すのか、についてはわからなかったが、見つけなければという焦燥感混じりの強い欲求が身体をつき動かしていた。

     雪山をどれくらいさまよっただろうか。ぼくはふらふらになっていた。

     延々と道なき道を登ったとき、急に、ここだ! という直感が身体を走った。

     ぼくは、雪の大地に手を突っ込んだ。背筋まで突き抜けるかのような冷気に思わずひるんだが、それでも、猛烈な勢いで雪を掘り始めた。

     普通だったら凍りついた雪を素手で掘れるわけがないが、これは夢である。ぼくは自分でもびっくりするような速さで雪を掘り進み、たちまちのうちに、雪に埋もれた、黒い髪の毛を見いだした。

     この人だ! ぼくは、この人を救うためにこの夢を見ているのだ! そういう認識が、電光のごとく身体を貫いた。

     大至急救助にかかる。とりあえず気道を確保しなければ。

     顔を掘り出した。

     ぼくの手が一瞬、はた、と、止まった。

    「沙矢香……」
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