「夢逐人(オリジナル長編小説)」
夢逐人
夢逐人 第一部 アキラ 11
「痛い……! 痛いよお……!」
影の中から聞こえる声は悲鳴に変わっていた。
一瞬、ぼくの手の力はゆるみかけた。
しかし。
助けなくては!
頭にその言葉がこだました。ぼくは頭を振って、ふたたび自分の手にしっかりと力を込めなおした。
とはいえこの膠着状態をなんとかしなければならない。
投げればいいんだ!
天啓のようにひらめいた。
ぼくは、幼いころから祖父に叩き込まれたように、くるりと逆を向くと、腕を握りなおして、身に染み付いている躰捌きで、ぐいっと投げた。
ぐっと抵抗が増したかと思うと、急に楽になり、五体が流れるように動いた。ぼくの目の前に、小さな身体がどさっと投げられて、落ちた。
烏の濡羽色(当時はこんな言葉知らなかったが)の髪の毛は、残念にも、やや短く切られていたが、透き通るような色白の肌をした、ものすごくきれいな子だった。見たところ、ぼくと同い年くらいの女の子だ。青いパジャマに身を包んでいる。その子が四つんばいになり、咳き込んで肩を上下に揺らしている間、ぼくは、魅入られたようにその横顔を見つめていた。
「なぜ……どうして、こんなことをするの……?」
その子は、青ざめた顔をして、ぼくをおびえた目で見ていた。
「お母さん、お母さんって、いってた。助けてほしいんだろうと、思った」
ぼくは、ちょっと気おされたように、口ごもりつつ答えた。
相手は反論した。
「助けてほしいなんて、思って……」
「いや。思っていたよ。そうでもなければ、あんな声、出せるもんか。君は、あの黒い影の中から逃げたいと思いながら、臆病だから、なにもできなかったんだ。だから、ぼくを呼んだんだ!」
「そんなことないもん!」
「そうだよ!」
「違うもん!」
「違わないよ!」
ぼくたちは不毛な口喧嘩を続けたが、すぐに、お互いにいうことがなにもなくなった。そりゃそうだ。相手のことをなにも知らないもの。
先に冷静になったのは、女の子のほうだった。
「あの……名前、なんていうの? これじゃ呼びづらくて」
ぼくも我に返った。
「晶。君は?」
「ノゾミ」
ノゾミちゃんか、と、ぼくは、心の中でつぶやいた。
急に、寒さを覚えた。気がつくと、燐光は消えていた。空からの光も弱まりつつある。どうしてだろう? 影が濃くなっているような……。
影?
ぼくは、ノゾミちゃんの肩をつかんだ。
「ノゾミちゃん、ここから早く出よう」
「ここから?」
「そうだよ。ここからだ。だんだん寒くなってきてるし、暗くなってもきてる。この感じは、さっきまで、ノゾミちゃんを取り囲んでいた、暗くて冷たい闇と、そっくり同じなんだ!」
ノゾミちゃんも、はっとした様子で周囲を見回していた。
「でも、どこへ」
「ぼくに、ついてくるんだ。そうすれば、この森を抜けられる」
ぼくは、夢の中らしく、なんの根拠もなくそういった。
影の中から聞こえる声は悲鳴に変わっていた。
一瞬、ぼくの手の力はゆるみかけた。
しかし。
助けなくては!
頭にその言葉がこだました。ぼくは頭を振って、ふたたび自分の手にしっかりと力を込めなおした。
とはいえこの膠着状態をなんとかしなければならない。
投げればいいんだ!
天啓のようにひらめいた。
ぼくは、幼いころから祖父に叩き込まれたように、くるりと逆を向くと、腕を握りなおして、身に染み付いている躰捌きで、ぐいっと投げた。
ぐっと抵抗が増したかと思うと、急に楽になり、五体が流れるように動いた。ぼくの目の前に、小さな身体がどさっと投げられて、落ちた。
烏の濡羽色(当時はこんな言葉知らなかったが)の髪の毛は、残念にも、やや短く切られていたが、透き通るような色白の肌をした、ものすごくきれいな子だった。見たところ、ぼくと同い年くらいの女の子だ。青いパジャマに身を包んでいる。その子が四つんばいになり、咳き込んで肩を上下に揺らしている間、ぼくは、魅入られたようにその横顔を見つめていた。
「なぜ……どうして、こんなことをするの……?」
その子は、青ざめた顔をして、ぼくをおびえた目で見ていた。
「お母さん、お母さんって、いってた。助けてほしいんだろうと、思った」
ぼくは、ちょっと気おされたように、口ごもりつつ答えた。
相手は反論した。
「助けてほしいなんて、思って……」
「いや。思っていたよ。そうでもなければ、あんな声、出せるもんか。君は、あの黒い影の中から逃げたいと思いながら、臆病だから、なにもできなかったんだ。だから、ぼくを呼んだんだ!」
「そんなことないもん!」
「そうだよ!」
「違うもん!」
「違わないよ!」
ぼくたちは不毛な口喧嘩を続けたが、すぐに、お互いにいうことがなにもなくなった。そりゃそうだ。相手のことをなにも知らないもの。
先に冷静になったのは、女の子のほうだった。
「あの……名前、なんていうの? これじゃ呼びづらくて」
ぼくも我に返った。
「晶。君は?」
「ノゾミ」
ノゾミちゃんか、と、ぼくは、心の中でつぶやいた。
急に、寒さを覚えた。気がつくと、燐光は消えていた。空からの光も弱まりつつある。どうしてだろう? 影が濃くなっているような……。
影?
ぼくは、ノゾミちゃんの肩をつかんだ。
「ノゾミちゃん、ここから早く出よう」
「ここから?」
「そうだよ。ここからだ。だんだん寒くなってきてるし、暗くなってもきてる。この感じは、さっきまで、ノゾミちゃんを取り囲んでいた、暗くて冷たい闇と、そっくり同じなんだ!」
ノゾミちゃんも、はっとした様子で周囲を見回していた。
「でも、どこへ」
「ぼくに、ついてくるんだ。そうすれば、この森を抜けられる」
ぼくは、夢の中らしく、なんの根拠もなくそういった。
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