「夢逐人(オリジナル長編小説)」
夢逐人
夢逐人 第一部 アキラ 15
「武甕槌神は、開祖に秘剣を教えた代償として、その心に、悪夢に立ち向かう使命感を刻み込んだのじゃ。そしてその使命感は、子孫に代々伝わることになる。わしにも、武博にも、そして晶、お前にも」
「悪夢に立ち向かうって?」
「これまでお前がやってきたことと同じじゃ。夢の中で苦難に陥っている人を、夢の中で、なんとかして救えばいい」
「もし、失敗したら?」
「その者は狂気の闇に沈むことになる」
「!」
「武甕槌神は、言葉は違うものの、そう開祖におっしゃられた。わしには、そのことを疑う理由がない。心で、わかっているからな」
「心で……」
「お前もそうだろう? さっき、自分でもいっていたな」
そうだった。ぼくは、改めていわれるまえから、祖父の言葉を、身体の芯で納得していた。
「で、でも」
他人の狂気と正気の境目を預かる、なんてあまりにも理不尽だ、とぼくがいうと、祖父はしばし、黙った。
黙られることがなによりも、その真実性を雄弁に語っていた。
「なんとかいってよ!」
「晶。わしら迫水家の血を引くものが、それについて考えなんだと思っておるのか」
「えっ」
「迫水家代々のうち、ある者は禅に行き、あるものは剣に逃れ、そしてわしや武博も、ユングやフロイトを繙いたことがないわけではない」
「父さんも」
ぼくの頭に、稲妻のようにひとつのイメージがひらめいた。
「じゃ、じゃあ、父さんは!」
父さんは入院したことがあった。軽いノイローゼということだった。当然、運ばれた先も、外科や内科といった、普通の入院先ではなかった。
精神科!
「父さんは、夢逐人としての仕事に失敗したの……?」
「失敗、というわけでもなかろう。手傷を負った、くらいのものじゃ。心の傷もそれほどひどくなかったようじゃな、医者の診断を聞いたところによると。武博には酷な話かもしれぬが、士道不覚悟のそしりは、免れんじゃろうな。武博の剣は、まだまだ未熟だったということじゃ」
「そんなの納得いかないよ!」
夜中だというのに、ぼくは叫んでいた。
はっとして、声を潜める。母さんを起こすのはやはりまずいだろう。
「やめることはできないの?」
「晶。お前、救いを求める人を夢の中で放っておくことができるか。いや、できたか、か。できなかったから、今も沙矢香ちゃんは元気に学校に通っておるのじゃろう?」
「それはそうだけど……でも、やめようと思ったことはないの?」
「それは、ないとはいわん。だが、最後には、皆が皆、自分の内なるところから来る呼び声に従った」
「呼び声……」
「武甕槌神がそのように定めた、その運命にな」
「ぼくは……」
「わしは」祖父はぼくの目を見据えた。闇の中、眼が、ぎらっと光って見えた。「お前が、この運命をしっかりと引き受けてくれることを信じておる」
「そんな」
ぼくの頭の中を、言葉がぐるぐると回っていた。そうだ。ぼくは、知っていた。身体に刻み込まれた、過去からのメッセージ。衝動……。
「そんな、大事なことを、どうしてもっと早く教えてくれなかったの?」
「わしが悪かったのじゃ」
祖父は、声を落とした。
「この、夢の中での目覚めは、代々の記録だと、普通は二十歳ころ、早くとも十八を過ぎてからでな。それまでは、余計なことを考えずにひたすら剣の修行をさせるべし、というのが伝統になっていたのじゃ。お前の目覚めが小学四年生のときだったというのは、正直な話、完全に予想外じゃった」
「じゃ、なぜ、今なの? 今、目録を授けてくれる気になったの?」
「お前が風呂場で感じた視線のせいじゃ」
「悪夢に立ち向かうって?」
「これまでお前がやってきたことと同じじゃ。夢の中で苦難に陥っている人を、夢の中で、なんとかして救えばいい」
「もし、失敗したら?」
「その者は狂気の闇に沈むことになる」
「!」
「武甕槌神は、言葉は違うものの、そう開祖におっしゃられた。わしには、そのことを疑う理由がない。心で、わかっているからな」
「心で……」
「お前もそうだろう? さっき、自分でもいっていたな」
そうだった。ぼくは、改めていわれるまえから、祖父の言葉を、身体の芯で納得していた。
「で、でも」
他人の狂気と正気の境目を預かる、なんてあまりにも理不尽だ、とぼくがいうと、祖父はしばし、黙った。
黙られることがなによりも、その真実性を雄弁に語っていた。
「なんとかいってよ!」
「晶。わしら迫水家の血を引くものが、それについて考えなんだと思っておるのか」
「えっ」
「迫水家代々のうち、ある者は禅に行き、あるものは剣に逃れ、そしてわしや武博も、ユングやフロイトを繙いたことがないわけではない」
「父さんも」
ぼくの頭に、稲妻のようにひとつのイメージがひらめいた。
「じゃ、じゃあ、父さんは!」
父さんは入院したことがあった。軽いノイローゼということだった。当然、運ばれた先も、外科や内科といった、普通の入院先ではなかった。
精神科!
「父さんは、夢逐人としての仕事に失敗したの……?」
「失敗、というわけでもなかろう。手傷を負った、くらいのものじゃ。心の傷もそれほどひどくなかったようじゃな、医者の診断を聞いたところによると。武博には酷な話かもしれぬが、士道不覚悟のそしりは、免れんじゃろうな。武博の剣は、まだまだ未熟だったということじゃ」
「そんなの納得いかないよ!」
夜中だというのに、ぼくは叫んでいた。
はっとして、声を潜める。母さんを起こすのはやはりまずいだろう。
「やめることはできないの?」
「晶。お前、救いを求める人を夢の中で放っておくことができるか。いや、できたか、か。できなかったから、今も沙矢香ちゃんは元気に学校に通っておるのじゃろう?」
「それはそうだけど……でも、やめようと思ったことはないの?」
「それは、ないとはいわん。だが、最後には、皆が皆、自分の内なるところから来る呼び声に従った」
「呼び声……」
「武甕槌神がそのように定めた、その運命にな」
「ぼくは……」
「わしは」祖父はぼくの目を見据えた。闇の中、眼が、ぎらっと光って見えた。「お前が、この運命をしっかりと引き受けてくれることを信じておる」
「そんな」
ぼくの頭の中を、言葉がぐるぐると回っていた。そうだ。ぼくは、知っていた。身体に刻み込まれた、過去からのメッセージ。衝動……。
「そんな、大事なことを、どうしてもっと早く教えてくれなかったの?」
「わしが悪かったのじゃ」
祖父は、声を落とした。
「この、夢の中での目覚めは、代々の記録だと、普通は二十歳ころ、早くとも十八を過ぎてからでな。それまでは、余計なことを考えずにひたすら剣の修行をさせるべし、というのが伝統になっていたのじゃ。お前の目覚めが小学四年生のときだったというのは、正直な話、完全に予想外じゃった」
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