「夢逐人(オリジナル長編小説)」
夢逐人
夢逐人 第一部 アキラ 20
影切を落とさないように気を配りつつ、木登りとかロッククライミングの要領で、太い腕を無理矢理登っていく。ロッククライミングはやったことないが、幼いころは庭の木によく登ったものだし、沙矢香と行った遊園地ではフリークライミング(さまざまな出っ張りがあるコンクリートの壁を、命綱をつけて登るやつね)に挑戦したこともあるのだ。ちなみにそこでは、上級者向けの壁を登りきってしまい、インストラクターを感心させたものである。たぶんそこの壁には、何人もの成功した挑戦者に混じって、ぼくの写真もあるはずだ。
そういう心得はあったものの、腕を登るのはとても簡単には行かなかった。ぼくが着ているこの羽織袴というやつは、こういう作業にはまったく不向きにできていることはわかってくれると思う。そのうえ、登ろうとするこの腕自体、テレビで見る屋久杉の大木のように太かったし、弾力があるその肌には足をかけて休めるようなところがまるでない。いきおい一面に生えている毛をつかみながら登ることになるわけだが、その毛がぼくの体重を支えてくれる、という保障はないのだ。汗なのか油なのかは知らないが液は漏れてくるし、なまあたたかくて気持ち悪い。そして当然、腕はじっとしているわけではなかった。
宇宙にはまったく興味はなかったが、それでもロケット発着時の加速度に負けないように宇宙飛行士を鍛えるための、竹とんぼのオバケみたいな機械のことは知っている。まさにあれ。変なものにへばりつかれたのが気持ち悪いのか、腕は激しく上下左右に振り回され、ぼくは完全に三半規管をやられて目が回ってしまった。正直なところ、登る、というよりもしがみついているだけで精一杯、といったほうが正しかった。
毛を握ってなんとか腕にへばりついていたぼくの右手が、するりとすっぽ抜けた。あっと思う暇もなかった。ぼくは闇の中に放り出された。
それでも、ゲーム盤から出ることには成功したようだ。だが、自分がいる状態がさっきよりマシだとはとても思えなかった。そんな思いが、空中にいるほんのわずかな間に脳裏をかけめぐった。
ぼくはテーブルの隅に叩きつけられた。
身体がバラバラになっていてもおかしくない高さとスピード、それに衝撃だった。頭がショックと激痛とで、一瞬、真っ白になった。
意識はすぐに回復したものの、身体が動くようになるまでには、痺れに耐えるだけの時間が必要だった。一秒後だか十秒後だかに、ぼくは目を開け、そして立った。自分でも立てたということが信じられなかった。
上を見上げる。先ほどまではゲーム盤に照りつける光で、上の様子はなにも見えないも同然だったが、こうなったら見えるはずだ。
で、見た。
海外ドラマによく出てくるような、腹だけは出ているがそのほかはがっしりとした体格の、Tシャツ姿の白人の巨人が数人、テーブルを囲んでぼくを見下ろしていた。一人だけは見下ろしていなかったが、そいつの目には黒い目隠しがされていた。サイコロを振っていたのはそいつらしい。テーブルの上にはチップ(これがぼくが座れるくらいの大きさがあるのだ)と紙幣、缶ビール、吸殻が山と積まれた灰皿、チキンナゲットなどが乱雑に置かれている。
彼らの目は、ぼくに対して好意的だとはまったく思えなかった。
孤立、という言葉が頭をぐるんぐるんした。
巨人に対して(いや、ぼくが小さいのだろう)どう戦えというんだ?
腰に手を伸ばした。ありがたいことに、影切はまだ鞘にしっかりと納まっていた。これは影切に備わった力なのか、刀というものはそう簡単に振り回されても抜け落ちたりしないものなのかについては判然としないが、とにかく、心強い味方がそばにいることには間違いない。
ぼくは影切を抜きかけ、やめた。一寸法師も、なんの考えもなく縫い針の剣をふるっていたわけではないだろう。頭を使わなければ。
巨人たちも、どうやらおとなしくギャンブルに興じてくれているわけにはいかないようだった。
緑色のシャツを着た一人が雑誌らしきものを丸めた。それで叩き潰そうというつもりらしい。これじゃほんとにゴキブリだ。ぼくは上を向きつつ、呼吸を整えた。目と目が合った。
雑誌が振り下ろされてきた。ぼくは身を翻してかわした。
走る。
そういう心得はあったものの、腕を登るのはとても簡単には行かなかった。ぼくが着ているこの羽織袴というやつは、こういう作業にはまったく不向きにできていることはわかってくれると思う。そのうえ、登ろうとするこの腕自体、テレビで見る屋久杉の大木のように太かったし、弾力があるその肌には足をかけて休めるようなところがまるでない。いきおい一面に生えている毛をつかみながら登ることになるわけだが、その毛がぼくの体重を支えてくれる、という保障はないのだ。汗なのか油なのかは知らないが液は漏れてくるし、なまあたたかくて気持ち悪い。そして当然、腕はじっとしているわけではなかった。
宇宙にはまったく興味はなかったが、それでもロケット発着時の加速度に負けないように宇宙飛行士を鍛えるための、竹とんぼのオバケみたいな機械のことは知っている。まさにあれ。変なものにへばりつかれたのが気持ち悪いのか、腕は激しく上下左右に振り回され、ぼくは完全に三半規管をやられて目が回ってしまった。正直なところ、登る、というよりもしがみついているだけで精一杯、といったほうが正しかった。
毛を握ってなんとか腕にへばりついていたぼくの右手が、するりとすっぽ抜けた。あっと思う暇もなかった。ぼくは闇の中に放り出された。
それでも、ゲーム盤から出ることには成功したようだ。だが、自分がいる状態がさっきよりマシだとはとても思えなかった。そんな思いが、空中にいるほんのわずかな間に脳裏をかけめぐった。
ぼくはテーブルの隅に叩きつけられた。
身体がバラバラになっていてもおかしくない高さとスピード、それに衝撃だった。頭がショックと激痛とで、一瞬、真っ白になった。
意識はすぐに回復したものの、身体が動くようになるまでには、痺れに耐えるだけの時間が必要だった。一秒後だか十秒後だかに、ぼくは目を開け、そして立った。自分でも立てたということが信じられなかった。
上を見上げる。先ほどまではゲーム盤に照りつける光で、上の様子はなにも見えないも同然だったが、こうなったら見えるはずだ。
で、見た。
海外ドラマによく出てくるような、腹だけは出ているがそのほかはがっしりとした体格の、Tシャツ姿の白人の巨人が数人、テーブルを囲んでぼくを見下ろしていた。一人だけは見下ろしていなかったが、そいつの目には黒い目隠しがされていた。サイコロを振っていたのはそいつらしい。テーブルの上にはチップ(これがぼくが座れるくらいの大きさがあるのだ)と紙幣、缶ビール、吸殻が山と積まれた灰皿、チキンナゲットなどが乱雑に置かれている。
彼らの目は、ぼくに対して好意的だとはまったく思えなかった。
孤立、という言葉が頭をぐるんぐるんした。
巨人に対して(いや、ぼくが小さいのだろう)どう戦えというんだ?
腰に手を伸ばした。ありがたいことに、影切はまだ鞘にしっかりと納まっていた。これは影切に備わった力なのか、刀というものはそう簡単に振り回されても抜け落ちたりしないものなのかについては判然としないが、とにかく、心強い味方がそばにいることには間違いない。
ぼくは影切を抜きかけ、やめた。一寸法師も、なんの考えもなく縫い針の剣をふるっていたわけではないだろう。頭を使わなければ。
巨人たちも、どうやらおとなしくギャンブルに興じてくれているわけにはいかないようだった。
緑色のシャツを着た一人が雑誌らしきものを丸めた。それで叩き潰そうというつもりらしい。これじゃほんとにゴキブリだ。ぼくは上を向きつつ、呼吸を整えた。目と目が合った。
雑誌が振り下ろされてきた。ぼくは身を翻してかわした。
走る。
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