「夢逐人(オリジナル長編小説)」
    夢逐人

    夢逐人 第一部 アキラ 26

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     この日は、学校に行っても、ちっとも授業に身が入らなかった。勉強に身が入らないのは、いつものことだが、今日はいつも以上に上の空だった。

     英語でとんちんかんな和訳をつけ、数学でめちゃくちゃな解を導き出し、それを指摘されても気づかなかったのだから。

     ぼくは立たされなかった。二日続けて廊下に立たせるなどということは、さすがに山本も避けたのだろう。PTAでも恐れたのかもしれないが、うちの保護者は子供が悪いことをしたら問答無用でぶん殴るタイプなのだ。まあ、立たされなければそれに越したことはないからいいのだが。

     昼休みになっても、ぼくはぼんやりと弁当を食べていたらしい。食欲も別にないし、味だってろくすっぽ感じなかったのだが、栄養をつけるために重湯を飲んでいると思えば同じことだ。

     卵焼きをつついていたとき、影がよぎった。

     沙矢香だった。

    「なに、ぼーっとしているのよ。またいってほしかったの? 『この木刀……』」

     ぼーっとしていたぼくは、我に返っていった。

    「え、別に、ぼーっとしてなんかいないよ。だから木刀うんぬんはけっこうだ」

    「うそ」

     沙矢香は決め付けるようにいった。

    「いや、嘘なんかじゃ……」

    「自分がどんな顔をしていたか、気づいているの? 自分の顔だから気づかないか。ほら、ここに鏡があるわ」

     沙矢香は掌よりも小さい手鏡を取り出すと、ぼくの顔を写した。

     まぬけ面がそこにはあった。

     ぼくは、思い切りしかめつらをして、まぬけな影を消した。

    「それで?」

    「なにがあったのよ」

    「なにがって、なにもないよ」

     さっきと同じようにしらを切る。

    「まったく、アキラって、どうしてそうなんだか」

     沙矢香は机の前でひざをつくと、机の上で両手を組んで顎を乗せ、ぼくの目をじっと見つめた。

     ぼくは弁当箱を持ち上げると、いつもはしないような勢いで、ご飯を思い切りかきこんだ。あまりみっともいい格好ではなかったが、それしか、沙矢香の瞳を避ける手段が思い浮かばなかったからだ。

     しかし、無限の時間を使って弁当をかきこむわけにもいかない。米にも、おかずにも、限界というものがある。食べきったら、終わりだ。

     弁当箱を下ろして、蓋を閉めると、また、沙矢香の瞳とぶつかった。

     ぼくは箸箱に箸を入れ、弁当箱と一緒に、ふきんで包み直した。

    「本当に、なんでもないよ」

     沙矢香は信じていなかった。それが、瞳の色からよくわかった。

    「話せないの?」

    「なんでもないったら」

    「話せないのね」

     その瞳に、悲しみが混じった、そんな気がした。

     良心が痛みを覚えた。沙矢香とは、長いつきあいになる。ある意味、友達以上の存在だ。そんな沙矢香に、人生の転機とでもいうものを迎えながら、ぼくは内心を話すことを許されていないのだ。話しても信じてもらえないというのがひとつ。鹿澄夢刀流の口伝ゆえにしゃべるわけにはいかないというのがひとつ。そして、その最大の理由は、話して、信じてもらえたとしても、沙矢香にはなにをどうすることもできないから、ということなのだ。

    「話してくれないのね」

     ぼくは、心を鬼にして、黙った。これからは、毎日が、こうして心を鬼にすることの連続になるだろう。

     沙矢香は立ち上がった。

    「いいわ」

     いいって?

    「アキラ」

     声のトーンに変わりはなかった。それが、なぜかとてつもなく恐ろしく思えた。

    「な、なに?」

    「放課後、つきあってくれない?」

    「つきあうって」

    「モスよ。ハンバーガー好きでしょ?」

     嫌いじゃなかった。お金もあった。バカ食い、というものをすれば、気分も紛れるんじゃないかという判断も働いた。後は、祖父をなんとかするだけだが……なんとかなるだろう。

    「いいよ」

     ぼくは答えた。
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    Re: LandMさん

    そういやわたしも鏡なんかしみじみと見ないな……。

    見るとしたら朝、顔を洗ってひげをそるときくらいだな……。

    まあ晶も、もっと鏡を見てもいいのにな、とは思います(^_^;)

    NoTitle

    あんまり自分の姿は見ないですよね。
    特に忙しいときとか精神的に疲れがあるときとかは見ないですからね。そういうときに鏡を見て、ギョッと思うときはありますね。
    まあ、それでも乗り越えるのが人ってもんですが。
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