「夢逐人(オリジナル長編小説)」
    夢逐人

    夢逐人 第一部 アキラ 27

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     駅の近くまで行けば、マックもあるし、ファミレスも喫茶店もごろごろしているし、お金のない高校生がお茶なり間食なりヤケ食いなりをするところには事欠かないのだが、そこまでバスや自転車で行くのは面倒くさいので、うちの学校に通う、お腹をすかせたお金のない高校生は、学校近くのバス停隣に鎮座ましましている、地方都市の郊外によくあるタイプのモスバーガーに行くと相場が決まっている。まあ、マックに比べればお金はちょっと張るが、味はいい(ような気がする)ので、ぼくは気に入っていた。

     お金があったと思っていたが、勘違いで、あまり財布には札も硬貨も入ってはいなかった。そういえば、こないだ、本屋で、参考書(「ミジンコでもわかる高校数学基礎」)と、人情時代小説(「藍染屋半太」)といっしょに、辞書を一冊買ったんだっけ。英語の成績があまりにもひどいので、向上させようと思って、がらにもなく「タワー英々辞典」を。買ってみたもののよけいちんぷんかんぷんさが増しただけで、お金が数千円ドブに消えただけだった。高い買い物だったなあ。

     そんなわけで、バカ食いをする、と、密かに意気込んだ割には、コーヒーシェイクと、オニポテと、フィッシュバーガーにテリヤキチキンバーガーを買っただけでお金は尽きてしまった。情けない。

     沙矢香がテーブルで待っていた。

    「なににしたの?」

    「アイスコーヒー」

     ぼくは思わず、足を滑らせそうになってしまった。

    「なんだよそれ。それじゃモスに来る意味がないじゃない」

    「ダイエットしてるんだもの」

     そんな必要がある身体には見えない。

     しばらく、二人とも黙った。

     ぼくは、なにかいって、沈黙を破ろうとしたが、なんとはなくの空気のようなものに阻まれて、しゃべることはできなかった。

    「お待たせいたしましたあ」

     バイトのおばちゃんがやってきて、ぼくたちの席に、注文の品が乗ったお盆を置いてくれた。

     ぼくは、フィッシュバーガーを手に取った。フィッシュバーガーは、油が熱々のうちに食べるのが一番おいしいのだ。

     一口食べる。ざくっ、という、フライを噛む音とともに、油とタルタルソース、それに魚のうまみが口中に広がる。よくぞ文明人に生まれたり、だ。

     そのまま一心に咀嚼を続けた。たちまちのうちに手の中のバーガーはなくなった。

     シェイクに一口、口をつけると、オニポテに手を伸ばす。

     沙矢香はなにを企んでいるのだかわからない顔でアイスコーヒーをすすっている。

    「沙矢香、ぼくは……」

     背後で、扉が開く音がした。

    「来たみたいね」

     小声で、沙矢香はいった。ぼくは後ろを振り返った。高校生くらいの男子の一団が入ってくるのが見える。あのブレザーは、青啓高校の制服だ。それだけを確認すると、ぼくは沙矢香に視線を戻した。

    「青啓のやつらじゃないか。あいつらに、なにか用でもあるのか?」

     沙矢香は、カップをテーブルに置いた。

    「前にも話したでしょ?」

    「え?」

    「西連寺くん」

     ぼくは、思い出せそうで思い出せないもどかしさの中、記憶をたどった。

    「乗り換えちゃおうかな、って」

     その言葉でようやく、頭の回路がつながった。後輩たちの間で人気の、青啓の男子生徒。ぼくはぶすっとした。

    「興味ないね」

     沙矢香のたくらみはわかった。ぼくから、その西連寺なんとかというやつに乗り換えると脅すことで、昼休みの意趣がえしにしようというんだろう。『友原のビビアン・リー』が本気になって口説けば、たいていの男は参ってしまうはずだ。それでぼくは嫌な気分になると。

     だけど、そうは問屋が下ろすものか。

    「沙矢香がどんな男とつきあおうといいよ。別に、ぼくはそんなことにちっとも興味はないんだから」

     テリヤキチキンバーガーにかじりつく。

    「喜んで、沙矢香を祝福してあげるさ」

     沙矢香はぼくを見てにやにやしていた。ぼくはよっぽどひどい仏頂面でもしていたらしい。

    「どんな男なのか、興味はない?」

    「ないったらないね」

     強がりなのか意固地になっているだけなのか、ぼくは自分でも、なにを口走っているかわからなくなりつつあった。

    「どうせ、沙矢香が気に入っている相手なんだから、乱暴で、がさつで、無神経で、体育会系で、わんわん鳴けば犬も同然なやつだろう。そんな奴とは、関り合いになりたくないね」

     本当は、興味がないなんてわけがあるはずがない。

     沙矢香は、きらきら輝くような笑顔で、ぼくに、西連寺望の情報をしゃべり続けた。

    「西連寺くんは、この街におととし越してきた、ちょっとしたお金持ちの家の子よ。なんでも家は、時形流とかいう日本舞踊の家元なんだって。家元はお兄さんが継ぐらしいけど、西連寺くんもすごくかわいい男の子で……」

     聞いちゃいられないね。

     自分でもびっくりするくらいの、記録的な速度で、テリヤキチキンバーガーを胃袋に納めて、シェイクを真空ポンプみたいにすすり込んだぼくは、猛然と立ち上がった。

    「じゃ、おやつも食べたし帰るとするよ」

     沙矢香はにこにこしながら手を振ってくれた。

     ぼくは椅子を蹴って振り返り……。

     深く印象に刻みつけられている顔と視線が合った。人形かと思えるほど整った面立ち、透き通るかのような白い肌。向こうも、信じられないものを見たように、その目が見開かれている。

    「ノゾミちゃん……」

    「アキラちゃん……?」

     青啓高校の制服に間違いない。青啓高校が女子も入れるようになったとは聞いたためしがない。

     ということは。

     ノゾミちゃんは、男の子だったんだ!

     背後で、沙矢香が、呆然としたようにいった。

    「あ、アキラ、あなた、西連寺くんと知り合いだったの?」

     ノゾミちゃんが西連寺くん?

     頭が真っ白になったぼくは、機械みたいに自己紹介していた。

    「蓉秀女子高等学校二年A組、迫水晶です。みんなからは男みたいな女だっていわれています」

     ノゾミちゃん、いや、西連寺くんがどんな答えかたをしたのかは覚えていない。ぼくは、ウサギのようにその場を走って逃げ出したからだ。

     その日は一日中、自分がなにをいったのかについての、深刻な自己嫌悪は消えることはなかった。

     ノゾミちゃん……。

     結局、ぼくにできるのは、刀を抱いて寝るくらいのことだった。

     ほんと、ぼく、なにをやってるんだろ?
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    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    この小説はここまで書いていたときがいちばん楽しかったです。落とし穴掘ったり指紋を拭き消したり。

    その苦労ぶりはこの先の「サヤカ」の章を読むとよくわかると思います(^^)

    大好きなんですこういう趣向。

    完璧にだまされた(・o・)

    問題の個所を二度見、三度読み(笑)

    女の子だったのかい!
    てっきり男の子だとばっかり。
    私の中の晶ちゃん像の大幅修正を迫られました。

    ノゾミちゃんともども、完全にやられました;;

    Re: 安田勁さん

    安田勁さんはボクっ娘派ですか。

    この小説を書いたのは2008年ごろですが、初めてボクっ娘を描いてみて、これもこれでありだなあ、と思ったのを覚えています(^_^)

    Re: LandMさん

    わたしはやけを起こして焼き肉屋へ行き、「ロース定食とモツ三種盛り合わせ」と頼んだところ、定食のほかに皿がどさっと来たことがあります。盛り合わせだから、三種で一人前の量が来るものだと思ったら三人前が来た、という(笑) 定食とあわせて四人前(笑)

    ……いや全部食べましたけど(^_^;)

    やけ食いはやめようね(笑)

    ところで、なんてファミレスですそこ。料理ひと皿500円だったとしても六種類しかないんですか。よほどうまいんだろうなそこ(^_^)

    Re: 矢端想さん

    なにせこの時が来るのをうずうずしながら待っていたもんで。

    焦りみたいなのがあったのかなあ。うむむ。

    あの時は、寝ながら読んでいたらいきなり飛び起きるような小説にしよう、と意気込んでいましたが、よく考えると、本にしたとき表紙にどんな絵を描いたらいいの(笑) ラノベなのに(笑)

    NoTitle

    読んでてなぜかガッツポーズしてしまいました。
    なんだかんだ言って、やっぱりこういう展開好きなのかも…

    NoTitle

    某お店ですべてのメニューを頼んでも、
    一人3000円しかかからなったというファミレスがあるという。。。
    ( 一一)。

    まあ、そんなことする友達も友達なのですが。
    やけ食いはファミレスに限りますね。

    NoTitle

    いや、びっくりした!びっくりしましたよ。まんまと騙された!
    こういうミスリードはビジュアルのない小説ならではの面白さですね。
    彼が女であることを示す手掛かりを見落としたかな・・・。

    みんなびっくりしてると思いますが、びっくりしたタイミングにドヤ顔で「驚いたかー」なセルフコメだったので、ちょっぴり興醒めしてむしろコメントしにくくなったんじゃないかな。

    Re: 山西 サキさん

    今のところわたしの叙述トリックにびっくりしてくれたのはきみだけだ。

    ありがとう。嬉しいです。(T_T)

    NoTitle

    え~~~~~~~!!!
    混乱!
    やられました!
    まさかこれをやられるとは……

    誰が迫水晶は男だなどといったのかね? わたしはひとこともそんなことをいったおぼえはないぞ。(笑)

    ノゾミちゃんの正体も隠した覚えはない。疑うならば登場人物表を見よ(笑)

    こういう趣向、わたし大好きで(^_^)
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