「夢逐人(オリジナル長編小説)」
夢逐人
夢逐人 第二部 サヤカ 5
あたしの不思慮な言動により、「あの、迫水晶、男に惚れる」という大ニュースは、二時間目の休み時間までには、燎原の火のごとく学校中に広まっていた。昼休みになると、あたしの教室の周りは、なんとなくやってきましたという生徒でごったがえしていた。いずれも、かつてアキラにラブレターを送ったようなやつらであろう。
まったく業が深い。
アキラはいつものように超然としているように見えた。実際はぼーっとしていただけであるが、そんな区別など、あたしにしかできない。
友人ナンバーワンと目されていたあたしは、周囲から徹底的な質問責めにあった。たまらないので、アキラを見捨てて、生徒会室へ向かったのだが、そこでも、似たような光景が繰り返された。
『あの……国枝さん?』
『なんですか、副会長?』
『迫水さんに、昨日、なにかあったって本当?』
『なにか、というほどのことじゃないですよ。モスバーガーで、青啓の男子と行き合わせたんです。そこで、迫水さんはびっくりして逃げちゃった。それだけです』
『ふうん……それだけ?』
『それだけもそれだけです、先輩』
『でも、その相手は、西連寺くんだったって聞いたけど』
『だからびっくりしちゃったんでしょう。あんなにかわいい男の子、そうはいませんから。あたしの見た限りでは、二人はろくに言葉すらも交わしませんでしたね』
『ふうん……』
そんな会話ばかりが続き、あたしはへろへろになってしまった。
教室へ戻ると、ぼーっとしたアキラを囲んで、人だかりができていた。こういうことについては、ほとんど免疫がないために、隙だらけのアキラのことだ、おそらく、誘導されるがままに、全部しゃべってしまったに相違あるまい。
予鈴が鳴った。教室中の生徒が、自分の席へと戻っていく。
あの迫水さんがねえ、意外だわ、堅い人だと思ってたのに、などという言葉がちらほらと聞かれた。やっぱりみんなそう思うらしい。あたしは、アキラが冷静さを取り戻したときの反動を考えて、ぞくぞくした。
四時限目は、あたしの大嫌いな古文だった。あたしがアキラにまったくかなわない唯一の授業だ。アキラの成績は、全て均等にならすと中の上から中の中というところだが、その内訳はといえば、中学のころから、英語と理科と数学は、赤点すれすれの、地を這うような点数で、国語と日本史は、学年でもトップレベルなのだ。好きな教科しか勉強していない、というわけでもなく、アキラも、なんでこんなに差がつくのか自分でもわからない、とこぼしていたが、思うに、英文とか数式とか化学式とか、縦書きにできないものが出てくる学問は全部苦手なのだろう。
古文の担当は浅原だった。ぶくぶく太った不細工な女で、その偉そうな態度ゆえに、生徒からは、代々『尊師』と呼ばれてきた教師である。
尊師は、黒板に、ややこしい藤原氏の系図を、耳障りなチョークの音をカチカチキーキーいわせながら書き、これまたややこしい解説を行なった。あたしは、日本史の授業のつもりか、と心の中で思いながら、ノートを取った。
尊師の目が、ぎらっと光った。一人だけ、ノートを取ってない人間を目にしたからである。
もちろん、アキラであった。
尊師は、きっとアキラをにらみつけると、顔からは想像もつかぬ猫なで声でいった。
「迫水さん?」
アキラは聞こえていなかったらしい。
「迫水さん? ……迫水さん!」
尊師は手元のテキストを丸めた。どたどたと歩き、アキラの頭を叩こうとする。あたしは、次の行動を予測して目を覆った。
アキラは、無意識によけたのだった。武術なんか変にかじっていると、こういうところで取るべき反応が取れないといういい見本である。
尊師はこれで完全にキレたらしい。
「迫水さんっ!」
そう叫んで、一発、アキラの頬をぶとうとしたのだ。
「先生、ダメです!」
あたしは、立ち上がって叫んだ。
手遅れだった。
まったく業が深い。
アキラはいつものように超然としているように見えた。実際はぼーっとしていただけであるが、そんな区別など、あたしにしかできない。
友人ナンバーワンと目されていたあたしは、周囲から徹底的な質問責めにあった。たまらないので、アキラを見捨てて、生徒会室へ向かったのだが、そこでも、似たような光景が繰り返された。
『あの……国枝さん?』
『なんですか、副会長?』
『迫水さんに、昨日、なにかあったって本当?』
『なにか、というほどのことじゃないですよ。モスバーガーで、青啓の男子と行き合わせたんです。そこで、迫水さんはびっくりして逃げちゃった。それだけです』
『ふうん……それだけ?』
『それだけもそれだけです、先輩』
『でも、その相手は、西連寺くんだったって聞いたけど』
『だからびっくりしちゃったんでしょう。あんなにかわいい男の子、そうはいませんから。あたしの見た限りでは、二人はろくに言葉すらも交わしませんでしたね』
『ふうん……』
そんな会話ばかりが続き、あたしはへろへろになってしまった。
教室へ戻ると、ぼーっとしたアキラを囲んで、人だかりができていた。こういうことについては、ほとんど免疫がないために、隙だらけのアキラのことだ、おそらく、誘導されるがままに、全部しゃべってしまったに相違あるまい。
予鈴が鳴った。教室中の生徒が、自分の席へと戻っていく。
あの迫水さんがねえ、意外だわ、堅い人だと思ってたのに、などという言葉がちらほらと聞かれた。やっぱりみんなそう思うらしい。あたしは、アキラが冷静さを取り戻したときの反動を考えて、ぞくぞくした。
四時限目は、あたしの大嫌いな古文だった。あたしがアキラにまったくかなわない唯一の授業だ。アキラの成績は、全て均等にならすと中の上から中の中というところだが、その内訳はといえば、中学のころから、英語と理科と数学は、赤点すれすれの、地を這うような点数で、国語と日本史は、学年でもトップレベルなのだ。好きな教科しか勉強していない、というわけでもなく、アキラも、なんでこんなに差がつくのか自分でもわからない、とこぼしていたが、思うに、英文とか数式とか化学式とか、縦書きにできないものが出てくる学問は全部苦手なのだろう。
古文の担当は浅原だった。ぶくぶく太った不細工な女で、その偉そうな態度ゆえに、生徒からは、代々『尊師』と呼ばれてきた教師である。
尊師は、黒板に、ややこしい藤原氏の系図を、耳障りなチョークの音をカチカチキーキーいわせながら書き、これまたややこしい解説を行なった。あたしは、日本史の授業のつもりか、と心の中で思いながら、ノートを取った。
尊師の目が、ぎらっと光った。一人だけ、ノートを取ってない人間を目にしたからである。
もちろん、アキラであった。
尊師は、きっとアキラをにらみつけると、顔からは想像もつかぬ猫なで声でいった。
「迫水さん?」
アキラは聞こえていなかったらしい。
「迫水さん? ……迫水さん!」
尊師は手元のテキストを丸めた。どたどたと歩き、アキラの頭を叩こうとする。あたしは、次の行動を予測して目を覆った。
アキラは、無意識によけたのだった。武術なんか変にかじっていると、こういうところで取るべき反応が取れないといういい見本である。
尊師はこれで完全にキレたらしい。
「迫水さんっ!」
そう叫んで、一発、アキラの頬をぶとうとしたのだ。
「先生、ダメです!」
あたしは、立ち上がって叫んだ。
手遅れだった。
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