「夢逐人(オリジナル長編小説)」
夢逐人
夢逐人 第三部 ノゾミ 8
ぼくは、封筒に触れないように眺めた。
「沙矢香ちゃんの字じゃ」
「本当ですか?」
「疑う余地はない。あの娘とも、長いつきあいじゃから、一目でわかる」
「だったら、すぐに警察に連絡したほうがいいです。いや、しない理由のほうがわかりません」
「晶はわしらになにも告げずに出て行った」
老人は、低い声でいった。
「あの馬鹿は、封筒は置き忘れたが、中の手紙は持って行きよった。もし、わしらにも聞かせられる内容だとすれば、その場で話さないはずがない。それをしなかったということは」
頭の中で線がつながり、ぼくの口の中はからからになった。誘拐者側の常套手段だが、こうとしか考えられない。
「警察や家族にはしゃべるな……」
ぼくはのろのろといった。
「もししゃべったら、娘を殺す……と、書かれていた?」
「じゃろうな」
ぼくは叫んだ。
「だったらよけいです! すぐに、警察に知らせるべきです!」
「そこで問題の二つ目が出てくる」
「二つ目?」
おばさんが、手に顔を埋めて泣き出した。ぼくは、水差しからコップに水を注いだ。おばさんに差し出す。おばさんは、反応しなかった。やり場のなくなったぼくは、水を一口飲んだ。
老人は、癌でも告白するかのようにいった。
「あの大たわけは、『影切』を持ち出したのじゃ」
ぼくはぽかんとした。
「影切?」
老人は、いらだったようにいった。
「わが家に代々伝わる、脇差じゃ」
えっ。
「もしかして、脇差って、あの、時代劇なんかを見てるとよく出てくる、短い刀のことですか?」
「お主、日本語ができんのか。他にどんな脇差があるというんじゃ」
「脇差……脇差!」
自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。水をもう一口飲む。
「き、切れませんよね?」
「わしらの先祖が代々に渡って、入念に手入れしてきたのだぞ。切れないわけがなかろうが」
真剣なのか!
「迫水さんが怪我をしてしまう!」
「それは問題の立脚点が間違っとる。危ないのはむしろ、相手のほうじゃ。あの馬鹿娘が本気で影切を振るったら、大学の剣道部員程度が相手ならば、少なく見積もっても三人は殺せる」
ぼくは、返り血で真っ赤に染まった迫水さんを想像した。足ががくがくしてくる。
「で、でも、迫水さん、冷静そうな人ですし」
「手紙に踊らされて、なにが待っているかもわからぬ先に、日本刀をかついで乗り込んでいくような娘のどこが冷静なんじゃ」
老人は冷静な口調でいった。
後から考えてみると、老人もそうとう慌てていたのだろう。いわゆる、パニック状態に陥ってしまっていたのだ。例えば、地震に遭ったとき、どこか他人事のように構えて、避難が遅れる、といったようなもので。
「それならなおさら、警察に知らせるべきです」
「このことが警察に知れたら、晶と沙矢香ちゃんの学生生活は終わりじゃ」
老人も頑固だった。
「それだけは避けねばならん。最悪の事態が起きる前に、なんとしてでも晶を見つけだして止めるのじゃ。お主も、つきあってくれるな?」
ぼくは、反射的にうなずいていた。
「でも、ぼくに、なにができるっていうんです?」
「夢じゃ」
「夢?」
「そうじゃ。お主が見た、沙矢香ちゃんに関する夢を、手がかりにさせてもらう。今朝も見たんじゃろう?
「沙矢香ちゃんの字じゃ」
「本当ですか?」
「疑う余地はない。あの娘とも、長いつきあいじゃから、一目でわかる」
「だったら、すぐに警察に連絡したほうがいいです。いや、しない理由のほうがわかりません」
「晶はわしらになにも告げずに出て行った」
老人は、低い声でいった。
「あの馬鹿は、封筒は置き忘れたが、中の手紙は持って行きよった。もし、わしらにも聞かせられる内容だとすれば、その場で話さないはずがない。それをしなかったということは」
頭の中で線がつながり、ぼくの口の中はからからになった。誘拐者側の常套手段だが、こうとしか考えられない。
「警察や家族にはしゃべるな……」
ぼくはのろのろといった。
「もししゃべったら、娘を殺す……と、書かれていた?」
「じゃろうな」
ぼくは叫んだ。
「だったらよけいです! すぐに、警察に知らせるべきです!」
「そこで問題の二つ目が出てくる」
「二つ目?」
おばさんが、手に顔を埋めて泣き出した。ぼくは、水差しからコップに水を注いだ。おばさんに差し出す。おばさんは、反応しなかった。やり場のなくなったぼくは、水を一口飲んだ。
老人は、癌でも告白するかのようにいった。
「あの大たわけは、『影切』を持ち出したのじゃ」
ぼくはぽかんとした。
「影切?」
老人は、いらだったようにいった。
「わが家に代々伝わる、脇差じゃ」
えっ。
「もしかして、脇差って、あの、時代劇なんかを見てるとよく出てくる、短い刀のことですか?」
「お主、日本語ができんのか。他にどんな脇差があるというんじゃ」
「脇差……脇差!」
自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。水をもう一口飲む。
「き、切れませんよね?」
「わしらの先祖が代々に渡って、入念に手入れしてきたのだぞ。切れないわけがなかろうが」
真剣なのか!
「迫水さんが怪我をしてしまう!」
「それは問題の立脚点が間違っとる。危ないのはむしろ、相手のほうじゃ。あの馬鹿娘が本気で影切を振るったら、大学の剣道部員程度が相手ならば、少なく見積もっても三人は殺せる」
ぼくは、返り血で真っ赤に染まった迫水さんを想像した。足ががくがくしてくる。
「で、でも、迫水さん、冷静そうな人ですし」
「手紙に踊らされて、なにが待っているかもわからぬ先に、日本刀をかついで乗り込んでいくような娘のどこが冷静なんじゃ」
老人は冷静な口調でいった。
後から考えてみると、老人もそうとう慌てていたのだろう。いわゆる、パニック状態に陥ってしまっていたのだ。例えば、地震に遭ったとき、どこか他人事のように構えて、避難が遅れる、といったようなもので。
「それならなおさら、警察に知らせるべきです」
「このことが警察に知れたら、晶と沙矢香ちゃんの学生生活は終わりじゃ」
老人も頑固だった。
「それだけは避けねばならん。最悪の事態が起きる前に、なんとしてでも晶を見つけだして止めるのじゃ。お主も、つきあってくれるな?」
ぼくは、反射的にうなずいていた。
「でも、ぼくに、なにができるっていうんです?」
「夢じゃ」
「夢?」
「そうじゃ。お主が見た、沙矢香ちゃんに関する夢を、手がかりにさせてもらう。今朝も見たんじゃろう?
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