「夢逐人(オリジナル長編小説)」
夢逐人
夢逐人 第三部 ノゾミ 11
どこまで歩いたかもわからない。そのくらい歩いた。
地面はぬかるみに変わっていた。
『まだ、辺りの風景に見覚えはあるか』
「ないですよ。真っ暗で、足元すら見えない。こんなぐちゃぐちゃの道、歩きたくもないですね。夢を見てるんじゃなかったら、よけて歩いています」
『我慢せい。最近の若い者は、昔に比べて根性が欠けているという評判は、真実であったか』
「根性くらいありますよ。ぼくを含め、最近の若い者は、その根性を効率的に使うためのポイントを心得ているというだけで……あっ、あれは?」
『どうした』
ぼくは目をこすった。
「遠くに、なにか、光るものが」
『急げ』
いわれなくてもだ。だが、長くて重い刀を持ってぬかるみを走るのは、かなり難しいうえに、全力疾走すると息が上がってしまいかねない。
ぼくは、できる限りの早歩きをすることで、次善の策とした。
あれは?
ある程度近づいたところで、その正体に思い至った。
方針を変更だ。
走った。地面に足を取られて転びそうになるのをこらえて走った。
ぼくの目にも、光がその形をあらわにした。
ぼんやりと光りながら、ぼくの胸の辺りをふわふわと飛んでいたそれは。
きのうきょうと夢に見た、蝶の姿に間違いはなかった。
『蝶がいたか』
「見えますか」
『ぼんやりとしてしか見えん。だが、闇の中の光、と、お主が走り始めた、ということから、結論を引き出すには、一たす一を計算するだけで足りるじゃろう』
そういえばそうだな。
「追いかけます」
『見失わんようにな』
ぼくは、漂うように飛ぶ、蝶の後をつけていった。
「蝶の行く手には、なにがあるとお考えですか」
『恐らくは、沙矢香ちゃんがいるじゃろうな』
「国枝さんが?」
『どんな姿になっているかはわからんが』
「それって、どういう」
いいかけたとき、蝶がふわっと浮き上がった。
足を止めた。
『どうした』
「蝶が、ぼくの肩に」
そうだった。ぼくの肩に止まった蝶は、静かに青白い光を放っていた。
『刀を抜け』
めんくらった。
「え? 刀と、どういう関係があるんですか」
『いいから抜け!』
声に押されて、ぼくは、腰を引かせながら刀を抜いた。やってみてわかったのだが、時代劇のように刀をすらりと抜ける、という境地までに至るは、ものすごく練習がいることだったのだ。それでもつっかえつっかえながらも、なんとか抜くことに成功した。
夢の中でも、こんなに近くで刀を見るのは初めてだ。刀は美しかった。刃の青白さが、闇の中でもわかるような気がした。
『そこから動かずに、刀を伸ばして辺りを探ってみろ。特に前を』
ぼくは、いわれた通り、おそるおそる刀を持つ手を伸ばしてみた。
刃の先端が何かに触れた。ねばっとした手応え。
「あの……なにか、ねばっとしたものがあります。壁のようなものを作って……」
『それじゃ!』
これ?
「これ、なんなんですか?」
『夢の、膿じゃ。詳しく説明してもお前にはわからん。とにかく、その刀で、そいつの壁を切り裂いて行け!』
そんな無茶な!
ぼくは、抗弁しようとした。そのとたん、足がぐっと重くなった。
ぬかるみが粘度を増しているのか?
倒れそうになり、地面に刀を突き立てて、杖がわりにしようとした。後で話を聞いたところによると、それは、初心者がしがちな行為のうちでも、絶対やっちゃいけないことのひとつだった。
けれど、今に限っては、それがぼくを救った。
刃が地面をこすったとたん、ぬかるみの感触が急に消えたのだ。ぼくは、たたらを踏んだが、なんとか体勢を持ち直した。
地面はぬかるみに変わっていた。
『まだ、辺りの風景に見覚えはあるか』
「ないですよ。真っ暗で、足元すら見えない。こんなぐちゃぐちゃの道、歩きたくもないですね。夢を見てるんじゃなかったら、よけて歩いています」
『我慢せい。最近の若い者は、昔に比べて根性が欠けているという評判は、真実であったか』
「根性くらいありますよ。ぼくを含め、最近の若い者は、その根性を効率的に使うためのポイントを心得ているというだけで……あっ、あれは?」
『どうした』
ぼくは目をこすった。
「遠くに、なにか、光るものが」
『急げ』
いわれなくてもだ。だが、長くて重い刀を持ってぬかるみを走るのは、かなり難しいうえに、全力疾走すると息が上がってしまいかねない。
ぼくは、できる限りの早歩きをすることで、次善の策とした。
あれは?
ある程度近づいたところで、その正体に思い至った。
方針を変更だ。
走った。地面に足を取られて転びそうになるのをこらえて走った。
ぼくの目にも、光がその形をあらわにした。
ぼんやりと光りながら、ぼくの胸の辺りをふわふわと飛んでいたそれは。
きのうきょうと夢に見た、蝶の姿に間違いはなかった。
『蝶がいたか』
「見えますか」
『ぼんやりとしてしか見えん。だが、闇の中の光、と、お主が走り始めた、ということから、結論を引き出すには、一たす一を計算するだけで足りるじゃろう』
そういえばそうだな。
「追いかけます」
『見失わんようにな』
ぼくは、漂うように飛ぶ、蝶の後をつけていった。
「蝶の行く手には、なにがあるとお考えですか」
『恐らくは、沙矢香ちゃんがいるじゃろうな』
「国枝さんが?」
『どんな姿になっているかはわからんが』
「それって、どういう」
いいかけたとき、蝶がふわっと浮き上がった。
足を止めた。
『どうした』
「蝶が、ぼくの肩に」
そうだった。ぼくの肩に止まった蝶は、静かに青白い光を放っていた。
『刀を抜け』
めんくらった。
「え? 刀と、どういう関係があるんですか」
『いいから抜け!』
声に押されて、ぼくは、腰を引かせながら刀を抜いた。やってみてわかったのだが、時代劇のように刀をすらりと抜ける、という境地までに至るは、ものすごく練習がいることだったのだ。それでもつっかえつっかえながらも、なんとか抜くことに成功した。
夢の中でも、こんなに近くで刀を見るのは初めてだ。刀は美しかった。刃の青白さが、闇の中でもわかるような気がした。
『そこから動かずに、刀を伸ばして辺りを探ってみろ。特に前を』
ぼくは、いわれた通り、おそるおそる刀を持つ手を伸ばしてみた。
刃の先端が何かに触れた。ねばっとした手応え。
「あの……なにか、ねばっとしたものがあります。壁のようなものを作って……」
『それじゃ!』
これ?
「これ、なんなんですか?」
『夢の、膿じゃ。詳しく説明してもお前にはわからん。とにかく、その刀で、そいつの壁を切り裂いて行け!』
そんな無茶な!
ぼくは、抗弁しようとした。そのとたん、足がぐっと重くなった。
ぬかるみが粘度を増しているのか?
倒れそうになり、地面に刀を突き立てて、杖がわりにしようとした。後で話を聞いたところによると、それは、初心者がしがちな行為のうちでも、絶対やっちゃいけないことのひとつだった。
けれど、今に限っては、それがぼくを救った。
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