「夢逐人(オリジナル長編小説)」
夢逐人
夢逐人 第三部 ノゾミ 15
ぼくは憤慨した。
「迫水さんは、そんなこと……」
老人は、それには答えず、早口でいった。
『早く、晶に、どこで眠らされたのか訊かんか』
ぼくは、その声の真剣さに、口に出して、迫水さんに訊ねた。
「どこ……」
迫水さんは、聞かれることをわかっていたようだった。
こちらに顔を向けた。
「寒月楼」
とだけ、短く答える。
しゃべってくれたことにほっとしたぼくが、続けて、ここまで胸に溜まったことを猛然としゃべろうとしたときだった。
背後から、国枝さんの「頭」が、不意に飛び上がって、迫水さんの喉笛に飛びついてきた! その斬られた首からは、新しい胴体が伸びてきている!
ぼくは驚愕に凍りついたようになっていたが、迫水さんの動きは素晴らしかった。無造作に半歩動くと同時に刀を振るうと、刃の尖端から、鞭のような光の線が伸び、国枝さんの首と胴体を、もう一度、両断したのだ。
美しかった。舞いを舞う、などというものとはまったく違う。不必要で無駄な動きを全て削ぎ落とされた、精密機械のような動き。ぼくは、どこかしら、ギアとモーターを連想した。
魅入られたように見入っていたぼくは、老人のつぶやきに、我に返った。
『あの馬鹿娘』
老人は繰り返した。さきほどの『馬鹿娘』には、どこか愛情のようなものも感じられたが、今度のは単にいらだっているように聞こえた。
迫水さんは、飛び回る国枝さんの首に、光の線で、正確な斬撃を送り込んでいる。そのたびに、国枝さんは、後退していた。
「どうしたんですか。すごい剣さばきだと思うんですが」
『節穴のような目しかない輩は黙っておれ。未熟者の晶は、沙矢香ちゃんの頭部を攻撃することを、未だにためらっておるのじゃ!』
「えっ……」
思ってもみないことだった。
『それだけではないぞ。あの馬鹿娘は、お主のことが気になっておるのか、どこか動きに雑念が見られる。沙矢香ちゃんに殺されるのも時間の問題じゃ』
そんなことが。
だが、そう思って剣戟を見直すと、確かに老人のいうとおりだった。迫水さんが、国枝さんの首と胴体を切り落とすたびに、国枝さんの首からは、また新たな胴体が生えて来るのだ。
これではきりがない。
「ど、どうしましょう」
『お主、声は出せるか』
「声?」
『ただの声ではないぞ。大声じゃ。よく響く声、じゃぞ』
「謡の練習もしているから、人並み以上は……」
『よし。わしが合図したら、わしがいったとおりの言葉を叫べ。できるかぎりの大声でな。やれるな?』
「はい」
ぼくはうなずいた。
迫水さんは押され気味になっていた。老人がいったように、雑念があるのだろうか。その顔は冷然としているように見えるのだが。
無限に思える数瞬間。
『よし』
ぼくは、老人に一拍遅れながら、大声で叫んだ。
「クレハ!」
迫水さんの動きが、わずかに、変わったように見えた。刀が微妙な軌道を描き、光の線が、国枝さんの額を捉えた!
国枝さんが、甲高い悲鳴を上げた。
どさっと、首が、動かない蛇の胴体でいっぱいになった地面に落ちた。
迫水さんの顔は蒼白になっていた。
「沙矢香!」
掌から、刀が落ちた。ぼくは、とっさに、刀を拾い上げた。
迫水さんは、うずくまると、朱に染まった国枝さんの頭を抱き上げ、膝の上に乗せ、静かな声で、泣き始めた。
ぼくはなんと言葉をかけたらいいのかわからなかった。
『こうするしかなかった』
老人はいった。
「だからって」
やりきれなかった。ぼくは、目を背けた。
きらきらしたものが、視界をかすめた。
さっきの、蝶が、ふわふわと飛んでいた。
ぼくは、人差し指を伸ばした。
蝶は、とまってはくれなかった。今日は、みんな、想いがすれ違う日らしい。国枝さんは、親友を殺そうとした。迫水さんは、助けたかった友人を斬った。老人は、孫娘を辛い目に遭わせ、そしてぼくは、はは、ぼくになにができたっていうんだ。そして、蝶すらも、ぼくたちに愛想をつかしたらしい。
できることは、蝶がどこかに飛び去っていくのを、見送ることだけだ……。
「迫水さんは、そんなこと……」
老人は、それには答えず、早口でいった。
『早く、晶に、どこで眠らされたのか訊かんか』
ぼくは、その声の真剣さに、口に出して、迫水さんに訊ねた。
「どこ……」
迫水さんは、聞かれることをわかっていたようだった。
こちらに顔を向けた。
「寒月楼」
とだけ、短く答える。
しゃべってくれたことにほっとしたぼくが、続けて、ここまで胸に溜まったことを猛然としゃべろうとしたときだった。
背後から、国枝さんの「頭」が、不意に飛び上がって、迫水さんの喉笛に飛びついてきた! その斬られた首からは、新しい胴体が伸びてきている!
ぼくは驚愕に凍りついたようになっていたが、迫水さんの動きは素晴らしかった。無造作に半歩動くと同時に刀を振るうと、刃の尖端から、鞭のような光の線が伸び、国枝さんの首と胴体を、もう一度、両断したのだ。
美しかった。舞いを舞う、などというものとはまったく違う。不必要で無駄な動きを全て削ぎ落とされた、精密機械のような動き。ぼくは、どこかしら、ギアとモーターを連想した。
魅入られたように見入っていたぼくは、老人のつぶやきに、我に返った。
『あの馬鹿娘』
老人は繰り返した。さきほどの『馬鹿娘』には、どこか愛情のようなものも感じられたが、今度のは単にいらだっているように聞こえた。
迫水さんは、飛び回る国枝さんの首に、光の線で、正確な斬撃を送り込んでいる。そのたびに、国枝さんは、後退していた。
「どうしたんですか。すごい剣さばきだと思うんですが」
『節穴のような目しかない輩は黙っておれ。未熟者の晶は、沙矢香ちゃんの頭部を攻撃することを、未だにためらっておるのじゃ!』
「えっ……」
思ってもみないことだった。
『それだけではないぞ。あの馬鹿娘は、お主のことが気になっておるのか、どこか動きに雑念が見られる。沙矢香ちゃんに殺されるのも時間の問題じゃ』
そんなことが。
だが、そう思って剣戟を見直すと、確かに老人のいうとおりだった。迫水さんが、国枝さんの首と胴体を切り落とすたびに、国枝さんの首からは、また新たな胴体が生えて来るのだ。
これではきりがない。
「ど、どうしましょう」
『お主、声は出せるか』
「声?」
『ただの声ではないぞ。大声じゃ。よく響く声、じゃぞ』
「謡の練習もしているから、人並み以上は……」
『よし。わしが合図したら、わしがいったとおりの言葉を叫べ。できるかぎりの大声でな。やれるな?』
「はい」
ぼくはうなずいた。
迫水さんは押され気味になっていた。老人がいったように、雑念があるのだろうか。その顔は冷然としているように見えるのだが。
無限に思える数瞬間。
『よし』
ぼくは、老人に一拍遅れながら、大声で叫んだ。
「クレハ!」
迫水さんの動きが、わずかに、変わったように見えた。刀が微妙な軌道を描き、光の線が、国枝さんの額を捉えた!
国枝さんが、甲高い悲鳴を上げた。
どさっと、首が、動かない蛇の胴体でいっぱいになった地面に落ちた。
迫水さんの顔は蒼白になっていた。
「沙矢香!」
掌から、刀が落ちた。ぼくは、とっさに、刀を拾い上げた。
迫水さんは、うずくまると、朱に染まった国枝さんの頭を抱き上げ、膝の上に乗せ、静かな声で、泣き始めた。
ぼくはなんと言葉をかけたらいいのかわからなかった。
『こうするしかなかった』
老人はいった。
「だからって」
やりきれなかった。ぼくは、目を背けた。
きらきらしたものが、視界をかすめた。
さっきの、蝶が、ふわふわと飛んでいた。
ぼくは、人差し指を伸ばした。
蝶は、とまってはくれなかった。今日は、みんな、想いがすれ違う日らしい。国枝さんは、親友を殺そうとした。迫水さんは、助けたかった友人を斬った。老人は、孫娘を辛い目に遭わせ、そしてぼくは、はは、ぼくになにができたっていうんだ。そして、蝶すらも、ぼくたちに愛想をつかしたらしい。
できることは、蝶がどこかに飛び去っていくのを、見送ることだけだ……。
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蝶がとまっても嫌だなあ。。。
というのんきな話でもないか。
私に蝶に対する良いイメージがないからでしょうかね、、、
というのんきな話でもないか。
私に蝶に対する良いイメージがないからでしょうかね、、、
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Re: LandMさん
それに愛想を尽かされると、やっぱりねえ。ノゾミちゃんいいとこなしですな。