「ショートショート」
ミステリ
ある破綻
「前菜はヌーベル・キュイジーヌ風に。スープはアスパラガスをふんだんに。そしてサラダが来たところで第一の犠牲者だ……」
おれは今日こそ、長いこと温めておいた計画を実行に移すつもりだった。計画は隅から隅まで考え抜かれ、全てが精密機械のように動き出すのだ。考えすぎるということはない。むしろ、拙速のほうを恐れた。なぜなら、おれが温めていた計画というのは、殺人に関するものだったからだ。
動機は復讐だった。おれから愛するケイトを死の世界へと奪った、憎むべきこの世の中に対する復讐だ。具体的には、今日この館に招くはずの、コックとメイドを含めた十二人。やつらを、出ることもできないこの島で、ひとりひとり血祭りにあげてやる!
ただ殺すだけではつまらなかった。不安をあおれるだけあおってやるのだ。探偵小説というものが大好きなおれには腹案があった。殺す前に、やつらに関連のある品物(といっても、入念に考えなければ関連などわからない。それが新たな疑心暗鬼を産むという寸法だ)を破壊、いや殺してみせてやるのだ。やつらは二重に殺される。それがおれを満足させるのだ。
最後に残った一人を、名探偵となったおれが犯人として指し示し、死刑台へ送り込むことで復讐は成就される。細かい手順は殺人を行いながら修正するとしても、大筋では計画に沿って行動すればうまくいくはずだ。
万事滞りなく進んだら、芸術的な完全犯罪になるだろう。
おれは最後のチェックのため、隠し戸棚の扉を開いた。
なかった。おれが苦労して用意した、十二種類の品物が、全て金庫の中から消えうせている!
呆然としているおれの後ろを、事前の掃除に雇ったメイドの老婆が、えっちらおっちらとバケツを運んでいた。
「おい」
「なんですだ?」
耳も目も遠そうだった。おれは声を張り上げて叫んだ。
「ここに用意したものをだな……」
「ああ、はい、はい。そこにあったガラクタは、全部捨てておきましただ。だんなさまが、今晩偉い人を招くと聞いたんで、失礼があっちゃなんねえ」
「全部?」
「そうですだ、だんなさま」
おれは足元がガラガラと崩れていくのを感じた。おれの復讐が、おれの殺人が、おれの完全犯罪が……。
許せん。
「このババア! なんてことを! なんて名前だ、斡旋所に報告してやる! いえ!」
「なんだかよくわかんねえけんど、お許し下せえ、だんなさま。おらはケイトと申しますだ」
「……ケイト?」
「んだ」
「ケイト……わかった。もういい。仕事を続けてくれ」
「よくわかんねえけんど、ありがとうごぜえますだ、だんなさま」
老婆は再びえっちらおっちらとバケツを運んでいった。
おれは笑った。涙を流してひたすらに笑った。あの老婆の身体を借り、天国からケイトが止めにきたのでは、しかたないではないか。
計画などゴミ箱にポイだ。おれは今晩の晩餐会の料理を楽しみにしながら、隠し戸棚をそっと閉じた。メニューにあるアスパラガスのスープはケイトが得意だった料理だ。
今夜はしばらくぶりにあのスープの味が楽しめそうな予感がしていた。
おれは今日こそ、長いこと温めておいた計画を実行に移すつもりだった。計画は隅から隅まで考え抜かれ、全てが精密機械のように動き出すのだ。考えすぎるということはない。むしろ、拙速のほうを恐れた。なぜなら、おれが温めていた計画というのは、殺人に関するものだったからだ。
動機は復讐だった。おれから愛するケイトを死の世界へと奪った、憎むべきこの世の中に対する復讐だ。具体的には、今日この館に招くはずの、コックとメイドを含めた十二人。やつらを、出ることもできないこの島で、ひとりひとり血祭りにあげてやる!
ただ殺すだけではつまらなかった。不安をあおれるだけあおってやるのだ。探偵小説というものが大好きなおれには腹案があった。殺す前に、やつらに関連のある品物(といっても、入念に考えなければ関連などわからない。それが新たな疑心暗鬼を産むという寸法だ)を破壊、いや殺してみせてやるのだ。やつらは二重に殺される。それがおれを満足させるのだ。
最後に残った一人を、名探偵となったおれが犯人として指し示し、死刑台へ送り込むことで復讐は成就される。細かい手順は殺人を行いながら修正するとしても、大筋では計画に沿って行動すればうまくいくはずだ。
万事滞りなく進んだら、芸術的な完全犯罪になるだろう。
おれは最後のチェックのため、隠し戸棚の扉を開いた。
なかった。おれが苦労して用意した、十二種類の品物が、全て金庫の中から消えうせている!
呆然としているおれの後ろを、事前の掃除に雇ったメイドの老婆が、えっちらおっちらとバケツを運んでいた。
「おい」
「なんですだ?」
耳も目も遠そうだった。おれは声を張り上げて叫んだ。
「ここに用意したものをだな……」
「ああ、はい、はい。そこにあったガラクタは、全部捨てておきましただ。だんなさまが、今晩偉い人を招くと聞いたんで、失礼があっちゃなんねえ」
「全部?」
「そうですだ、だんなさま」
おれは足元がガラガラと崩れていくのを感じた。おれの復讐が、おれの殺人が、おれの完全犯罪が……。
許せん。
「このババア! なんてことを! なんて名前だ、斡旋所に報告してやる! いえ!」
「なんだかよくわかんねえけんど、お許し下せえ、だんなさま。おらはケイトと申しますだ」
「……ケイト?」
「んだ」
「ケイト……わかった。もういい。仕事を続けてくれ」
「よくわかんねえけんど、ありがとうごぜえますだ、だんなさま」
老婆は再びえっちらおっちらとバケツを運んでいった。
おれは笑った。涙を流してひたすらに笑った。あの老婆の身体を借り、天国からケイトが止めにきたのでは、しかたないではないか。
計画などゴミ箱にポイだ。おれは今晩の晩餐会の料理を楽しみにしながら、隠し戸棚をそっと閉じた。メニューにあるアスパラガスのスープはケイトが得意だった料理だ。
今夜はしばらくぶりにあのスープの味が楽しめそうな予感がしていた。
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はじめまして。LandMです。
どこか人間の間抜けさと泥臭さが入り混じっている作品がおおいですよね。はじめましてLandMです。場末でファンタジー小説を書かせていただいております。
短編をいくつか読ませていただきました。どれもオチもあって、非常に興味深く読ませていただきました。タイトルのクリスタルの断章も色々深い意味があって面白いですよね。また読ませていただきますね。
短編をいくつか読ませていただきました。どれもオチもあって、非常に興味深く読ませていただきました。タイトルのクリスタルの断章も色々深い意味があって面白いですよね。また読ませていただきますね。
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Re: LandMさん
あんなかっこいいブログを作ってらっしゃるのになにも場末などと謙遜されなくても(^^)
ワンアイデアストーリーは、思いついたときに書かないと忘れてしまう、という側面がありますので、いきおい一日で書ける短いものが多くなりまして……。
タイトルについては、SFのTRPGに「トラベラー」というものがあるのですが、そこで使われている記録媒体の「ホロクリスタル」という名前を聞いたときに、そのかっこよさにしびれてしまった、というのがもとになっています。一度見たら忘れられないようなインパクトのあるブログタイトルにしよう、とつけたのですが……やっぱり地味ですよね(笑)。タイトルをつけるのがヘタクソなのは我ながらなんとかしなくちゃなあ、と思っております。