名探偵・深見剛助(冗談謎解きミステリ掌編シリーズ・完結)
ピーターパンは死んだ
「死因はなんらかのショックによる心筋梗塞、そこから来る心停止」
赤塚刑事はメモ帳をめくりながらいった。
「そうとうなお年だったようだし、単なる自然死でしょうね。もっとも、本人は頑としてそんなことを認めなかったでしょうが」
「わかりますよ」
名探偵・深見剛助はベッドで恐怖の表情を浮かべたまま硬直している老人の死体写真を見た。着ているパジャマは緑色だった。かぶっている帽子まで緑色だった。
「もし殺人だとしたら、誰が殺したかはわかっています。ウェンディしかいません。この島、『ネヴァー・ネヴァー・ランド』にはほかの人間はいませんし、消防に電話をかけてきたのも彼女です」
「それで……このウェンディは何代目なんですか?」
「二十三代目です。これまでに二十三人もの身寄りのない美少女をとっかえひっかえして、看護婦がわりの仕事をさせて悦に入っていたんですな。とんでもないロリコン爺だ」
「性的な被害が出たという話は一度もなかったようじゃありませんか」
「それはそうです。ももたか爺さん……春井グループ会長兼相談役のこの春井桃尊という爺さんは、自分をピーターパン本人だと思い込む、一種の妄想に取りつかれていたんですから。永遠の少年にとって、少女が性的対象に見えることはありえません。成長して、この島にいることがふさわしくないと思ったら、掟によってこの島から本土に送り返すだけです。少女のほうにもメリットはあります。大企業というよりコングロマリットといったほうがぴったりくる企業を営む老人の家族から支払われる、ほぼ一生涯続くそれなりの年金と、大学、もしくは大学院卒業まで続く返済義務なしの奨学金。うちのおやじの話では、戦後の混乱期からこのかたずっと、年端もいかぬ少女というものは、徹底した現実主義のもとで生きてきたそうですから」
「ネヴァーランド運営にも金が必要ということですね。赤塚さん、それで、その二十三代目のウェンディは?」
「久保井笙子。十二歳です。ショックで寝込んでいるとかいって今は本土の病院にいますが、どこまで本当だか。春井グループの取締役のひとり、久保井洋三の孫娘とか。今、春井グループでは権力闘争の真っ最中で、グループが割れるとか割れないとかいう騒ぎだそうです。桃尊老人の死は、勢力バランス的には久保井のいる派閥を後押しすることになっているみたいです」
「美しい刺客というものも、低年齢化してきましたねえ。で、ぼくになにができるというんです。夜間にひとりで寝ていたら心臓発作を起こしただけでしょう。いかに動機があっても、機会と方法がなければ、人は殺せませんよ」
「とにかく現場だけでも見てくださいよ。深見さん、あなた名探偵でしょう」
「名探偵といっても……」
飾りなのだろうか、鉤のついた海賊の義手のオブジェを横目に見ながら、深見剛助は、死体の運び出された現場へ入った。あるわあるわ、部屋中がピーターパン関連のグッズばかりだ。老人のベッドは、自分で心臓を押さえたのか、左側のシーツだけが激しく乱れていた。
「老人は、このネヴァーランドをどうみなしていたのですか」
赤塚刑事は顔を上げた。
「ほら、そこのブロンズ板に誇らしげに彫ってあるでしょう。『ピーターパンのユートピア』……」
深見剛助は叫んだ。その声は悲鳴のようだった。
「それなら、どうしてあんなものがあるんだ?」
「あんなもの?」
深見剛助は赤塚刑事にいった。
「見ませんでしたか、義手ですよ。フック船長の義手」
「なにがなにやら……」
「くそっ、十二歳でも、指紋をふき取るだけの知恵はある。よしんば告訴されても、少年法と、不能犯の法律が守ってくれるということか!」
赤塚刑事は深見剛助の肩を押さえた。
「落ち着いてください、深見さん。あの義手がどうしたんですか」
「すべてを計画したのは久保井洋三でしょう。彼は、十二歳の孫娘に、フック船長の義手を持たせてこの島へ送り込んだ。ピーターパンにとってのユートピアだ、秩序を乱す存在であるフック船長のいるべきスペースはない。そこに船長の義手を持ってきたのはただ一つの理由のため、寝ている老人の左手にその義手をはめてしまうためだったんです」
「すると、老人がショック死したのは?」
「睡眠薬の量が加減されていたんでしょう。闇夜に目が覚めた老人は、突如、自分がフック船長の手をしていることに気づいたんです。ピーターパンは、目が覚めたら大人になっていたんです。老人の受けた衝撃は察するに余りあります」
「それで弱っていた心臓が……」
深見剛助はうなずいた。
「消防に連絡する前に、老人の死体から義手を外し、ていねいに拭いておく。わずかこれだけのことで、完全犯罪は成立です。十二歳の美しい少女のしたことだ、いたずら、ないしは、ぼくが家裁の裁判官だったら、行為と結果に因果関係が認められない、『不能犯』により無罪、という判決を下すでしょうね」
「義手に老人の手の痕跡が残っていれば……」
「それは老人の趣味の範囲内にこの義手があったという可能性を示すだけにとどまるでしょう。少女と久保井は安泰です」
赤塚刑事はあきらめなかった。
「尋問を繰り返せば……」
「少女に対する不当な誘導尋問と呼ばれるのがオチですよ。久保井洋三のほうは教唆にすら問われないでしょうね」
「なにか、なにか隙はないんですか、深見さん!」
深見剛助は考えた……。
隙はあった。
「少女は吐きました。これが正当なやりかたか、といったら断じて認められませんが」
赤塚刑事はなにか苦いものを食べた後のようにいってから、深見剛助にタオルを渡した。
「それにしても老けたメイクがここまで似合うとは思いませんでしたね」
「ピーターパンは窓からちらりと姿を見せるものですよ。そして去っていくのです」
深見剛助は左手から義手を外した。
「死んでいない姿をね」
赤塚刑事はメモ帳をめくりながらいった。
「そうとうなお年だったようだし、単なる自然死でしょうね。もっとも、本人は頑としてそんなことを認めなかったでしょうが」
「わかりますよ」
名探偵・深見剛助はベッドで恐怖の表情を浮かべたまま硬直している老人の死体写真を見た。着ているパジャマは緑色だった。かぶっている帽子まで緑色だった。
「もし殺人だとしたら、誰が殺したかはわかっています。ウェンディしかいません。この島、『ネヴァー・ネヴァー・ランド』にはほかの人間はいませんし、消防に電話をかけてきたのも彼女です」
「それで……このウェンディは何代目なんですか?」
「二十三代目です。これまでに二十三人もの身寄りのない美少女をとっかえひっかえして、看護婦がわりの仕事をさせて悦に入っていたんですな。とんでもないロリコン爺だ」
「性的な被害が出たという話は一度もなかったようじゃありませんか」
「それはそうです。ももたか爺さん……春井グループ会長兼相談役のこの春井桃尊という爺さんは、自分をピーターパン本人だと思い込む、一種の妄想に取りつかれていたんですから。永遠の少年にとって、少女が性的対象に見えることはありえません。成長して、この島にいることがふさわしくないと思ったら、掟によってこの島から本土に送り返すだけです。少女のほうにもメリットはあります。大企業というよりコングロマリットといったほうがぴったりくる企業を営む老人の家族から支払われる、ほぼ一生涯続くそれなりの年金と、大学、もしくは大学院卒業まで続く返済義務なしの奨学金。うちのおやじの話では、戦後の混乱期からこのかたずっと、年端もいかぬ少女というものは、徹底した現実主義のもとで生きてきたそうですから」
「ネヴァーランド運営にも金が必要ということですね。赤塚さん、それで、その二十三代目のウェンディは?」
「久保井笙子。十二歳です。ショックで寝込んでいるとかいって今は本土の病院にいますが、どこまで本当だか。春井グループの取締役のひとり、久保井洋三の孫娘とか。今、春井グループでは権力闘争の真っ最中で、グループが割れるとか割れないとかいう騒ぎだそうです。桃尊老人の死は、勢力バランス的には久保井のいる派閥を後押しすることになっているみたいです」
「美しい刺客というものも、低年齢化してきましたねえ。で、ぼくになにができるというんです。夜間にひとりで寝ていたら心臓発作を起こしただけでしょう。いかに動機があっても、機会と方法がなければ、人は殺せませんよ」
「とにかく現場だけでも見てくださいよ。深見さん、あなた名探偵でしょう」
「名探偵といっても……」
飾りなのだろうか、鉤のついた海賊の義手のオブジェを横目に見ながら、深見剛助は、死体の運び出された現場へ入った。あるわあるわ、部屋中がピーターパン関連のグッズばかりだ。老人のベッドは、自分で心臓を押さえたのか、左側のシーツだけが激しく乱れていた。
「老人は、このネヴァーランドをどうみなしていたのですか」
赤塚刑事は顔を上げた。
「ほら、そこのブロンズ板に誇らしげに彫ってあるでしょう。『ピーターパンのユートピア』……」
深見剛助は叫んだ。その声は悲鳴のようだった。
「それなら、どうしてあんなものがあるんだ?」
「あんなもの?」
深見剛助は赤塚刑事にいった。
「見ませんでしたか、義手ですよ。フック船長の義手」
「なにがなにやら……」
「くそっ、十二歳でも、指紋をふき取るだけの知恵はある。よしんば告訴されても、少年法と、不能犯の法律が守ってくれるということか!」
赤塚刑事は深見剛助の肩を押さえた。
「落ち着いてください、深見さん。あの義手がどうしたんですか」
「すべてを計画したのは久保井洋三でしょう。彼は、十二歳の孫娘に、フック船長の義手を持たせてこの島へ送り込んだ。ピーターパンにとってのユートピアだ、秩序を乱す存在であるフック船長のいるべきスペースはない。そこに船長の義手を持ってきたのはただ一つの理由のため、寝ている老人の左手にその義手をはめてしまうためだったんです」
「すると、老人がショック死したのは?」
「睡眠薬の量が加減されていたんでしょう。闇夜に目が覚めた老人は、突如、自分がフック船長の手をしていることに気づいたんです。ピーターパンは、目が覚めたら大人になっていたんです。老人の受けた衝撃は察するに余りあります」
「それで弱っていた心臓が……」
深見剛助はうなずいた。
「消防に連絡する前に、老人の死体から義手を外し、ていねいに拭いておく。わずかこれだけのことで、完全犯罪は成立です。十二歳の美しい少女のしたことだ、いたずら、ないしは、ぼくが家裁の裁判官だったら、行為と結果に因果関係が認められない、『不能犯』により無罪、という判決を下すでしょうね」
「義手に老人の手の痕跡が残っていれば……」
「それは老人の趣味の範囲内にこの義手があったという可能性を示すだけにとどまるでしょう。少女と久保井は安泰です」
赤塚刑事はあきらめなかった。
「尋問を繰り返せば……」
「少女に対する不当な誘導尋問と呼ばれるのがオチですよ。久保井洋三のほうは教唆にすら問われないでしょうね」
「なにか、なにか隙はないんですか、深見さん!」
深見剛助は考えた……。
隙はあった。
「少女は吐きました。これが正当なやりかたか、といったら断じて認められませんが」
赤塚刑事はなにか苦いものを食べた後のようにいってから、深見剛助にタオルを渡した。
「それにしても老けたメイクがここまで似合うとは思いませんでしたね」
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深見剛助は左手から義手を外した。
「死んでいない姿をね」
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~ Comment ~
NoTitle
ネバーランドにいる唯一の大人、フック船長は、ピーター・パンのもう一つの姿……なんて、原作を読むと考えてしまいます。
この被害者は、自分の作った夢の世界で突然、真実を見せつけられてしまったわけですか。
何ておそろしい殺害方法。
真実を映す鏡は、誰でも見たくないものなのでしょう(^_^;)
この被害者は、自分の作った夢の世界で突然、真実を見せつけられてしまったわけですか。
何ておそろしい殺害方法。
真実を映す鏡は、誰でも見たくないものなのでしょう(^_^;)
- #16075 椿
- URL
- 2015.07/21 14:01
- ▲EntryTop
Re: 紫雲すみれさん
深見剛助探偵が好きになってくださってありがとうございます。
どこまでがんばれるか、自分なりの挑戦であります。
しかしミステリを書くのは楽しいですね。(^_^)
どこまでがんばれるか、自分なりの挑戦であります。
しかしミステリを書くのは楽しいですね。(^_^)
NoTitle
こんにちは。
名探偵・深見剛助シリーズ好きです。
今作も面白かったです、オチも好きです。
しかし二十三代目ウェンディというのもすごい話ですよね……。
いつも発想が素敵で尊敬しております。
更新楽しみにしてます。
名探偵・深見剛助シリーズ好きです。
今作も面白かったです、オチも好きです。
しかし二十三代目ウェンディというのもすごい話ですよね……。
いつも発想が素敵で尊敬しております。
更新楽しみにしてます。
Re: miss.keyさん
この作品の被害者のモデルは、アフタヌーンに連載されているギャグ漫画「ラブやん」に出てきた、「ピーターパンのモデルになった今は初老のロリコンの妖精」です。あのギャグは傑作だったなあ。
永遠の子供であるピーターパンに対して、永遠の動物好きであるムツゴ……末路は動物王国を手離し、家族とは断絶、今は小説も書かず麻雀プロ……なんてことは考えていませんであります(^^;)
永遠の子供であるピーターパンに対して、永遠の動物好きであるムツゴ……末路は動物王国を手離し、家族とは断絶、今は小説も書かず麻雀プロ……なんてことは考えていませんであります(^^;)
Re: ダメ子さん
マイコーの事件はああいう決着をしましたが……真実はどこにあるんだろう、とまだ疑っている自分がいる(^^;)
権力は有るのね
こんにちは。
ピーターパンは子供で自由ですが、一方で権力や財産は持ってないものだと思うのですよ。でもこのおじさんは相当な権力者+財産家。公私の区別はちゃんとつけていたようですな。別に子供に悪さしたわけでも無い様ですし、趣味人の鑑!(笑。
PS:どこぞの破産した挙句、似た様な結末を迎えたピーターパンよりずっと常識人だったと思います。ん、彼がモデル?
ピーターパンは子供で自由ですが、一方で権力や財産は持ってないものだと思うのですよ。でもこのおじさんは相当な権力者+財産家。公私の区別はちゃんとつけていたようですな。別に子供に悪さしたわけでも無い様ですし、趣味人の鑑!(笑。
PS:どこぞの破産した挙句、似た様な結末を迎えたピーターパンよりずっと常識人だったと思います。ん、彼がモデル?
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Re: 椿さん
よく考えたら某S木先生の某有名ホラー小説のラスト近辺でも似たようなシーンがありますね。向こうは完全に超自然的でしかも怖いですが(^^;)
しかしこれも紅恵美の解決すべき事件だよなあ。深見剛助、まじめに名探偵しちゃいかんよなあ(^^;)