名探偵・深見剛助(冗談謎解きミステリ掌編シリーズ)

    名探偵の限界

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     名探偵・深見剛助は飲んでいた。どうしても解決できない事件にぶち当たってしまったのだ。

     酒をつきあってもらっていた非番の赤塚刑事に、深見剛助は愚痴をこぼした。

    「今回の事件は、ぼくの手に負えません。名探偵として、こんな屈辱は初めてです」

     赤塚刑事は空になった猪口に銚子から酒を注いだ。

    「まあ、あなたが失敗することもありますよ。世の中というものは、そんなものです」

    「犯人は言語学者の十河博士。間違いありません。だけれど、動機が、ぼくには全然見当がつかない」

    「あの人は正気じゃないんです」

     深見剛助は、恨みがましい目で赤塚刑事を見た。

    「それならば、どうして言語学者たちをはじめとする学者たちが、十河博士を師のようにしているのですか。ほら、あなたのポケットにあるのは、十河博士の作り出した人工言語の入門書ではないのですか?」

    「え? ……いや、その」

    「ボルヘスの『トレーン、ウクバール、オルビス・ティルティウス』という短編小説を知っていますか? そこでは、人間社会が、架空の言語に侵食されていくんです。人間のこれまで使ってきた言語よりも、システム的により高度な言語へ、人間たちは次々と乗り換えていって、世界そのものが変わってしまう。十河博士は、言語段階までですが、それをやってのけたんです。その言語の論理の前では、あの殺人も正当化される、いや、正当なものであったのでしょう。しかし、そうすると、ぼくのような探偵は、どうすればいいんです? 現在の、今となっては旧式な論理と言語の前でしか、推理することができない、いわゆる名探偵であるぼくは? ぼくは、ぼくは……」

     深見剛助は寝てしまった。しょうがないやつだ。犯人は捕まったのだから別にいいじゃないか。

     赤塚刑事は飲み屋の窓から外を見た。月が出ていた。

    「月した」

     と、赤塚刑事は、覚えたての新言語でつぶやいた。

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    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    こんな小説を考え出すと、病気のひどさを表すのとおんなじであります(^^;)

    キャメロン・マケイブという作家に「編集室の床に落ちた顔」というのがありますが、1937年ですでに日本の新本格もかくやといったすさまじいまでに前衛的なミステリであります。

    前衛的というより、「怪作」ですね。

    これを読んで、ミステリのルールを踏み破ることは、必ずしも「面白さ」とイコールではない、ということを学びました。

    東野圭吾先生も、綾辻行人先生も、同様のデッドロックにぶつかられたみたいです。「名探偵の掟」や「どんどん橋、落ちた」に収録されている作品は、それでもなおかつ面白い小説を書こうという一種の自虐的な試みだと思います。

    最近アニメになった「下ネタという概念が存在しない退屈な世界」というラノベは、ラノベ自体がぶつかったラノベとしてのデッドロックを表現しようとした作品なのではないか、とあらすじを読んで思っています。読む気も見る気もしませんのでただの推量ですけど。

    NoTitle

    言葉が変わると、見える世界も変わってくる。
    世界の認識も微妙に変わる。時代が変われば常識も変わる。
    違う世界の犯罪は、その世界の理を知らないと読み解けない。
    ……深いな。

    名探偵を活躍させるには、名探偵が存在し得る世界でなくてはならないわけで……(^_^;)

    Re: LandMさん

    真実はひとつです。

    それをみんなが違った視点からとらえるからこの世のトラブルは始まってくるのです。

    とはいえひとつの視点を強要するわけにもいかんし。

    わたしも時代をひとつ間違えれば火炙りですな。とほほ。

    NoTitle

    真実は一つ!
    ・・・であれば、楽でいいのですが。
    事実は一つですが、真実はいくつもあるような気がする・・・と思い始めたのは歳をとったからですからね。

    そういえば、
    解決警部補と無責任刑事の話はとりあえずおおむね書き終わりました。連載は多分、9~10月くらいに掲載します。
    思った以上に、メリハリのある話になって、
    書いていてとても楽しかったです。

    。。。読んでいると、今度は探偵と組ませてみてもいいですね。。。
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