名探偵・深見剛助(冗談謎解きミステリ掌編シリーズ・完結)
深見剛助には向かない事件
名探偵・深見剛助は現場の状況から考えれば静かすぎる声でいった。
「犯人は禁じ手を犯しました」
赤塚刑事は答えた。
「見りゃわかります」
ふたりの目の前では、日本と某国を結ぶ国際線の旅客機が、残骸と破片となって、煙を上げていた。周囲には消防車が何台も放水を続け、救急車とパトカーとマスコミのヘリコプターだのが、右往左往していた。
「使われたのは、どこから持ち出してきたのだかはわからないが、小型の地対空ミサイルだと思われます。燃料タンクを直撃、旅客機は火の玉になって墜落、専門家は口をそろえて生存者はゼロだといっています」
「赤塚さん、ぼくたちがいるこの世界は、本格だか変格だかはおいといて、ミステリの世界ですよね」
「もちろんです」
「ということは、ぼくは名探偵として、犯人を逮捕することになるんですよね」
「そりゃあ、深見さん、主人公はあなたですし」
深見剛助は吐き捨てるようにいった。
「そして、ぼくは推理して、この事件が意外な人物によって引き起こされたことを突き止めるんだ。犯人にとって、ほんとうに殺したい人間は若干名で、後は巻き込まれて亡くなった運の悪い人間か、もしくは犯人にとっての真の狙いは、ここで飛行機が墜落したという事実で、人間は死のうと生きようとどうでもよかった、という結末になるんだ。これだけこの作者のミステリに出ていれば、思考パターンくらいわかる。問題は、今の世の中、そうしたトリックは日常茶飯事レベルの当たり前の常套手段になっていることなんだ」
「深見さん……」
「原始人が弓矢を発明したとき、それは禁じ手だったはずだ。義経が壇ノ浦で漕ぎ手を射るよう命じたとき、それは禁じ手だったはずだ。シャーマン将軍が南北戦争でジョージア州を焼け野原にして、アトランタを瓦礫の山にしたとき、それは禁じ手だったはずだ。第一次大戦でドイツが塩素ガスをばらまいたとき、それは禁じ手だったはずだ。日本軍は重慶に戦略爆撃し、連合軍はドレスデンなり東京なりに戦略爆撃をやり返す、とどめが広島であり、長崎だ。いずれも禁じ手以外のなにものでもない」
深見剛助は赤塚刑事を見た。
「ミステリも、禁じ手をあえて打つことで成長してきたような分野だ。ぼくは今回も、なんらかの禁じ手を打つことによって事件を解決することだろう。しかし、そうした禁じ手を犯すことで、巻き込まれて死んだ、死ぬ理由もなにもない人々に向かって、ぼくはどんな態度をとるべきなんだ? 作り事だからといって、笑って無視して済ますのか?」
深見剛助の声は今や絶叫にも近くなってきた。
「ミステリの進化の歴史と、戦争における戦術や戦略の進化の歴史が、同様のシステムを見せている限り、ミステリによって戦争を批判しようとする試みは、倫理的に正しいことだといえるのか?」
赤塚刑事の携帯が鳴った。
「はい。……はい。えっ? そうですか。はい。……深見さん、朗報ですよ。例の地対空ミサイルを持っていた過激派が逮捕されたそうです。一網打尽とか」
「えっ? ……じゃあぼくは」
赤塚刑事は深見剛助の肩に手を回した。
「単なるカメオ出演でしょうね。悩んでいてもしかたないですよ、深見さん。われわれはわれわれで、いつものおなじみのミステリに帰りましょう。そこでは、こんな残酷な事件よりも、より精神の衛生に役立つ事件が待っていますよ。行きましょう、われわれの場所へ」
名探偵とワトスン役は、いるべき場所へと帰っていった。
本来ならばここで終幕を迎えるのが正しいのであろうが、作者のわたしとしては名探偵というものは実に使い勝手がよいもので、またなにかバカなアイデアがひらめいたら、深見剛助は何度となく登場することであろう。
もしかしたら明日にでも……。
「犯人は禁じ手を犯しました」
赤塚刑事は答えた。
「見りゃわかります」
ふたりの目の前では、日本と某国を結ぶ国際線の旅客機が、残骸と破片となって、煙を上げていた。周囲には消防車が何台も放水を続け、救急車とパトカーとマスコミのヘリコプターだのが、右往左往していた。
「使われたのは、どこから持ち出してきたのだかはわからないが、小型の地対空ミサイルだと思われます。燃料タンクを直撃、旅客機は火の玉になって墜落、専門家は口をそろえて生存者はゼロだといっています」
「赤塚さん、ぼくたちがいるこの世界は、本格だか変格だかはおいといて、ミステリの世界ですよね」
「もちろんです」
「ということは、ぼくは名探偵として、犯人を逮捕することになるんですよね」
「そりゃあ、深見さん、主人公はあなたですし」
深見剛助は吐き捨てるようにいった。
「そして、ぼくは推理して、この事件が意外な人物によって引き起こされたことを突き止めるんだ。犯人にとって、ほんとうに殺したい人間は若干名で、後は巻き込まれて亡くなった運の悪い人間か、もしくは犯人にとっての真の狙いは、ここで飛行機が墜落したという事実で、人間は死のうと生きようとどうでもよかった、という結末になるんだ。これだけこの作者のミステリに出ていれば、思考パターンくらいわかる。問題は、今の世の中、そうしたトリックは日常茶飯事レベルの当たり前の常套手段になっていることなんだ」
「深見さん……」
「原始人が弓矢を発明したとき、それは禁じ手だったはずだ。義経が壇ノ浦で漕ぎ手を射るよう命じたとき、それは禁じ手だったはずだ。シャーマン将軍が南北戦争でジョージア州を焼け野原にして、アトランタを瓦礫の山にしたとき、それは禁じ手だったはずだ。第一次大戦でドイツが塩素ガスをばらまいたとき、それは禁じ手だったはずだ。日本軍は重慶に戦略爆撃し、連合軍はドレスデンなり東京なりに戦略爆撃をやり返す、とどめが広島であり、長崎だ。いずれも禁じ手以外のなにものでもない」
深見剛助は赤塚刑事を見た。
「ミステリも、禁じ手をあえて打つことで成長してきたような分野だ。ぼくは今回も、なんらかの禁じ手を打つことによって事件を解決することだろう。しかし、そうした禁じ手を犯すことで、巻き込まれて死んだ、死ぬ理由もなにもない人々に向かって、ぼくはどんな態度をとるべきなんだ? 作り事だからといって、笑って無視して済ますのか?」
深見剛助の声は今や絶叫にも近くなってきた。
「ミステリの進化の歴史と、戦争における戦術や戦略の進化の歴史が、同様のシステムを見せている限り、ミステリによって戦争を批判しようとする試みは、倫理的に正しいことだといえるのか?」
赤塚刑事の携帯が鳴った。
「はい。……はい。えっ? そうですか。はい。……深見さん、朗報ですよ。例の地対空ミサイルを持っていた過激派が逮捕されたそうです。一網打尽とか」
「えっ? ……じゃあぼくは」
赤塚刑事は深見剛助の肩に手を回した。
「単なるカメオ出演でしょうね。悩んでいてもしかたないですよ、深見さん。われわれはわれわれで、いつものおなじみのミステリに帰りましょう。そこでは、こんな残酷な事件よりも、より精神の衛生に役立つ事件が待っていますよ。行きましょう、われわれの場所へ」
名探偵とワトスン役は、いるべき場所へと帰っていった。
本来ならばここで終幕を迎えるのが正しいのであろうが、作者のわたしとしては名探偵というものは実に使い勝手がよいもので、またなにかバカなアイデアがひらめいたら、深見剛助は何度となく登場することであろう。
もしかしたら明日にでも……。
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~ Comment ~
NoTitle
名探偵とテロは相性悪いかもですね(笑)
シャーロックとコナン君なら奔走して見事防いでくれそうですが。
ところで、今月は夏のきもだめし企画を行います。
開催期間は8月1日(金)~8日。
今年も各自好きなホラー映画をたくさん観て、暑い夏を乗り切りましょう!
観たいものが決まらない時は、過去のきもだめし企画で皆さんが観た作品を参考にするか、「Make Shift (仮」のnorさんが作った”ホラー占い”を試してみて下さいね~。
シャーロックとコナン君なら奔走して見事防いでくれそうですが。
ところで、今月は夏のきもだめし企画を行います。
開催期間は8月1日(金)~8日。
今年も各自好きなホラー映画をたくさん観て、暑い夏を乗り切りましょう!
観たいものが決まらない時は、過去のきもだめし企画で皆さんが観た作品を参考にするか、「Make Shift (仮」のnorさんが作った”ホラー占い”を試してみて下さいね~。
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Re: 宵乃さん
苦手なジャンルですねえ~(^_^;)
「狂へる悪魔」見ないで残しておくんだったなあ。ほんと、なにを見よう?
レンタル屋の棚を探してみるか。うむむ。