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    恩田博士と生まれ変わりの機械たち(児童読物・完結)

    恩田博士と生まれ変わりの機械たち 16

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    16


     あまり心ぞうによくない声だった。だが、本物をこの目にすると、もっと心ぞうによくなかった。

     ぼくたちが乗った氷の板は、ちょっとした広場のようなところでとまった。船が行けるところは、ここで終わりということらしい。

     それはいいのだが、広場にはなんとなく小山を思わせるようなものがあった。小山というよりは、エジプトのピラミッドの横にあるでっかいスフィンクスのぞうだ。だけれど、スフィンクスとちがうところもあった。この小山には、首らしきものが三つついており、その両の目に当たるところには、うちゅう服のバイザーの光のかげんを調整しなくてはいけないほどの、ぎらぎらと光を放つ目がくっついていたのだ。二かける三で、合計六つ。その下に、人間一人を飲みこむのなどわけもない、という大きさの口をひとつの首にひとつずつ、ぱくぱくとさせているのだから、それだけでも足がふらついてしまう。さらにいってしまえば、口にはサメのそれを思わせるような、細かくするどい歯が、びっしりと生えていたのだ。

    『おそれてはいけないぞ』

     CDラジカセを構え、博士はいった。

    『おそれを見せたが最後、あの口からはかれる火の息で、わしらは真っ黒こげの死体になってしまう。真っ黒こげになった後は、わしらの体にある水分が、めい王星の低温でかちんかちんにこおりついて……』

    『説明はいいです、博士』

     ぼくはできる限りの自然体をたもって答えた。

    『あのどうくつのおくですか?』

     ぼくはチェルベロの後ろにあるほらあなのようなものを指さした。

    『そのとおり。こんな中にあっても、さすがにさえている。鈴木くん、きみ、しょう来は出世するぞ』

    『よくこんなときにじょう談がいえますね』

     ぼくは外見ではいつもの自分をたもったまま、内心はわーっとさけんでそこらへんを走り回りたくなるくらいの感情と戦いながらチェルベロの横を通りぬけた。その後ろから恩田博士も続く。

    『じょう談も出るというものだよ、鈴木くん。これだけチェルベロのきげんがいいということは、わしらの旅も成功まちがいなしということだからな』

    『ほんとですか?』

    『ほんとだとも。さて、これからわしらは口にもできないようなものを見ることになる。しかし、どんなものを見ても、心を動かしてはいけない。どんなものを見ても、いつもどおりでいなくてはてはいけない。そうしないと、八木くんと愛海ちゃんを連れ帰るどころの話ではなくなる』

     博士は、ぽつりと続けた。

    『タルタロスだからな……』

    『タルタロス? なんです、それ? どこかで聞いたような気もするけど』

     博士はヘルメットをかいた。

    『なに、ギリシア語で、あまり楽しくないところ、という意味の言葉だよ。それじゃ、進むぞ、鈴木くん』

     なにかごまかされたような気がしたが、その言葉に反対する気はなかった。

     ぼくはこのどうくつの先に、今度はいったい、ぼくたちをおどろかせるどんなものがあるのか心配しながら歩いていった。なにしろ、ここでは、じょうしきというものがまったく通用しないらしいのだから。

     心配するだけむだだった。どうくつを出たぼくは、目の前に広がった光景に、きもをつぶしたのだ。

    『は、博士!』

    『心を動かしてはいけない』

     そういう博士の声もふるえていた。

     ぼくたちは、大きな空間のただ中にいた。東京ドームよりももっと広いたてあなだ。おそらく、めい王星の表面で見た、あの大きなあなに直結しているんだろう。それだけなら、ぼくも驚きはしない。だけれども、このたてあなの側面には、とても大きな、苦しみに満ちた顔が、かべ一面に無数にほりこまれていた。顔は、ぼくたちに気がついているのかいないのかはわからないが、しゅうしゅうと、声にならない声、息のような、じょう気の漏れるような音で、悲しげに、苦しげに、なにかをうったえていた。

     一本の、学校のろうかくらいのはばしかない橋が、そのたてあなを横切るようにかけられていた。手すりも、さくも、なにもない。

    『ここをわたるんですか?』

    『ほかに道はない。ヴァージルのやつめ、ちょっとは書いてくれればよかったのに』

    『博士のそのお知り合いの方、ここまで来たんですか?』

    『来たはずだが、その後かいちく工事でも行われたんだろう。よし、鈴木くん、わたるぞ』

     風がないのが幸いだったが、それでも、ぼくは細い橋の上でふらついてしまった。考えても見てほしい。東京ドームというのはさすがにオーバーでも、それと同じくらいの広さのあるあなに、たった一本の橋がかかっているのだ。スケールからしたら、バケツの上に糸が一本ぴんとわたしてあるようなものだろう。それだけならまだいいが、このバケツには、びっしりと人の顔がほりこまれていて、声にならない声を発するのだ。そしてバケツは底なしと来ている。

     ふつうにすいすいとわたれるものじゃない。つなわたりの達人でもないと、足ががくがくして、はって動くようだろう。ぼくはつなわたりの達人ではなかった。だけれど、がくがくしている足をなんとかえっちらおっちら動かして、ふらつきながらも博士の後について歩いた。歩き続けた。

     CDラジカセの変な音が、けっこう救いに感じられたのだから、道具というものは持っておくべきだ。これがなかったら、たぶんぼくはあなの底へと真っさかさまだったろう。

     博士が、これまた足をがくがくさせながらいった。

    『さすがだ。鈴木くん、きみはやっぱり、大物だ』

    『おだてないでください、博士。こわくてこわくて、おしっこもらしそうです』

    『ふつうの人間だったら、とっくにもらしてる。きみは強いよ』

     ぼくは歯を食いしばった。

    『それで、この先にはなにがあるんですか?』

    『たぶん、この先ではそろそろパーティーが始まるところだと思う』

    『パーティーですって?』

     ぼくはくちびるがへにゃへにゃするのを感じながら、博士の言葉に答えた。なにか話していないと、こわくて立ちすくみそうだ。トイレをすませておいてよかった。でなかったらぼくのパンツとズボンはびしょびしょだ。

    『そう。パーティーがすでに始まっていたら、われわれとしてはアウトだ。ここまでやって来たことも、すべてがむだになってしまうと考えたまえ』

     ぼくは答えた。

    『そんなのいやです!』

    『ぎりぎりのタイミングで間に合うことを祈ろう。前進あるのみだ』

    『でも博士、こんなだれも来たことのないような世界、よくくわしく知ってますね』

    『ふむ。それは、ずうっと前に、オルフェとかヴァージルのやつに連れられてやってきたことがあったからな。そのときは楽しかったぞ』

    『こんなところがですか。ちょっと、博士の感覚にはついていけません』

    『まあ、あのころは、ちょっとどころかかなり今とはちがっていたからな。わしの記おく力も、おとろえてきたところがあるようだし』

     博士は、のほほんとした口調で、しかしどこか声をふるわせながら答えた。

    『さて、パーティーが始まる前に向こうへたどり着くことができたら、まず真っ先に』

    『やぎすけと愛海ちゃんをさがすんですよね』

     ぼくはいきおいこんで博士にいった。

    『そう。それから、きみは大急ぎで、ふたりの口に例のクッキーをくわえさせ、持ってきたこのうちゅう服を頭からすっぽりとかぶせる。場がこんらんしているうちにやらねばならないから、けっこうつらいが、できるかな』

    『なんだってできます!』

     ぼくははっきりと答えた。

    『よくいった。さて、それからの手順だが』

     打ち合わせの中で、ぼくは博士のいったことをくりかえした。自分でもなんとかやれそうだ。

     待っていろ、やぎすけ、愛海ちゃん。


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    Re: カテンベさん

    実際に本人がガイドしてくれたわけじゃないですよ。

    旅行記なり見聞録を読んだという、間接的なガイドですな。

    それもかなり古い情報だったので、これまたかなりの変化があったようで……。

    Re: 矢端想さん

    連れられてきたっていっても、まあ、見聞録を読んだくらいですからね。

    本編でも「書いてくれていたら」ってグチこぼしてるし。

    おー
    伝聞情報かと思たけど、博士、ガイドつきで一回来てたんですか
    てことは、すごい発明やなぁ、てものも、その時、こんなのがあったらなぁ〜、てもんだったのかな?
    装備が揃ってなかったやろから大変やったんやろね
    今回のがおわったら、スピンオフ的に前日譚も読みたいわ〜

    NoTitle

    これは大変なところまでやってきましたな。

    ヴァージルに連れられてきたとか、リンカネ博士って何者なんだ!

    「ずうっと前」って700年ぐらい前だったりしてww
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