恩田博士と生まれ変わりの機械たち(児童読物・完結)

    恩田博士と生まれ変わりの機械たち 19

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    19


     このじょうさい都市に、見はりがいなかったのはほんとうによかった。人びとの列をすり抜けるように進んでいったぼくたちは、メタンの氷におおわれた外の大地へ出て、あのうちゅう船を目指して歩いた。見はりもパトロールもいなかったらしく、うちゅう船はしっかり、ぼくたちが帰り着くのを待っていてくれた。照明をつけて、自転車のサドルにすわると、ぼくはどこかしらなつかしさのようなものを感じた。本当になつかしいのは地球だけれど、そこに連れ帰ってくれるのはこのうちゅう船だけなのだから、なつかしさを感じたっていいだろう。

     しかしそれにしてもおそい。博士は、あのパーティーの主にそうとう長くもんくをいっているらしい。うちゅう船のコクピットで、ぼくはいらいらとしながら博士が追いついてくるのを待った。うちゅう服のぬぎかたがわからないから、とてものんびりできたものじゃない。

     ぼくのとなり、行きでぼくがすわっていた席には八木くんがすわっていた。

    『大丈夫か、やぎすけ』

    『うーん……まだちょっと、ねぼけているような気分だよ。でもこのうちゅう船、すごいな。これでうちゅうが飛べるのかい』

    『飛んできたんだからしかたないだろ。それにしても、博士はまだかなあ』

     ぼくが何度目になるかのぼやきをしたときだった。

    『おくれてすまなかった! さて、みんな行くとするか! エアロック・クローズ!』

    『おそいですよ、博士』

     ぼくがふり向きかけたとき、愛海ちゃんのするどい声が飛んだ。

    『ふり返っちゃだめ!』

     そうだった。ぼくはヘルメットごしに頭をかいて、後部ドアがしまる音を聞いた。

    『わしは後ろにおるよ。年よりにはつらい旅だったからな。オートパイロットになっているから、後はこぎさえすれば地球にたどりつくはずだ』

    『ほんとうなんですか、博士?』

     八木くんもふり返ろうとしたらしい。またも愛海ちゃんのするどい声が。

    『だからふり返っちゃだめだってば、八木くん!』

    『おこられてやんの』

    『うるさいな』

     でも、八木くんはまんざらでもなさそうだった。

    『反重力システム全開。目標、地球。発進!』

     ぼくたちはそろってうちゅう船のペダルを踏んだ。うちゅう船は静かにまい上がり、やがてだっしゅつ速度をこえて、地球へとうちゅう空間をすべっていった。

     うちゅう船の飛行が安定してくると、ぼくたちはおしゃべりを始めた。ふり向くな、といわれていたからふり向きはしなかったけど。

     話題が、めい王星のことになった。

    『めい王星って、プルートーっていうんだぜ』

     八木くんのざつ学に、ぼくは答えた。

    『で、プルートーって、どういう意味なんだい』

     答えたのは、八木くんじゃなくて、愛海ちゃんのほうだった。

    『ギリシア神話に出てくるハーデースのこと。ハーデースっていうのは、めい界の王、いいかえれば死の国の王よ』

     死の国?

    『へえ。じゃあ、カロンは? めい王星のえい星だって博士はいってたけど、どういう意味なんだろう?』

     ぼくは軽い気持ちで続きを聞いた。

    『カローンというのが本当ね。ステュクス、つまり、さんずの川のわたし守。さんずの川っていうのはね』

    『知ってるよ。地ごくに流れている川だろう。……地ごく! めい界! 死の国!』

     ぼくは、顔がぞおっと冷たくなって、くちびるがこわばるのを感じた。

    『思うんだけどさ』

     八木くんが、無理して明るい声でいった。

    『もっと、気分が上向きになる話をしようよ』

     でも、ぼくは愛海ちゃんの話の続きが聞きたかった。

    『じゃ、じゃあ、チェルベロは?』

    『地ごくの番犬、ケルベロスのイタリア語読みよ!』

     ケルベロス! ぼくは泣きそうになりながら聞いた。

    『タルタロスって?』

    『ギリシア語の地ごくのことよ! まだわからないの、鈴木くん! あなたと恩田先生は、命をかけて、わたしと八木くんを、死者の国から連れ出してくれたのよ!』

     そんな! そんなところから博士は! ぼくはふり向こうとした。

    『ふり返っちゃだめ!』

     愛海ちゃんがさけんだ。

    『ギリシア神話のオルペウスの話をしてあげるから、ふり返っちゃだめ。ぜったいに』

     オルペウス? たしか、博士もいってたな。似たようなことを。オルフェとか。

     ぼくの思いを知ってか知らずか、愛海ちゃんは語り始めた。

     ……昔、昔、ギリシアの国に、オルペウスというとても歌のうまい詩人がいました。彼がたてごとをかなでて歌を歌うと、どんな人でもそのみ力のとりこになってしまうのです。

     オルペウスには、エウリュディケーという名前のおくさんがいました。オルペウスはおくさんをとても好きだったので、彼女が毒へびにかまれて死んだ時には、それはそれはなげき悲しみました。そしてオルペウスは、死者の国におもむいて、おくさんを取り返そうと決意しました。

     オルペウスは自慢の歌とたてごとで、死者の国を守るわたし守カローンと番犬ケルベロスに通るのを許してもらい、そして死者の国の王であるハーデース神その人にかけあって、エウリュディケーを帰してもらうゆるしを得ました。しかし、ハーデース神はいいました。生者の国に帰るまで、ふり向いてはならぬ。もしもふり向いたら、エウリュディケーは死者の国から二度と出ることはかなわない、と。

     オルペウスとエウリュディケーは連れ立って、死者の国のどうくつを進みました。出口にたどり着き、生者の国の陽の光が見えたところで、安心したのか、愛するエウリュディケーのことが心配になったオルペウスは、つい後ろをふり返り……。

    『もうやめてくれっ!』

     ぼくはさけんだ。八木くんは答えなかった。愛海ちゃんも答えなかった。

    『帰るんだ! みんないっしょに、死者の国から地球に帰るんだ! そうするために、ぼくたちは来たんだ!』

     ぼくは大声でそういうと、ペダルをこいだ。思い切りこいだ。足のつかれも、体のつかれも、ぼくはどうでもよかった。あんな死の国からはさっさと遠ざかり、早く、いっこくも早く地球に帰るのだ。

    『ふり返っちゃだめだぞ、鈴木くん。ペダルをこげ、ひたすらこぐんだ』

     博士の声がした。そうだ。博士はここにいる。それだったら百人力だ。

    『はい、博士!』

     勇気をもらったぼくは、力を入れてペダルをこいだ。

     スターボウが光り、そして……。

     地球が見えてきた。いったん見えたら後は早いものだった。地球は、ぐんぐん大きくなってきた。

     ぼくはほっとした。ほっとすると同時に……気が遠くなった。その頭で、そういえば、このうちゅう服を着てからはマイクごしの声ばかりで、恩田博士の生の声をきいたわけじゃないな、ということを、ぼくはぼんやりと思い返していた。


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