荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(1)

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    stella white12

    荒野のウィッチ・ドクター

    1 戦士アト



    「おい」

     頭をこづかれて、アトは目を覚ました。頭の中にはまるで霞がかかったようだ。身体がどうしようもなく熱い。

    「おい」

     また、頭をこづかれた。アトはうめき声を上げた。

    「生きているようだな」

     目をうっすらと開けると、青すぎるほど青い空と、果てしなく広がる白い砂の大地と、ジャヤ教徒の着る黒いマントが見えた。

     そうか。これが精霊の導きなのだ。

    「殺せ……」

     アトは目を閉じると、かすかなかすれた声でいった。

    「戒律を好み、規則正しい統一された世界を望むジャヤ教徒は、自らの宗派に入らぬものはたとえ親だろうと殺すと聞いている。だが、精霊と祖霊に誓って、おれはジャヤ教徒になることはできない。だからいっそひと思いに殺せ……」

    「殺してほしいのか」

     ジャヤ教徒のマントをまとった人物は、つまらなそうにいった。

    「あたしは殺すのは趣味じゃないんだけれどね」

     ぽん、と、なにかが開けられる音がした。次の瞬間、口に何かが突っ込まれ、そこから冷たく清らかでとにかくうまいなにかが流れ込んできた。

     ……水だ! と気づいたのは、三口ほど飲んでからだった。アトは誘惑に負けそうな意志力に鞭打つようにして、なんとか口から水筒を離した。

    「……大丈夫だ。もういらない。お前の飲む分がなくなってしまう」

    「物わかりのいい野蛮人だな」

     相手はアトの隣に座った。

    「それにあたしは、ジャヤ教徒じゃない」

     相手はフードを上げた。

     金髪を後ろでまとめた、美しい少女の顔がそこにあった。外来人の顔はあまり見たことはないが、自分の部族でいえばだいたい十代前半というところか、と、アトは思った。

     少女は自分自身を指差していった。

    「あたしは、旅のウィッチ・ドクターだ」

     ウィッチ・ドクター、要するに呪術医師である。異様な力を使って人を治療するが、その力のせいで定住を許されていないことはアトも知っていた。それがどういう力だかまでは知らなかったが、今のアトにはどうでもよかった。

     アトは身を起こし、少女の前にひざまずいた。

    「な、なんだよ、いったい……」

    「精霊の導きだ」

     アトは頭を垂れた。

    「おれはこれから、お前の従者になる」

    「あたしの? あたしは従者なんか欲しくない」

    「精霊の導きだ」

     アトは繰り返した。

    「おれはお前の従者になる」

     ウィッチ・ドクターと名乗った少女は、フードを下ろすと立ち上がった。

    「わけありのようだな」

     ちらりとアトに一瞥をくれ、少女は歩き始めた。

    「ついてこい。事情を話してもらうにしてもなんにしても、砂漠のど真ん中で腰布ひとつでは、ほんとうに死ぬぞ。いったん死んだら、あたしを含めてどんな医者でも、生き返らせることはできないからな」

     アトは顔を上げ、慌てて少女の後を追った。その表情は満面に浮かんだ喜色でまるで輝いているかのようであった。



     アトの部族の集落が何者かによって焼き討ちを受けたのは三日以上前のことであった。山刀一本だけでジャングルへと狩りに向かっていたアトが、数匹のトカゲを仕留めて帰り着いたときには、集落は昆虫と動物たちの楽園になっていた。そこにいた人間の全員が殺されたようだった。さらに死体は、家々に見境なしにつけられた火により炙られ、高温多湿の空気もあって、腐肉のかたまりとなっていたのである。

    「……それで?」

     少女は興味もなさそうにパンを口に運びながら、アトに続きをうながした。すでにジャヤ教徒のマントは売り払って、今は別の粗末なマントに着替えている。確かに黒一色のマントよりは、明るい色のほうが似合って見えた。

     食堂兼居酒屋であるここは、さまざまな階級や種族のものたちが利用しているらしかった。野蛮人であるアトを、顔をしかめながらも中に入れてくれたのだから。これが外来人専門の店だったら、アトは店からたたき出されていたところだ。

     アトはこの店に来て、ウィッチ・ドクターが注文してくれたひき割りの黍の粥の皿から顔を上げた。お代わりを繰り返してはがつがつと食らっていたせいか、口の周りが粥で汚れていた。

    「呆然とするおれに、精霊と祖霊から導きがあった」

    「……声でも聞こえたのか?」

    「違う。外来人は皆そういう質問をするが、完全に的を外している。声が聞こえたのではない。だしぬけに、わかったのだ」

    「ふん」

     ウィッチ・ドクターは鼻を鳴らした。

    「おれはその通りにした。そのとき出ていた太陽の方角に向かって歩いた。眠らずにただまっすぐに歩いた。喉が渇き、腹が減ると生かしたまま持っていたトカゲをかじり、力をつけて歩いた。やがておれは、どこまでも続く砂の大地へと出た。おれは歩いた。トカゲもなくなったが、おれは歩いた。最初に出会った人間が、おれの道を示してくれる導き手になることを知っていたからだ」

    「それがあたしか」

    「そうだ」

     ウィッチ・ドクターは顔をしかめた。

    「どうしてあたしがそこまでお前の面倒をみてやらなくてはならんのだ。この大陸は、野蛮人を連れて歩くには、あまりにも外来人が増えすぎて、お前みたいなのがいるとそれだけでも厄介ごとのもとなんだ」

    「おれは食い物を探せる」

    「ジャングルでの話だろう」

    「おれは食べられるものと食べられないものとの見分けがつく」

    「それもジャングルでの話だろう」

     ウィッチ・ドクターは肩をすくめた。

    「あたしだって、食べ物はどこで手に入れられるかくらい知っている。町であり、店だ。ここみたいな。だから、ジャングルでの知識はあっても役に立たない」

    「しかしおれは精霊に」

     いいつのるアトに、ウィッチ・ドクターの少女は冷たい目を向けた。

    「じゃあ聞くけど、お前は人を殺したことがあるか? お前は人を殺せるか?」

     アトは正直に答えた。

    「生まれてから一度も、人を殺したことはない。人を殺そうと思って戦ったこともない。だが、はずみで相手を殺してしまうことがあるかもしれない。運命は精霊しか知らない」

     ウィッチ・ドクターは苦笑いした。

    「正直なやつだな」

    「嘘をつくことはおれもできる。だが、嘘をつくことで、いいことはほとんどない。嘘は災いをもたらす」

    「ほんとに正直なやつだな、お前」

     パンの最後のかけらを口に放り込んだ少女は立ち上がった。

    「ついてこい。服を買いに行くぞ」

    「連れて行ってくれるか!」

    「その前にやることをやってからだ」

    「やることとはなんだ」

    「乱闘」

     少女がそう口に出した瞬間、黒いマントを羽織った、ひと目でジャヤ教徒とわかる男たちが四人、店の扉と裏口から、同時に武器を持って駆け込んできた。狙いが少女にあることは明らかだった。

    「この状況を……」

     なんとかしろ、と少女がいう前に、すべては終わっていた。アトは裏口から入ってきた二人の顔面に素早く手のひらをぶつけ、相手を昏倒させた。次の瞬間、振り向きざまの二度の回し蹴りが、褐色の蝶が羽ばたくように相手ふたりの顔面に痛烈な一撃を与えていた。

     昏倒した四人の刺客を見て、ウィッチ・ドクターは手を叩いた。

    「やるじゃん」

    「戦士とは踊るように戦うものだ」

     ウィッチ・ドクターの少女は首を振った。

    「お前の仲間はみんなそうなのか。そんなに強い部族が、どうして簡単に焼き討ちなんか食らったんだ」

    「戦士が生まれるのは三十年に一度あるかないか。おれが村にいたころは誰も襲いに来なかった。しかしあの満月の夜は特別。祖霊に捧げるため戦士が狩りをせねばならない日。相手はその日を狙って襲ってきた」

     ウィッチ・ドクターは倒れた男たちのそばでなにやらごそごそやっていた。

    「よし、やることはやった。ついてきな」

    「わかった。やることってなんだったんだ」

    「野蛮人のお前にはわからないかもしれないが、旅というものには路銀というものが必要なんだ。ここのものに迷惑がかかるといけないから、食い逃げするぞ。おい、アト、さっさと来い!」

     ふたりは建物を飛び出した。

     ウィッチ・ドクターは服を売りに出している店に銀貨を三枚投げ込むと、マントとズボンとシャツをひったくった。靴を売りに出している店に銀貨を一枚投げ込むと、ブーツをひったくった。

    「外来人のいう買い物というのはそうやってやるものなのか」

    「バカなことをいっていないで早く着替えろ。お前はあたしの従者になるんだろ」

    「そうだ」

    「だったらもうちょっと身だしなみに注意を払え。これから行くところでは、そういうことを非常にやかましくいわれるんだ」

    「そこがおれの目的地なのか」

    「知らないよ。とにかく、外来人の国では、金を稼がなくては生きていけないのさ。あたしみたいな、ウィッチ・ドクターは特に」

     そういって、ウィッチ・ドクターの少女は空を見上げた。

    「金を稼ぐのには危険も伴うものだけどね」

    「おれは命に代えてお前を守る。それが従者というものだ」

    「守りきれなかったら?」

    「それもまた精霊の導きだ」

     ウィッチ・ドクターは肩をすくめた。

    「頼りがいのある従者だな。それと、あたしのことはテマと呼んでいい」

    「テマ?」

    「あたしの名前だよ。お前と呼ばれると、ちょっと傷つくんだよね」

     アトは着替えを終えた。

    「これでいいか」

    「似合うじゃん。じゃ、行くか」

     ふたりは肩を並べ、いずこかへと歩き出した。先にあるのは、金か、約束の地か、はたまた……死か?



    (来月に続く)
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    ~ Comment ~

    Re: 山西 サキさん

    うーむ、いきなりプレッシャーが……(^^;)

    月イチ連載で30~40回のつもりですが、それまでわたしの体力と意志力と経済力が持つかなあ……(^^;)

    長編書き出すときはいつも不安なんだよなあ……(^^;)

    NoTitle

    ああ!これは凄い!
    いきなり面白いですよ。とっても!
    10行目くらいまでにもう入り込んじゃいますよ。
    テマにやられちゃったのかな?
    このコンビ、この設定で冒険を始めそうですが、面白いに決まっているような予感が……。

    Re: カテンベさん

    カミラとヒースの話も書きたいですが、ザリグ殿下の話も書きたいし、農耕惑星もののリレーもやりたいし、カレとカノジョの話も書きたいし、紅恵美も忘れたくないし、だいいち「夢鬼人」が途中で放りっぱなしだからなんとかしたいし、……見境なしに手を広げるとこうなるからみんな注意しよう!(^_^;)

    待望の新連載ですね(((o(*゚▽゚*)o)))

    いずれ、村を襲った連中、てのをやっつけるエピソードがあるんやろなー、くらいは想像できるけど
    どんな展開になっていくんだか、ワクワクするわぁ(o^^o)

    月イチ連載てことは
    まさか、複数同時連載になったりするんですか?
    できたらカミラ&ヒースの続きも読みたいなぁ
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