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    「ショートショート」
    ミステリ

    そこへ兎がかけて出て

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     難聴になった。突然だった。わたしの耳は、朝目が覚めたらなにも聞こえなくなっていたのだ。

     それだけなら、わたしはこんな手段は選ばなかっただろう。

     アパートの大家からのものと思われる手紙がポストに入っていた。来月中にこのアパートを出てくれという話だった。なにか再開発事業が始まるらしい。こんなの不当だと思えたが、この不況のご時勢、店子は肩身が狭い。文学部中退で法律にはまったく知識のないわたしには、争ったところで負けるだけだという確信があった。いやな確信だが、まず間違いはない。弁護士を立てたところでそっちのほうが高くつく。出て行くしかないようだった。

     それが加わっても、わたしはこんな手段は選ばない。

     メールが来た。別れた妻からだった。今七つになる娘が、突然の事故に巻き込まれ、急遽大金が必要になったとかいう話だった。一刻も早く電話をくれとある。今のわたしには、電話なんかとてもできないし、電話できたところで大金のつてがあるかと聞かれても、ないものはないと答えるしかない。しかし、添付されていた娘の画像、事故の現場で撮影されたらしい生々しい娘の画像は、わたしに計り知れないショックを与えた。
     さらに、なにか聞こえないかと未練がましくひねったテレビの画面に出ていた大事故のニュース、そこにはしっかりと娘の名前が出て来ていたのだ。

     三つもこんなことが重なると、わたしでもやけくそじみた手段を選びたくなる。

     さらにポストには別の手紙が入っていた。
     派遣先の会社からの解雇通知。

     わたしはもう、自分がどうなってもよくなった。不幸は塊になって襲ってくるというが、これは本当のことである。

     わたしは、自分が置かれている状況を整理してみた。
    ・緊急に大金が必要
    ・職はない
    ・住居もすぐになくなる
    ・身体に重大な障害が発生
    ・すでにあまり若くはない
    ・死亡時受け取りの生命保険には加入していない
     ……ため息が出た。どうしようもない。
     いや。待て。まだ大金を得る手段は残っているのではないか?
     わたしは、目をつぶって考えた。耳が聞こえないがゆえの静寂の世界は、沈思黙考にはかえってプラスだった。

     夜更け。わたしは近所にある曲がり角に行った。
     ここは、交通量が少ない裏道にある。車の量はもちろん多くはないが、人はもっと通らない。
     この曲がり角にある横断歩道にも信号機がついている。見晴らしが悪いので当然だ。
     わたしが着目したのはここだった。
     この横断歩道にある信号機だが、ここを通る人間は非常に少ないことから、たいていのドライバーは、一時停止をしないどころか信号を無視して突っ走ってしまうのである。全国一マナーが悪いことで知られるわが県のドライバーだからこそだが。
     よって、わたしが青信号の横断歩道で待ち構えていれば、そういった不心得なドライバーが轢いてくれる可能性は非常に高い。
     しかもここは曲がり角であるからカーブしている。激突の速度もある程度は減殺されるであろう。
     これにより、「青信号を渡っていた善良な歩行者が、暴走ドライバーにはねられ、傷害を負ったうえ(ヤケクソになっていたわたしは別に死亡でもよかったのだが)、耳が聞こえなくなる被害を受けた」という状況が出来るのだ。
     これで賠償金を取れなかったら嘘であろう。そうすれば、娘の手術代に当てることができる。わたしはどうなってもかまわない。
     信号が変わった。青になった。
     わたしは横断歩道の真ん中で立ち、待った……。

     …………

    「ひどい事故だな」
     現場検証に訪れた刑事は、手をコートのポケットに突っ込み、憮然とした表情でつぶやいた。
    「ホトケさんは?」
     そう聞かれた巡査は、はっ、と身体を緊張させて答えた。
    「検死のため、法医学者のもとへ送りました」
    「ごくろう」
     刑事はうなずいた。
     そのまま現場を見るともなしに眺め、
    「それにしても、こんな事件を引き起こしたあの男は、いったいなにを考えていたんだ」
    「重態で病院に運ばれましたので、尋問は明日以降になるかと」
    「まったく、サイレンを鳴らして突っ走ってきた救急車に気づかないまま、横断歩道でぼおっとしていたんだろう? なにを考えてるんだ。いくらここが見通しが悪いからって、サイレンにくらい気づけそうなものじゃないか。そのうえ、この事故で、救急車に乗っていた重症患者が、ショックでホトケさんになっちまった。まだ十五の女の子だったそうじゃないか」
     巡査は、刑事になんと言葉をかければいいのかわからなかった。
    「公務執行妨害というか、業務上過失致死というのか、なにかしらの罪で起訴できないものかなあ? そうでなくとも、あの女の子のためにいくらかの損害賠償をふんだくれないものか……。おい、なにをしている。仕事を続けろ!」
     刑事に怒鳴られ、巡査は再び、はっ、としゃちこばって仕事に戻った。
     捜査はシステマティックに進められていた。
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    ~ Comment ~

    >ネミエルさん

    星新一先生のような大天才と比較していただけるとは……うわーおそれおおいでありますー(^^)

    >せあらさん

    ちょっと残酷にすぎましたかね(^^;)
    なんかこういう残酷で皮肉な運命の小説が書きたくなって(^^;)
    楽しんでいただければ幸いですー。

    そうきましたかΣ(ロ゚|||ノ)ノ

    なんというか、ずいぶんと運に見放された方のようですね。哀れ。。

    最初は単純に、「ひどい事故だな」って刑事さんが言った時、主人公が被害者だと思ったんですよ。
    まさかぶつかった相手が救急車だとは思いもしませんでしたから。
    人間、いくらせっぱつまっても人道に反することは考えちゃいけませんね。
    こういうのを、因果応報というのでしょうか。

    あ、リンクの件よろしくお願いしますv
    もう貼ってしまったので、撤回はききませんよ?

    星新一みたいな小説を本当にありがとうございました。

    もう、すべての思いをこの一言につめました。
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