「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
探偵エドさん(童話掌編シリーズ・完結)
エドさん探偵物語:15 地獄の国税局
地獄の国税局
エドさんは、探偵事務所で渋い顔をしていました。税金の計算をしていたのです。
「ずいぶん持ってかれるなあ……」
予想外の出費がかさんだため、差し引き勘定をしてみると、赤字ぎりぎりでした。なんでもいいから依頼人を見つけて仕事をしないと、首が回らなくなってしまいます。
扉にノックの音がしました。
「開いてますよ」
入ってきたのは、いかにも小役人のような顔をした小柄な男でした。
「ええと、あなたは?」
「地獄の国税局のものです」
エドさんは飛び上がりました。
「払いの期限はまだでしょう! それに、なにも自分から地獄だなんていうこともないじゃないですか。誰でも知ってるんだから」
「あの、なにか勘違いしてるのでは? わたしは本物のこれで」
男はスーツの下から、先の尖ったしっぽを取り出しました。エドさんはうなりました。
「地獄にまで国税局はあるんですか」
「どうやってわれわれ悪魔が食べていっていると思っていたんですか。まあそれはいいとして、依頼というのはですねえ……」
話によると、地獄に落ちるはずだった亡者の魂の一部を地上界へつなぎとめ、自分の欲望のために責めさいなんで私腹を肥やしている悪魔がいるらしいのです。
「なんてひどい。悪魔の風上にも置けないやつですね。でも、堕天使には、地獄という懲罰の場があるわけですが、悪魔として堕落してしまったものは、どこに行くんですか?」
「それについては心配ご無用。その手のことなら、われわれの想像力は無限ですからな。それじゃ、頼みましたよ。ひと月後までに、そいつの脱税方法のヒントなりでも突き止めてください。では、また来ますから」
「あの、ちょっと。そんな、無理ですよ。人間界のことはわかっても、悪魔のやりくちなんてものはまったく知らないんですから。他の人を当たってください」
エドさんは叫びましたが、無駄でした。一条の煙とともに悪魔は消えてしまいました。
「失敗したら地獄へ来てもらいますよ」
という言葉を残して。
どうしよう。エドさんは悩みました。なにしろ相手は悪魔です。地獄に落ちるのは嫌ですが、かといって、悪魔の企みなんか、人間にわかるわけがありません。エドさんは、悩みながら毎日を過ごしました。約束のひと月目はじりじりと迫ってきます。なんとかしなければ……。そんなある日、エドさんは新聞の片隅の記事に目を留めました。
ひと月目。エドさんの事務所に入り込んできた国税局員の悪魔は、積み上げられた医学書にびっくりした様子でした。
「お待ちしていました」
「この本はなんですか?」
「図書館で借りた参考資料です。もっとも、わたしにわかる内容ではありませんがね」
悪魔は、背表紙を眺めました。
「病気のガンの本ですね。これが脱税と?」
「ガン細胞についてはご存じですか?」
「いえ。あまり。わたしは税務一本槍でしたから」
「ほう。では、ガン細胞が不死の細胞だということもご存じない?」
「なんですって?」
「適当な温度と、培養液と、栄養があれば、ガン細胞は永遠に成長と分裂を続けます。では、もしガン患者からガン細胞を取り出し、研究のため培養したら、どうなるでしょうか? 患者の本体が死んだ後でも、ガン細胞だけが生き続けるとしたら、その場合、この患者は、生きているのでしょうか、死んでいるのでしょうか? この本には、そういう事例がいくつも紹介されています。天国との間で、大至急討議すべき問題でしょうね。天国行きの魂まで責めさいなまれちゃかなわない」
「生でも死でもない宙ぶらりんの状態……そうです。それに間違いありません。さすがです。あなたを選んでよかった! 報酬として、あなたにいいことを教えてあげましょう」
「そんなのはどうでもいいから、帰ってくれませんか」
エドさんは答えましたが、悪魔はにじり寄ってきました。
「いや、これはあなたにとって、重要な情報のはずです。よく聞きなさい……」
悪魔はエドさんの耳元でささやきました。
「税金の払い込み、今日までですよ」
「あっ……」
エドさんは泡を食って書類をかき回し始めました。笑い声を一声残して、悪魔は姿を消し、二度と現れませんでした。
エドさんは、探偵事務所で渋い顔をしていました。税金の計算をしていたのです。
「ずいぶん持ってかれるなあ……」
予想外の出費がかさんだため、差し引き勘定をしてみると、赤字ぎりぎりでした。なんでもいいから依頼人を見つけて仕事をしないと、首が回らなくなってしまいます。
扉にノックの音がしました。
「開いてますよ」
入ってきたのは、いかにも小役人のような顔をした小柄な男でした。
「ええと、あなたは?」
「地獄の国税局のものです」
エドさんは飛び上がりました。
「払いの期限はまだでしょう! それに、なにも自分から地獄だなんていうこともないじゃないですか。誰でも知ってるんだから」
「あの、なにか勘違いしてるのでは? わたしは本物のこれで」
男はスーツの下から、先の尖ったしっぽを取り出しました。エドさんはうなりました。
「地獄にまで国税局はあるんですか」
「どうやってわれわれ悪魔が食べていっていると思っていたんですか。まあそれはいいとして、依頼というのはですねえ……」
話によると、地獄に落ちるはずだった亡者の魂の一部を地上界へつなぎとめ、自分の欲望のために責めさいなんで私腹を肥やしている悪魔がいるらしいのです。
「なんてひどい。悪魔の風上にも置けないやつですね。でも、堕天使には、地獄という懲罰の場があるわけですが、悪魔として堕落してしまったものは、どこに行くんですか?」
「それについては心配ご無用。その手のことなら、われわれの想像力は無限ですからな。それじゃ、頼みましたよ。ひと月後までに、そいつの脱税方法のヒントなりでも突き止めてください。では、また来ますから」
「あの、ちょっと。そんな、無理ですよ。人間界のことはわかっても、悪魔のやりくちなんてものはまったく知らないんですから。他の人を当たってください」
エドさんは叫びましたが、無駄でした。一条の煙とともに悪魔は消えてしまいました。
「失敗したら地獄へ来てもらいますよ」
という言葉を残して。
どうしよう。エドさんは悩みました。なにしろ相手は悪魔です。地獄に落ちるのは嫌ですが、かといって、悪魔の企みなんか、人間にわかるわけがありません。エドさんは、悩みながら毎日を過ごしました。約束のひと月目はじりじりと迫ってきます。なんとかしなければ……。そんなある日、エドさんは新聞の片隅の記事に目を留めました。
ひと月目。エドさんの事務所に入り込んできた国税局員の悪魔は、積み上げられた医学書にびっくりした様子でした。
「お待ちしていました」
「この本はなんですか?」
「図書館で借りた参考資料です。もっとも、わたしにわかる内容ではありませんがね」
悪魔は、背表紙を眺めました。
「病気のガンの本ですね。これが脱税と?」
「ガン細胞についてはご存じですか?」
「いえ。あまり。わたしは税務一本槍でしたから」
「ほう。では、ガン細胞が不死の細胞だということもご存じない?」
「なんですって?」
「適当な温度と、培養液と、栄養があれば、ガン細胞は永遠に成長と分裂を続けます。では、もしガン患者からガン細胞を取り出し、研究のため培養したら、どうなるでしょうか? 患者の本体が死んだ後でも、ガン細胞だけが生き続けるとしたら、その場合、この患者は、生きているのでしょうか、死んでいるのでしょうか? この本には、そういう事例がいくつも紹介されています。天国との間で、大至急討議すべき問題でしょうね。天国行きの魂まで責めさいなまれちゃかなわない」
「生でも死でもない宙ぶらりんの状態……そうです。それに間違いありません。さすがです。あなたを選んでよかった! 報酬として、あなたにいいことを教えてあげましょう」
「そんなのはどうでもいいから、帰ってくれませんか」
エドさんは答えましたが、悪魔はにじり寄ってきました。
「いや、これはあなたにとって、重要な情報のはずです。よく聞きなさい……」
悪魔はエドさんの耳元でささやきました。
「税金の払い込み、今日までですよ」
「あっ……」
エドさんは泡を食って書類をかき回し始めました。笑い声を一声残して、悪魔は姿を消し、二度と現れませんでした。
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Re: fateさん
悪魔からなにかもらったりしたら、「それ以上の不幸」が襲いかかってきそうではないですか。
わたしがエドさんだって断ります(^^)
それにしても、この地獄の国税局、けっこう良心的だなあ。きちんと「役に立つ情報」を教えてくれたもんなあ。
わたしがエドさんだって断ります(^^)
それにしても、この地獄の国税局、けっこう良心的だなあ。きちんと「役に立つ情報」を教えてくれたもんなあ。
Re: YUKAさん
裏の世界(笑)ではすごく有名だったりして。
「あ、あいつ、辞書の依頼を解決したエドだぞ……」
「噂じゃ彫刻の依頼も解決したそうじゃないか……」
「ウルトラゾーン」の「不良怪獣ゼットン」みたい(笑)。
「あ、あいつ、辞書の依頼を解決したエドだぞ……」
「噂じゃ彫刻の依頼も解決したそうじゃないか……」
「ウルトラゾーン」の「不良怪獣ゼットン」みたい(笑)。
こんばんは♪
上手い!
生きているのか死んでいるのか。。。
がん細胞は最強ですね~~^^;
悪魔にまで依頼されるエドさん
実は物凄い有名だったり^^
生きているのか死んでいるのか。。。
がん細胞は最強ですね~~^^;
悪魔にまで依頼されるエドさん
実は物凄い有名だったり^^
Re: 有村司さん
「地獄の国税局」というタイトルができた時点で、これは勝ちだ、と(笑)。
でも国税庁のかたには悪いかな(^^;)
ブログはばんばん宣伝しちゃってください。三年目ですが、もう、いつまでたっても零細で……(^^;)
でも国税庁のかたには悪いかな(^^;)
ブログはばんばん宣伝しちゃってください。三年目ですが、もう、いつまでたっても零細で……(^^;)
不覚にも笑いました。
友人に国税庁のお役人様がいるもので、不覚にも笑ってしまいました。
地獄の沙汰も金次第とはよく言ったもので(笑)
友人にこのお話のことを教えたらきっと苦笑するでしょうね。
紹介してみようかな?^^
地獄の沙汰も金次第とはよく言ったもので(笑)
友人にこのお話のことを教えたらきっと苦笑するでしょうね。
紹介してみようかな?^^
- #5681 有村司
- URL
- 2011.11/10 18:13
- ▲EntryTop
Re: ぴゆうさん
ガン細胞尾保存は、ちょっと見には怖くするためのSFかなんかのアイデアに見えるでしょう。
しかしこれ、実話をベースにしています。
有名なところでは「ヘラ細胞」というのがありますね。
提供者はヘラさんという女性なんですが、同意を得ずに切除した細胞の培養実験を始めたため、倫理的な問題があるようです。提供者のヘラさんの死後数十年たった今でも未だにガン研究のため培養されているとかいないとか……。
中学生のころ本で読んでショックを受けたのをまざまざと思い出します。
しかしこれ、実話をベースにしています。
有名なところでは「ヘラ細胞」というのがありますね。
提供者はヘラさんという女性なんですが、同意を得ずに切除した細胞の培養実験を始めたため、倫理的な問題があるようです。提供者のヘラさんの死後数十年たった今でも未だにガン研究のため培養されているとかいないとか……。
中学生のころ本で読んでショックを受けたのをまざまざと思い出します。
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Re: 鍵コメさん
この話が13日の金曜日に投稿されたのは、
「単なる偶然」です(笑)。
脳味噌にムチをくれて書きつづけていますが、なかなか……。
アイデアの枯渇もそうですが、
最近のどんどん悪くなっていく世界の政情のニュースを聞くと悲観的なことしか考えられず……。
とほほほです。