荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(2)

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    stella white12

     2 呪術医師テマ



    「ここがその成金の家なのか」

     砂漠の中に建つ不釣合いな大きさの石造りの屋敷……いや、宮殿を見て、アトはあきれたようにいった。高い塀に巨大な門。その前には、外来人のふたりの門番が、槍を構えて立っている。

    「成金は成金だが、あたしたちの金づるには違いないだろ。それに、いくら奴隷貿易であこぎに儲けたからといって、持っている金貨が、真鍮に変わるということもない。いいか、しばらく口はつぐんでろ。形だけでも、無口で忠実な従者をやるんだ」

     テマの言葉に、アトは首を縦に振った。無言で。テマは満足そうにうなずいた。

    「よし、それじゃ、行くぞ」

     テマは堂々と、この暑い中立ちっぱなしである門番たちの前へ歩んでいった。アトもそれに続く。

    「何者か!」

     槍が、テマに突きつけられた。テマはマントのフードを持ち上げた。

    「ウィッチ・ドクター。この屋敷の主人がお呼びだと聞いて参上した」

    「ウィッチ・ドクターだと? お前みたいな小娘がか?」

     ふたりの門番は、大笑いした。

    「いつでも証拠は見せられるが、それには、あんたがたの血と傷とが必要だ。それでかまわないのなら、やるぞ。別料金だがな」

     テマは淡々といった。その口ぶりに、門番はわずかにたじろいだ。

    「そこの野蛮人を使っては試せないのか」

     テマは答えた。

    「腕を見せるのにあたしの従者を使ったら、インチキだと思われてしまう。それよりは、あんたたちを実験台にするほうがよりわかりやすいだろう」

    「その野蛮人はお前の奴隷だったのか」

    「従者だ」

     門番の言葉に、テマは答えた。

    「だから奴隷だろ」

    「従者だ。これ以上、同じことをあたしにいわせるな」

     テマはくるりと振り向いた。

    「アト。もしこいつらが手を出してきたら、ぶちのめしてしまってかまわん。ただし、命は取るな。曲がりなりにも、あたしは医者なんだから」

     アトはうなずいた。

    「黙って聞いてりゃふざけやがって!」

     門番の一人が、槍を構えてアトに向かって走って……来たか、と思った瞬間、門番の身体は宙を舞っていた。

     アトが、こともなげに突き出されてきた槍をつかみ、そのままひねるように跳ね上げたのだ。

     宙を舞った身体は、もちろんどさりと砂漠に落ちた。呆然として声も出ないふたりの門番に、テマはいった。

    「そんな顔をすることもないだろう。ごく単純な、テコの原理の応用だ」

    「て……テコ」

     テマの声に苛立ちが混じった。

    「取り次ぐのかどうなのか、用はないのかどうなのか、さっさと主人に報告に行ったらどうだ!」

     ふたりは逃げるように門の中に入っていった。

     テマはアトに向かってうなずいた。

    「よくやった。なにかいうことはあるか」

    「テコの原理がさっきの投げとどうかかわっているんだ」

     テマは笑った。

    「軽業でもなんでも、よくわからない身体の動きには、テコの原理といっておけば、たいていは納得してくれるのさ」



     屋敷の主は、やたらと腰の低い外来人の老人だった。よほど運命を呪っているのか、顔に憔悴の色があった。

    「これはこれはウィッチ・ドクターさま、よくぞ来てくださった。商人のゴドーです」

     ふたりが通された一室には、やたらと盛られた食事と、そして水の入った杯があった。

    「あなた様の力で癒していただきたいのは、わたしの孫娘です」

    「ならば早く患者と引き合わせてください。このような供応は無用です」

    「しかし、それではこちらの気が……」

    「気がすまないのなら、代金を二割り増しにしてください。安定しているように思えても、一刻も早く患者を診なければ、命にかかわる場合もあるのですから」

     テマの言葉が効いたのか、ゴドーは立ち上がった。

    「ご自由に」

     アトも立ち上がろうとした。

    「ウィッチ・ドクターさまおひとりにしていただきたく……」

     そういったゴドーに対し、テマはぴしゃりといった。

    「この男は野蛮人ですが、あたしの従者であり、弟子であり、助手です。この男がいなければ、あたしは術を使えません」

     ゴドーはあきらめたように答えた。

    「どうぞご自由に」



     ふたりは離れに通された。周囲に高い塀と住居を建て、中庭に凝るのがこの地方の屋敷の造りである。そんな中、この家には、そこだけ孤立した離れがあった。

    「娘の病気は、ひどい火傷でして」

    「…………」

     テマは無表情で聞いていた。

    「幸い、命に別状はなかったのですが、顔と上半身に、見るもおぞましい痕が……そして孫娘は、心を……」

    「わかりました」

     テマはいった。

     確かに、目の前の寝台で泣いている二十歳ごろの娘は、ひどい様相だった。嘆き悲しむのもわかる、と、アトは思った。

    「床を拝借します」

     テマは服の小物入れから石灰のかけらを取り出した。入念に、床になにかの印を描いていく。

    「なにを……」

    「しっ。これから獣を呼び出します」

    「獣?」

    「病を食べる獣です」

     かりかり、と、壁にも印が描かれた。描きあがったそれを見て、テマはよし、とうなずいた。そのまま胸元に手をかけると、服を脱ぎ始めた。

    「な、なにを……」

     傷ひとつない滑らかな肌の裸身が、窓にかけられた桟を通して入ってくる鈍い陽光に浮かび上がった。

    「アト。娘をあたしの前に連れて来い。服は脱がせる必要はない」

     テマはいった。アトはうなずき、寝台へ歩くと、むせび泣く娘を抱きかかえ、テマの前へと連れて行った。

    「ゴドーさん」

     テマは続けた。

    「あなたも心の臓に重い病気がある。ついでです、この陣の中へ。代金は別請求ですが」

     ゴドーはなにかいいかけたが、首を振ると、テマの前に歩み寄った。

    「行きます」

     テマはゴドーと娘の手を取ると、なにやら異様な言葉をぶつぶつとつぶやき始めた。アトも、ゴドーも、目を見張った。テマの身体から、燐光が発していたからである。

     その目は、さらに大きく、丸くなった。テマの顔面の皮膚が、盛り上がるようにうごめき出したのだ。

     ゴドーが叫んだ。

    「火傷が! 火傷が……移っていく!」

     そうだった。娘の顔からは引き攣れた火傷の醜い痕が、布でぬぐったかのように消えて行き、それがそっくり、テマの顔面に引き写されたのだ。

     ゴドーが心臓を押さえ、ひざをついた。テマはいった。

    「アト。ふたりをこの陣から引きずり出せ」

     アトは無言で、娘と老人を引き出した。テマは口をぐっと閉じると、今やまぶしいほどの光を放っている陣の中央にうずくまった。

     アトは見た。光の中から、黒い無数の触手が這い出し、テマの身体をついばみ始めたのだ。いや、身体ではない。テマの身体に現れた火傷の痕や、心臓のあたりを重点的についばんでいる。

     ……病を食らう獣! それは嘘でもはったりでもなかった。みるみるうちにテマの火傷は治っていった。そして燐光も弱くなり……消えた。肩で息をし、脂汗を流す少女の裸体が、そこに残されていただけだった。

    「……すばらしい!」

     離れの外から、声がかかった。ゴドーと娘は、抱き合うと、震え始めた。テマは、疲労しきった顔で、それでもにやりと笑った。

    「本物のゴドーさんだね」

    「そういうことだ」

     手下を引き連れて入ってきた、顔に醜い傷のある大男は、鞭を手に大笑いした。

    「一日に、こんな上物の奴隷が三人も手に入るとは、おれもついている男だぜ」

    「怪しい話だとは思っていたさ。護衛もなしにあたしらを連れて行った老人。自分の孫娘のくせに、寝台の周りにカーテンすら張っていなかったこの離れ。どうせ、あたしたちに勧めた、あの食事や水にも、痺れ薬が入っていたんだろう?」

     テマの答えに、本物の奴隷商人ゴドーは、さらに大声で笑った。

    「まあ、そういうことだ。今さら、それがわかったからって、どうしようもないがな。そこから一歩でも動いたら、お前ら全員、矢ぶすま、というわけだ」

     アトはうめいた。飛び道具に使えそうなのは、この山刀だけだ。この状況下で、自分にどれだけできるのか。

    「ゴドー。その顔の傷を消す気はないか?」

    「取引かいお嬢ちゃん。この期に及んで?」

    「取引じゃないさ。宣戦布告だ。行け!」

     その言葉と同時に、無数の黒い触手が、四方八方に飛び散った。

    「ぐあっ!」

    「があっ!」

     あちこちで悲鳴が上がった。いちばん大声で悲鳴を上げているのは、黒い触手に顔の傷をついばまれているゴドー本人だった。

    「こいつらは病気や怪我が大好きでね。隙さえあれば食らおうとするんだ。そしてあたしは慣れたけど、病を食らわれているときっていうのは……気が狂うほど痛いのさ!」

     その場にいる人間のうち、テマの言葉が理解できるほどの正気を保っているのは、テマ、アト、そして先ほど、主人と孫娘の役をさせられていた、奴隷ふたりだけだった。



     奴隷商人の屋敷から、持てるかぎりの金貨をかっぱらって逃げてきたテマとアトは、月夜の砂漠をらくだに揺られていた。

    「奴隷商人にさらわれて、辱めをうけるよりはと自ら顔を焼いた旅商人の娘と、その祖父か。あたしにしちゃ、事情はどうあれ、金が儲かったからいいけれど。なにかいいたそうだな、アト?」

    「……ああ。考えていたんだが、あのとき傷を自分に移したり、化物を呼び出したりしたのも、テコの原理の応用なのか?」

     テマは一瞬絶句したが、やがて叫んだ。

    「バカ!」



    (来月に続く)
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    ~ Comment ~

    Re: 山西 サキさん

    本人は面白い話と信じて書いていますが、長編を進めている間は不安のかたまりだったりします。

    褒めてくださると「やる気」自体が違ってきますねえ。(^_^)

    ありがとうございます!

    こんばんは~

    ポールさん、これ面白いですよ。
    発想がさすがですね。
    病を食べる獣ですか。
    テマはお医者さんですもんね。
    テコの原理だし。

    それに「バカ!」ですもんね。
    すっかり迷コンビになってるし・・・

    Re: カテンベさん

    詳しくは来月に説明しようと思っていたのですが、テマの能力のルールについて。

    どんな場所でも獣は呼び出せるし治療もできます。

    ですが、召喚者がコントロールしていないと、獣が暴走してどこへ飛んでいくかわかりません。

    そのために陣を描いておき、獣が「漏れ出さないように」壁をこしらえておくわけです。

    今回、四人が獣に痛みを与えられるのを避けられたのは、

    「獣が食べに来るような大きな病気やケガ」を、テマがあらかじめ自分に移して治療しておいたからです。

    悪党どもが全員襲われたのは、

    傷もそうですがむしろ「慢性的なアルコールによる胃の荒れ」が獣に食われたと考えてください。

    発狂しかねないほどの胃の痛み、怖いですな。(^_^;)

    さて、おばあちゃんになったテマの未来についてですが、

    「物語の基幹となる要素」に強く結びついているので、ここでの説明は避けておきます(^_^)

    若いから痛みに耐えれるんやろか?おばばになったら、もう無理、てなりそやねー

    癒しもするけど痛みも与える麻酔なしの手術みたいなもんなんですね

    襲われるのは想定内、て感じやけど
    触手が、四方八方に飛び散った。てことは、床に書いたもんから、てことでしょ?
    壁に書いたもんが、襲撃への備えかと思たけど違たんですね

    床と壁のあるとこやないと治療はできないのかな?
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