荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(3)

     ←オタ句 10月30日 →自炊日記・その34(2014年10月)
    stella white12


     3 何処へ



    「シャーッ!」

    「シャーッ!」

     夜の闇の中。いつからその岩陰に伏せて待ち伏せていたのか、影がふたつ、テマの前に飛び出してきた。影はおそろいの黒いマントを身につけ、手には黒曜石を砕いて作ったナイフが握り締められていた。

     ジャヤ教徒である。黒、特に黒く輝く黒曜石の色は、彼らにとって聖なる色なのだ。

     だが、テマの従者であるアトには、そんなことなど関係はなかった。主人を守るのが従者の務めである以上、それを果たすのみだ。

     アトはひとり目のジャヤ教徒の足元を、右足で蹴った。バランスを崩し、倒れ掛かるその男の顎に、今蹴った蹴り足の膝が、下から突き上げるようにぶち当たった。

     顎の骨の割れる音がした。そして右足は、そのままなめらかにくるりと動き、もうひとりのジャヤ教徒の胸に当たった。回し蹴り。骨が砕ける音がした。

     その音を聞いたテマは、肩をすくめた。

    「顎の骨折と強度の脳震盪で、だいたい全治一ヶ月と二週間。胸元を蹴られたやつは、肋骨の骨折と、折れた骨が肺に突き刺さったことで、適切な手段を取ったとしてもまず全治三ヶ月から四ヶ月。敗血症を起こしていたら三日もすれば死ぬ」

     医者としての冷静な診断であった。

    「凶器みたいな右足だな、アト」

    「おれは戦士だ。それよりも、こいつらをどうするんだ」

     テマは眉をひそめた。

    「あたしを誰だと思ってるんだ。いちおう、医者だぞ。治してやらなきゃならんだろう」

    「またあの円を描くのか」

     テマは首を振った。

    「あれはあたしの特別サービスだ。サービス料金を払わないやつにやることはない。でも、エサのかわりくらいにはなってくれないと困る」

     芝居がかるように杖で一度地面をとん、と打ったテマは、ひとこといった。

    「……食え!」

     テマの足元から、黒い触手が伸びだしてきた。触手は飢えていたらしい。ふたりのジャヤ教徒の身体にまとわりつくと、その「傷」を喰らい始めた。

     ジャヤ教徒たちが、あっぱれな意志力を持っていたことは確かだった。ふたりは激痛にうめきながらも、手にしたナイフで自分の頸動脈を切り裂きにかかったのである。

     彼らが任務の遂行に失敗したことで自裁を選んだとしたら、それは愚かなことだといわざるを得なかった。その出来立てほやほやの裂傷は、テマの飼う「傷を食らう獣」の大好物だったようなのである。触手は嬉々としてジャヤ教徒の首の傷をついばみ始めた。

     ジャヤ教徒の狂信がもたらす強靭な意志力もそこまでだった。

     なにかが切れたかのように、ふたりは夜の闇の中、絶叫を上げてもだえ苦しみ、砂地を転げまわった。

    「治療にはどれくらいの時間がかかるんだ」

    「お前が干し肉ひとかけをよく噛んで、肉汁を全部すすって、噛みカスみたいになったものを飲み込んでげっぷをする……それよりは早いな」

     テマは空の月を見た。

    「腹が減ったな。飯にするか」

    「かまわないが……」

     アトは背嚢から、強烈に塩をされてから腸に詰められてカチカチになるまで天日で干された干し肉を取り出し、ひとちぎりしてテマに渡した。

    「こいつらは傷が治ったあと、いったいどうなるんだ?」

     テマは干し肉を包む腸をはがす手をしばし止めた。

    「ジャヤ教徒の共同体で、トカゲの干物を作る手伝いくらいはできるんじゃないのかな? それか、肉と脂身と木いちごを果てしなくつき固める、ペミカンを作るあの単純労働をさせるとか。少なくともさっきよりは善良な人間になるだろう。他のジャヤ教徒たちがそれを喜ぶかどうかは別の話だけれど」

     テマは干し肉を口に入れると、もぐもぐと噛み始めた。

    「ふぁと」

    「なんだ」

    「かねめのものをあさっておけ」

     アトは無言でそれに従った。黒曜石のナイフは、ジャヤ教徒以外には一銭の値打ちもない。財布には二人合わせて銅貨が二十八枚。それと……。

    「なんだこれは?」

    「どうした?」

     アトが取り出したのは、折り畳まれた紙だった。アトは広げた。

    「なにか書いてある。字か?」

    「手紙か。読んでみろ」

     アトは首を振った。

    「おれは字が読めない」

    「使えんやつ。貸してみろ」

     テマは素早く目を走らせ、爆笑した。

    「なにが書いてあったんだ」

    「喜べ。お前の首にも百枚の賞金がかかった」

    「それって喜ぶことなのか」

     アトの答えに仏頂面になると、テマは手紙を細かく引き裂いて捨てた。

    「冗談というか、もののあわれというものを理解しないやつだな、アト。賞金の意味はわかるな。生死を問わず、お前をジャヤ教の寺院の前に連れてきた者は、その場で金貨百枚を得る」

     アトは自分の背負っている背嚢を見た。

    「あんたの持ってる金貨も百枚以上あるぞ」

    「ああ。だが、この世の中に暮らしている人間というものは、百枚も持っていないものが大半なんだ。そういう人間たちは、百枚の金貨、となると、目の色を変える。いっちゃなんだが、お前は、目立つ」

    「野蛮人だからか」

     テマはどこか苛立ちを感じさせる声でくるりと振り向いた。

    「まったく、ここまで鈍いやつというものが世の中に存在するとは思わなかった。ほら、行くぞ、アト」

    「こいつらはどうする」

     苦痛のあまりか身体を硬直させ、うつろな目で口から泡を吹いているふたりのジャヤ教徒を見下ろして、アトはテマに聞いた。

     テマの答えは簡単だった。

    「うっちゃっとけ」



     テマとアトの主従が気の毒なジャヤ教徒のもとを去ってから、月がいくらかその位置を変えたころ。

     さく、さくと砂を踏み、ジャヤ教徒に向けて近づいてくる足音があった。

    「まったく……」

     足音の主は、くちゃくちゃとなにかを噛みながら、ジャヤ教徒の身体を蹴飛ばした。蹴飛ばされたジャヤ教徒は、恐怖の悲鳴を上げ、身体を胎児のようにくるりと丸めた。

    「えらいことをするガキもあったもんだねえ……。この転がっているやつが、このあたりのジャヤ教徒の中でもその名も聞こえたふたりの勇者の成れの果てとは、世の中ってもんは上には上がいるんだねえ」

     声からすると、中年にわずかに差し掛かった年頃の男らしい。男は、砂漠に、ぺっと口中で噛んでいたなにかを吐き出した。

     それは植物の葉だった。

     男はポンチョの下に手を入れると、腰の物入れからまた一枚の葉を取り出した。葉をぱきりとふたつに折り曲げると、男はまた口に放り込んでくちゃくちゃ噛み始めた。

    「正面からの人海戦術も手だろうが、それだと分け前が減るしなあ」

     男は身をかがめると、テマとアトが捨てていった黒曜石のナイフを取り上げた。

    「悪く思うなよ。これが導師さまの命令なんだからな」

     気の毒そうにそういってから、男は何のためらいも見せずに、素早くナイフを振るうと、ふたりの喉を掻き切った。

     今度は、傷を食べる獣はいなかった。動脈と気管をぱっくりと切断されたふたりのジャヤ教徒は、砂漠に血を噴水のように撒き散らして死んだ。

     男は皮袋にその血にまみれた二本のナイフを入れた。

    「はい、これで殉教者二名の出来上がり。安心しろ、きみらの高貴な行いは、このおれがしっかりと見届けた」

     男はにやりと笑った。

    「さてと……行くとするか。力押しが割に合わないなら、知恵を使うのが理性ある人間というものだ」

     男は、テマとアトの残した足あとの向かう先を見、目を閉じた。

    「ラテラの町か……」

     男は指を唇に押し当て、口笛を吹いた。鋭い音が闇に吸い込まれ消えると同時にくつわの音がし、馬が一頭駆けてきた。

     男は当たり前のように馬にまたがると、軽く首筋を叩いた。

     馬は足あとから逸れ、別な方向へと歩み始めた。

    「兵書にいわく」

     男は詩でも吟じるように、馬の背で兵法を語り始めた。

    「戦いて必ず負ける軍をするは下なり。戦いて必ず勝つ軍をするは中なり。君子は戦わずして敵を降させるものにして、これを上となす。天の時、地の利、人の和が揃わずして軍をするは下の下なり。人の和のみありて軍をするは下なり。地の利と人の和のみありて軍をするは中なり。君子は常に地の利と人の和を慮り、そして天の時の来たるを待つべし。地の利と人の和は人の能く為すところにあれど、天の時は人の能く為すところにあらざるが故なり。天の時来たらずんば、兵を引くも軍の道なり……」

     男はいつまでも葉を噛むのをやめようとしなかった。まるでひと噛みごとに、なにやら霊感が降りてくるかのように。

    「兵書にいわく」

     男は続けた。

    「敵を追うに我が姿を見せるは下なり。我が姿を見せずに後を追うは中なり。君子は敵の赴くところを察し、敵より疾く動き、もって敵に先んじてその地に至るものなり。これをもって上と為す!」

     男の頭の中には、ラテラの町から点と線でつながれた村やオアシスの位置が、きっちりと整理されてまとめられていた。

     敵はどう動いてくるか。どう手勢を集め、どう集中的に配置し、そしてどのように奇襲攻撃をかけるか。

     それを考えているのが、男には最も楽しいひとときなのだった。

     そして男には、この考えを、もっと大規模な権力のもと使いたい、という思いもあった。それには、千百枚もの金貨が、どうしても欲しいのだ。娘にかかった千枚の金貨と、野蛮人にかかった百枚の金貨。それだけあれば……傭兵部隊を組織し、僭主となるも夢ではあるまい。

     夢を夢で終わらせる気は、男には毛頭なかった。そして夢を夢で終わらせないためには、なんでもいいからとにかく行動あるのみだ、ということもよく知っていたのである。

     闇の中を馬は進んでいく。どこへ? まずはジャヤ教徒の寺院へ……。



    (来月に続く)
    関連記事
    スポンサーサイト



    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    もくじ  3kaku_s_L.png TRPG奮戦記
    【オタ句 10月30日】へ  【自炊日記・その34(2014年10月)】へ

    ~ Comment ~

    Re: 山西 サキさん

    テマが優しく見えるのは、わたしが今回あえて「ツンデレ少女」を主人公に選んだからです(笑)

    未知の体験で、非常に勉強になります。(笑)

    まあ、すぐにわかることですから、あえて説明はしませんでしたが、アトくんが「目立つ」のは当然のことなのです。

    テマがツンデレ少女だということを頭に置いてこの章を読み直せばすぐにわかります。(笑)


    青春っていいですな(^_^)

    NoTitle

    やっぱアトは強いですね。
    そしてなんだかんだ言ってテマは優しい。
    食事のシーン、サキはとても好きですが、こういう食事も素敵ですね。
    そして、コイツはすてきな人物登場ですね。
    蘊蓄もいいですが(ちょっと読み飛ばしてしまいそうです。もちろん読みましたが……)混乱の予感、でもこういう頭の中、サキには理解不能です。
    敵を攻略する方法を(命を懸けて)考えるって、楽しいのかな?

    Re: LandMさん

    実はここで出てきた兵書の文はわたしの創作だったりします(^^;ゞ

    シミュレーションゲームファンにもかかわらず、「孫子」も「呉子」もクラウゼヴィッツの「戦争論」も通して読んでないもんで……(^^;ゞ

    Re: カテンベさん

    この「シャーッ!」は、中国語の「殺!」からいただきました。

    まあジャヤ教徒については……。数で押してくる厄介な相手ということで。まあアトくんの戦闘能力の前ではショッカーの戦闘員対仮面ライダー1号も同様なんですけど。

    そのほうが読んでて楽しいでしょ?(^^)

    Re: 黄輪さん

    曲りなりに長編を書きだして二十年、しばしば自分の書いている作品に自信もなんにも持てなくなる時があります。「剣客商売」の秋山小兵衛先生のお話では、それからさらに十年修行をすると、「もうなにがなんだかわからなくなる」そうで、早くそういう境地に達したいものです。とほほ。

    NoTitle

    兵書は勉強になりますね。
    今でもそれは思います。
    戦争に関する真理があると思います。
    そういや、こういうの読んでなかったな。。。
    ( 一一)

    サラッと一蹴されてまうと
    ジャヤ教では名の通っているという勇者、てのが言うてる、シャー!ってな掛け声が、ショッカーの戦闘員のもんと同じように思えてしもたわ^ ^

    NoTitle

    ツイッターの誘惑に打ち勝ちましたねw

    毎月、密かに楽しみにしています。……その他も。
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【オタ句 10月30日】へ
    • 【自炊日記・その34(2014年10月)】へ