荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(4)

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    4 道は横にそれる



    「アト」

    「なんだ」

     太陽が身体をとろ火であぶるかのような、ここ数日にしてはおだやかな昼下がり。ウィッチ・ドクターであるテマと、戦士アトのほほえましい対話であった。

    「あたしが間違ってた。お前の力がどうしても必要だ」

    「そうか」

     テマはうなりながら地図を見た。

    「このいいかげんな地図め! 地図製作者を見つけたら、そいつの頭の中にできているだろうできものを、なんとしてでもあたしの獣に食わせてやるところなのに。それができないのは、外来人野蛮人を問わず、人間としてまことに惜しい」

    「地図ってなんだ?」

     テマは手にしていた紙をアトに渡した。

    「このぐねぐねした線が地図なのか?」

     アトは紙を広げて興味深そうに眺めた。

    「そうだ。この砂漠の交易路と、オアシスの位置が書いてある」

    「おれにはよくわからない」

     アトの肩越しに、テマは指で地図をなぞった。

    「いいか、このぐねぐねした線が道。で、この丸がオアシスだ。で、あたしたちはこの道をこのように進んできたわけだ」

     ひとくちに砂漠といっても、完全な砂の海というわけではない。砂の海から時々顔を出している堅い地面。いくらか歩きやすいそこが、商人や探検家の行きかう道となっているのだ。

    「それで」

     アトは前を見た。

    「この目の前に広がるジャングルは、この地図のどれが示しているんだ」

    「ジャングルなんかないはずなんだ。この地図が正しければ。最寄りのジャングルでも、あるのはこの地図の東の端のほうだぞ」

     アトはとっくりと地図を眺めた。

    「南はどっちになるんだ」

    「地図の下のほうが南だ」

     それを聞いてアトはまたしてもとっくりと地図を眺めた。

    「おれは思うんだが」

    「なにをだ」

     テマの不機嫌そうな言葉をほとんど意に介せず、アトはオアシスからの道をなぞった。

    「おれたちはそういう道じゃなくて、こういう具合に進んできたんじゃないのか。おれにはいまいる位置が、ちょうどこの地図とやらのこのあたりじゃないかとしか思えない。あのオアシスを出てから、こう進んできたといったが、あの夜の星空の位置だと、かなり東に来ているはずだ」

     テマはうなり、アトの手から地図をひったくった。

    「どうして今までいわなかった」

    「聞かれなかったからだ」

    「お前ってやつは、もうどうしていつもそうなんだ。まあいい。ということはいつまで経ってもオアシスにつかないのも当然ということだな。なんてこった」

     テマは地図を折り畳むとポンチョの下のもの入れに入れた。

    「まあそれはしかたがないとしよう。とにかく、いまやらなければいけないのは、なんとしてでも食糧を入手すること、ただそれだけだ。らくだに逃げられてから、食糧は乏しくなるいっぽうだからな。いくら病を食べる獣でも、あたしたちの飢えは食べようがない。このままでは栄養失調とそれに伴う餓死あるのみだ。ジャングルを探索するしかない」

     アトはジャングルを見やった。

    「入ることについての精霊の導きはない」

     テマは苛立ったようにいった。

    「導きがあろうとなかろうと……」

    「入らないことについての導きもない。精霊の導きはなにもない。行っても問題はないだろう」

     テマはうめいた。

    「まどろっこしいやつだな、お前……」

     一度決意すると、ふたりの行動は素早かった。ジャングルに向かい、砂漠を進んでいく。ジャングルと砂漠の境界は、思ったよりも狭いものだった。

    「おかしなものだな」

    「なにがだ」

     先頭に立ったアトは、山刀で蔓を切り開きながら振り向いた。

    「さっきまでの照りつける太陽が消えたというのに、嫌になるほど蒸し暑い。アト、食糧か飲み物になるようなものは見つかったか」

     アトは首を振って前に向き直り、また山刀を振るうことに戻った。

    「このあたりのものはだめだ。硬くて食べられないか、毒を持っていて食べられないものばかりだ。もっと奥に行かないと、食べられるようなトカゲは住んでいない」

    「ちぇっ」

     テマは樹の葉をがさがさいわせながらアトの背中を追った。しばらくそのまま、無言の前進が続いた。

     ふと、アトが立ち止まった。

    「どうした」

    「精霊の恵みがあった」

    「恵み?」

     アトはテマの耳には意味をなさないような歌を歌いながら、なんの変哲もないような樹から葉を二枚むしり取った。うち一枚をテマに差し出し、静かにいった。

    「これが精霊の恵みだ」

    「葉っぱにしか見えないが」

     テマは受け取った樹の葉をうさんくさげに眺めた。

    「これはこうして使う」

     アトはやや硬い葉を、妙な身振りをしながら中央で二つにぱきりと折り、口に放り込んだ。テマも同じような身振りをしてから口に入れた。

     アトはくちゃくちゃと葉を噛み始めた。テマも同じように噛む。

    「ぴりっとするな」

    「精霊の恵みだ。噛んでいると、眠っていた力を引き出してくれる」

    「薬草ということか」

     テマは複雑な表情をしながら葉を噛んだ。

    「苦いが、妙なうまみがあるな」

    「うまみを感じるのは身体が求めているからだ。しかし、欲張ってたくさんの葉を噛んでも、それ以上のことはなにも起こらない。精霊は貪欲なものとはかかわりを持たない」

    「ふうん」

     アトは山刀で蔓を切り分けつつ歩き出した。テマはくちゃくちゃと葉を噛みながらついていく。

    「野蛮人の使う薬草はまだ試したことがないが、そんな有益で貴重なものなら、このあたりに住んでいる野蛮人が怒らないのか、勝手に取ったりしちゃ」

    「精霊の恵みはこの大地に住むすべてのもののためにある。避けなければならないのは貪欲のほうだ。貪欲は最後には身を滅ぼす」

    「お前、それはあたしに対するあてこすりにしか思えないぞ」

    「そういうものなのか?」

     アトの声にある不思議そうなトーンに、テマはかぶりを振った。

    「どうでもよくなった。行ってくれ、隊長」

    「おれはお前の従者だが」

     テマは無言で、葉っぱをくちゃくちゃと噛んだ。

     アトは蔓の切り払いと前進に戻った。

     前進は続く。

     アトは地面が歩きやすくなっていることにすでに気がついていた。人の通った跡だ。周囲の木々には、翼のある蛇を模した文様が、目立たないように刻まれている。どこかの部族が、ここを通り道にしているのだ。

    「人里が近いようだな」

     テマも同じことに気がついたらしい。アトはうなずいた。

    「翼ある蛇は自由と知恵と再生をあらわす。祖先の祖先のずっと祖先、おれたちがひとつの国を作っていたとき、おれたちが自由であることを示す合言葉としていたのが、翼ある蛇だ」

    「翼ある蛇の話は、二年前にどこかで聞いた気がする。でも、お前たちが国を作っていたとは、初耳だ。このあたりまで同じ文様が伝わっていたとしたら、そうとうでかい国だったろう。あたしたち外来人が船でやってきても、追い返すことができるほどの。そんなでかい国が、どうして今はどこにもないんだ」

     アトは答えた。

    「わからない」

    「は?」

    「わからない。それについては、なにも伝わっていない。誰も知らない。ただ、おれたちが国を作ってはいけないことだけが語り伝えられてきた。国を作ると、遅かれ早かれ悪いことが起きる。悪い知恵が、洪水のごとくあふれ出し、あっという間に人を飲み込む。だからおれたちの祖先は国を作ることをやめ、精霊の導きにのみ従うことにした」

     テマは納得できないようだった。

    「あたしには、知恵はどんなものであれ知恵には違いないんだから、封印なんてしないで、みんなでどうすればいいのかを考えるべきじゃないかと思えるんだけど」

    「どうすればいいかはすでに祖先が考えた。そして今がある。外来人がやってくるまでは、それなりに平和だった。祖先がとった手法が間違ってはいなかったことのまぎれもない証拠だ」

    「あたしにはちょっと納得いかないなあ……外来人だからかもしれないけれど」

    「もしこれが外来人の国でのできごとなら、外来人は外来人らしい方法を取っただろう。だが、それがうまくいくかどうかは別の話だとおれは思う」

     テマはその言葉を葉っぱとともに噛み砕いているらしかった。

    「アト、お前ってやつは、妙なところで妙に深いことをいうな。なんとなく、お前が神々しく見えてきたぞ」

    「それは誉め言葉なのか」

    「そうだ。人間や人里を発見してくれれば、もっと誉めてやる」

    「人間ならもう見つけた。誉めてくれ」

     テマははっと顔を上げて、周囲を見た。

    「どこに? ……どこに?」

    「よくわからないかもしれないが、五人はいる。皆、弓矢を手にしてこちらを狙っているところだ」

    「…………」

    「どうした?」

    「アト」

     テマは目を覆った。

    「前言は取り消す。『友好的な』人間を見つけたら誉めてやる」

    「彼らは友好的だ。こちらに敵意をもっていたら、すでにおれたちは矢を体中に浴びてハリネズミみたいにされている」

    「……あのね、ハリネズミになっても、あたしたちの身体は獣が癒してくれるのは確かだ。だが、あれって、ほんとに痛いから、あたしはあまりやりたくないんだ」

     アトは急に立ち止まり、テマはたたらを踏んだ。瞬間、生い茂る木々を通して飛んできた一本の矢が、テマの頭をかすめ、すとんと背後の樹に突き立った。狙ってわざと外したのだとすれば、神業的な技量だった。

    「ほら、友好的だろう」

    「……アト、お前いっぺん、辞書を引け」



    (来月に続く)
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