夢鬼人 アキラ 9-2

　その日の午前中の授業は、英語と数学と生物が三連続で続く、ぼくを眠りの世界に引きずり込む気まんまんな時間割になっていた。昨日も特訓を受け、高木さんがいうには小学四年生レベルのところで足踏み状態が続いていた。どうやら、ぼくが小学生の算数で「割り算」でつまずいてなかなか理解できなかったのと同じようなことが起こっているらしい。それで疲れていたせいか、ついつい、とろとろと、とろとろと……。

　気がついたときは、ぼくは夢の中にいた。ひさしぶりに、はっきりとわかる、他の人の夢だ。

　ぼくは鎧兜に身を固めて、馬にまたがっていた。見たところ、平安末期から鎌倉初期の様式だ。それはいいのだが、ぼくの手や腰や背中には、刀も槍も弓もない。

　目の前では、こちらに敵意を持っていることがまるわかりな、髪の長い美しい女性が、あちらも鎧兜に身を固め、荒馬に乗ってぼくに向かって突進してくるところだった。手には弓を持ち、矢をつがえようとしているところだ。

　それが誰だかは察しがついた。ぼくとしてはそんな察しはつきたくなかった。

　……巴御前！

　ぼくは馬に鞭をくれた。この状態で停止していたら、強弓で名高いあの女武将のいい的だ。当時の武士にとって、基本の武器は弓であり、刀や槍はそのサポートである。

　ぼくの判断は間違っていなかった。飛んできた矢が、兜をかすめて目の前の地面に突き立った。たとえ夢でもあんなのに当たれば精神がたまったものではないだろう。父さんが不覚を取って病院送りになったのと同様、ぼくも病院送りになりかねない。

　ぼくは後ろを振り返った。どうやら矢が尽きたらしく、巴御前は弓を捨てていた。それでも安心からは程遠かった。なぜなら、巴御前は弓のかわりになぎなたを手に追いかけてきたからだ。

　なんとか逃げ切りたいところだが、馬の脚は向こうのほうが早かった。それに、巴御前の目には、ぼくがどうやら『名のある大将』に見えているらしいのだ。周囲に源義仲や他の兵がいないところを見ると、どうやら宇治川の合戦での敗北から落ち延びようとしているところだと思われるが、それだけに、死ぬ前に「最後のいくさしてみせ奉らん」などと考えている可能性が大だ。

　そして今、ぼくの手には『影切』がない。武器もないのに、この状況をどうしろと。

　巴御前の馬は、じりっじりっと近づいてくる。

　ぼくは覚悟を決めた。鹿澄夢刀流には、組打ちの術も伝わっている。それでなんとか、巴御前を馬から引きずり落とし、そしてこの場から馬を飛ばして逃げるのだ。

　問題は、相手も同じことを考えているらしいことである。ぼくの首を取ったうえで。