「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
3 吸血鬼を吊るせ(完結)
吸血鬼を吊るせ 1-3-1
3
やたらとだだっ広い家だ。部屋がいったいいくつあるのだ。何度目かの角を曲がったところで、老人は扉を開けた。
そこには、大きなベッドに、一人の女性が寝ていた。厚い布団がかけられてはいたが、顔色は良くはない。布団の横には点滴の機械が置かれており、そうとう長いことこの状態らしいことがわかる。
その顔は、遥美奈にそっくりだった。
「流子です」
「美奈さんのお姉さんですか」
「美奈からお聞きになったのですか?」
「わたしが聞いたのはそこまでです」
遥美奈もうなずいた。
「流子は……半年も前からこうなのです」
点滴のパックをよく見た。わたしも研修医の時分ずいぶんとお世話になった、高カロリーの栄養液だった。半年という言葉に嘘はないらしい。
老人は遥流子の枕元の椅子に腰を下ろした。眠ったままの彼女を挟み、向かい合ってわたしも椅子に座る。
「自己紹介が遅れましたな。わしは遥喜一郎と申します」
「流子さんと美奈さんの?」
「祖父です。八十七になります」
驚いた。
「八十七とはお若い。失礼ですが、流子さんはおいくつで?」
「ちょうど三十になります」
「半年前に何が?」
「わからんのです」
「わからない?」
「はい。何も変わったことがないにも関わらず、流子はあの日突然眠ったまま目覚めなくなってしまったのです」
わたしはもう一度横たわる遥流子に視線を落とした。
これでは、たしかに夢に入るのが解決に向かうための一番手っ取り早い方法だろう。しかし、何が彼女に起こったかについての情報がなければ、危険な作業になることは明らかだった。
「なんでもいいんです。わかっていることを教えてください」
「それでは……」
遥流子。三十歳になったばかり。両親は彼女が三つ(妹の遥美奈が生まれた年だ)のときに亡くなっている。この冬に結婚を控え、幸福に満ち満ちた毎日を送っていた。性格は内向的。やや潔癖症的なきらいもあるが、総体的にはバランスの取れた人格だったらしい。職業は文筆業。妹のイラストと組んで、地方紙の生活面にごく小さなコーナーをもらっていたそうだ。
それが起こった日は、婚約者の、西方光太郎を迎えに建設中の博物館へ行った後だった……。
「博物館?」
「ええ。この島の伝統的生活道具だとか、歴史的価値の高い遺物なんかを展示する博物館です。なんという名前でしたか……」
「『戸乱島歴史博物館』です、お爺様」
「そう、その歴史博物館でした。でも、あれはやりすぎだと思ったのですがな」
「あれ?」
「姫巫女様を掘り出して、展示するというのですよ。罰当たりな話だ」
「姫巫女様とは?」
「平安の昔、この島で悪さの限りを尽くした化け物を封じるため、人柱になられた偉い巫女様です。小さいとき祖母からよく昔話を聞きました」
「化け物?」
「民俗学には詳しくはないが、探せばいくらでも出てくるでしょう。血を吸う怨霊というやつですな。怨霊、じゃなくて化け物ですかのう。面白いことに西洋の吸血鬼にそっくりだ」
「聞かせていただけませんか。何か流子さんの昏睡と関係があるかもしれない」
「化け物のたたりだと? 桐野さん、そんな……」
「関係を求めるほうが間違っていることはわたしもよく存じております。しかし、人の夢の中に入るということは真っ暗な闇夜に濁った沼の中へ飛び込むようなことだということを理解していただきたい。知識はできるだけ集めておきたいのです」
「そういうのであれば仕方もありません。お話ししましょう。わたしの記憶はたいしたものではありませんが」
「詳しく知りたかったら博物館へ行けばいいですよ」
遥美奈が忠告した。
「もうオープンしているのですか?」
「ええ、一週間前に。学芸員として西方さんがいるので、話せば解説もお願いできると思います」
「それは願ったりだ」
「すぐに夢の中へ入ってくださるわけには行きませんか?」
「すぐでなければいけないわけでも?」
「実は……明日は本当ならば流子の結婚式当日のはずだったのです」
「……」
遥美奈が後を引き継いだ。
「厚かましいお願いだということはわかっています。もし、目が覚めたら、お姉ちゃ……姉にとって残酷な体験になるということも。しかし、それでも……」
「いいでしょう」
わたしは答えた。
「探りに、少しだけ入ってみることにします。あまりに情報が少ないので、患者の夢のはっきりとしたイメージがとらえられるかどうかはわかりませんが、やってみましょう」
「入るとどうなるのですか?」
「流子さんがですか?」
「他に誰がいます」
やたらとだだっ広い家だ。部屋がいったいいくつあるのだ。何度目かの角を曲がったところで、老人は扉を開けた。
そこには、大きなベッドに、一人の女性が寝ていた。厚い布団がかけられてはいたが、顔色は良くはない。布団の横には点滴の機械が置かれており、そうとう長いことこの状態らしいことがわかる。
その顔は、遥美奈にそっくりだった。
「流子です」
「美奈さんのお姉さんですか」
「美奈からお聞きになったのですか?」
「わたしが聞いたのはそこまでです」
遥美奈もうなずいた。
「流子は……半年も前からこうなのです」
点滴のパックをよく見た。わたしも研修医の時分ずいぶんとお世話になった、高カロリーの栄養液だった。半年という言葉に嘘はないらしい。
老人は遥流子の枕元の椅子に腰を下ろした。眠ったままの彼女を挟み、向かい合ってわたしも椅子に座る。
「自己紹介が遅れましたな。わしは遥喜一郎と申します」
「流子さんと美奈さんの?」
「祖父です。八十七になります」
驚いた。
「八十七とはお若い。失礼ですが、流子さんはおいくつで?」
「ちょうど三十になります」
「半年前に何が?」
「わからんのです」
「わからない?」
「はい。何も変わったことがないにも関わらず、流子はあの日突然眠ったまま目覚めなくなってしまったのです」
わたしはもう一度横たわる遥流子に視線を落とした。
これでは、たしかに夢に入るのが解決に向かうための一番手っ取り早い方法だろう。しかし、何が彼女に起こったかについての情報がなければ、危険な作業になることは明らかだった。
「なんでもいいんです。わかっていることを教えてください」
「それでは……」
遥流子。三十歳になったばかり。両親は彼女が三つ(妹の遥美奈が生まれた年だ)のときに亡くなっている。この冬に結婚を控え、幸福に満ち満ちた毎日を送っていた。性格は内向的。やや潔癖症的なきらいもあるが、総体的にはバランスの取れた人格だったらしい。職業は文筆業。妹のイラストと組んで、地方紙の生活面にごく小さなコーナーをもらっていたそうだ。
それが起こった日は、婚約者の、西方光太郎を迎えに建設中の博物館へ行った後だった……。
「博物館?」
「ええ。この島の伝統的生活道具だとか、歴史的価値の高い遺物なんかを展示する博物館です。なんという名前でしたか……」
「『戸乱島歴史博物館』です、お爺様」
「そう、その歴史博物館でした。でも、あれはやりすぎだと思ったのですがな」
「あれ?」
「姫巫女様を掘り出して、展示するというのですよ。罰当たりな話だ」
「姫巫女様とは?」
「平安の昔、この島で悪さの限りを尽くした化け物を封じるため、人柱になられた偉い巫女様です。小さいとき祖母からよく昔話を聞きました」
「化け物?」
「民俗学には詳しくはないが、探せばいくらでも出てくるでしょう。血を吸う怨霊というやつですな。怨霊、じゃなくて化け物ですかのう。面白いことに西洋の吸血鬼にそっくりだ」
「聞かせていただけませんか。何か流子さんの昏睡と関係があるかもしれない」
「化け物のたたりだと? 桐野さん、そんな……」
「関係を求めるほうが間違っていることはわたしもよく存じております。しかし、人の夢の中に入るということは真っ暗な闇夜に濁った沼の中へ飛び込むようなことだということを理解していただきたい。知識はできるだけ集めておきたいのです」
「そういうのであれば仕方もありません。お話ししましょう。わたしの記憶はたいしたものではありませんが」
「詳しく知りたかったら博物館へ行けばいいですよ」
遥美奈が忠告した。
「もうオープンしているのですか?」
「ええ、一週間前に。学芸員として西方さんがいるので、話せば解説もお願いできると思います」
「それは願ったりだ」
「すぐに夢の中へ入ってくださるわけには行きませんか?」
「すぐでなければいけないわけでも?」
「実は……明日は本当ならば流子の結婚式当日のはずだったのです」
「……」
遥美奈が後を引き継いだ。
「厚かましいお願いだということはわかっています。もし、目が覚めたら、お姉ちゃ……姉にとって残酷な体験になるということも。しかし、それでも……」
「いいでしょう」
わたしは答えた。
「探りに、少しだけ入ってみることにします。あまりに情報が少ないので、患者の夢のはっきりとしたイメージがとらえられるかどうかはわかりませんが、やってみましょう」
「入るとどうなるのですか?」
「流子さんがですか?」
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~ Comment ~
次回はいよいよ夢の世界ですか?!
まだ謎だらけなので、探るだけでも夢の中がどうなっているのか私が気になりますv
1日1話upされているので安心して読めますが、それでも続きがすぐに読みたくなっちゃいます(笑)
でもここは我慢で、また明日(じゃなくて、もう今日になってる;)遊びに来ます!
まだ謎だらけなので、探るだけでも夢の中がどうなっているのか私が気になりますv
1日1話upされているので安心して読めますが、それでも続きがすぐに読みたくなっちゃいます(笑)
でもここは我慢で、また明日(じゃなくて、もう今日になってる;)遊びに来ます!
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いやー今回の桐野くんはもったいをつけてなかなか夢に入ってくれないんですよ(笑)。
夢の世界はしばらくお待ちください(爆)。
うーむ人物設定でブレがあるなあ(汗)。